1-24 俺なりの決意表明
「諏訪勇悟です。今日からよろしくお願いします」
挨拶はつつがなく、無難に終わった。
担任となる男性教師に連れられて、今日から俺のクラスとなる教室でそのクラスメイト達の顔を見渡す。
知らない顔と見知った顔とバラバラだった。
久遠寺・兄もこの高校の同じ二年生のはずだったが、今この場に姿はない。
……優姉もいない。それは……良かったのかもしれない。
知っている人間知らない人間、しかし皆共通しているのは俺という人間とは今日はじめて出会ったという様子であること。
奇妙な感覚だった。
俺はこの校舎を知っている。
教室の作りを知っている。
どこが化学室で、どこからむかえば部室棟に行けるのか。大学側の購買へ行ける近道やなにが売られて、なにが人気なのか。
夢の中で知っていて、そして、それは変わらなかった。
変わるのは、ただ俺とそこにいる人達との関係性。
少なからず関係をきずいてきた人々が俺に対して向けるのはただゼロの視線。
今日はじめて見た、さっきまでの他人。
少しばかり、俺の中をえぐられた気がした。
昨日、部屋の惨状を消しおえた俺に母親は学校に通うにあたって、俺の名前は諏訪勇悟として伝えてあることを教えてくれた。
「お前はそっちのほうが良いだろ?」
まるで見透かすような態度にいらっとするも、本当のことなのでなにも言えない。
「なあ、勇悟」
俺の無言を肯定と見てから、母親はこちらに手招きをして、近くの椅子に座れとうながす。従って、黙って腰をかける。
「私はお前のこれまでの記憶を夢のものだとは言ったがな、それをないがしろにして良いとは思っていないよ。きっとお前にとって、とても大切なもののはずだ。だから、捨てる必要なんてない」
だが、現実のものじゃない。
「だとしてもだ。今のお前にあるその記憶はたしかにお前という人間を作り上げてきた確かなものだ。こんな話だけをしても、きっとお前は納得できないだろうさ。だから、自分で作っていけばいい。お前という人間そのままで、こちらでの諏訪勇悟という存在をね」
そんなことできるのか?
「それはお前次第かな。無責任な話だけど、結局はお前がどうするかになってしまう。この部屋にひきこもってもよし、どこか遠くに行くもよし、私の用意した学生としての身分を使ってこの街で暮らしみるもよし。私はどの選択をとったとしても受け入れるよ。お前にはその権利がある」
なら……。
それなら、俺は……。
「おぅ、転校生」
少し回想に沈んでいたら、いつの間にか授業が終わっていた。
やべ、ちょっと聞き逃した。
そして、教師が外に出たのを見計らって、男子生徒が一人すぐさまこちらに向かってきた。
側面をかりあげた短い髪とすこしばかりいかつい顔からは運動部のようにも見えるが、俺の記憶と違いがなければ特にどこにも所属はしていないはず。
耳にしたピアスもかっこいいからという理由でつけているだけで、見た目に反して臆病だが、人懐っこいところのある友人。
「俺、千葉淳宣。千の葉に、淳和天皇の淳に宣言の宣。淳和天皇って誰かわかんないけどな」
知ってるよ。ひさしぶりだな。
「そっちは諏訪だよな。勇んで悟るとか、かっこいい名前だなぁ」
それも聞いたよ。
「ともかく、よろしくな! 困ったことがあったらなんでも言ってくれて良いんだぜ」
「ああ、よろしくな」
それは俺にとってはひさしぶりの、こいつにとっては初めての挨拶。
そして、俺から母親への答えでもあった。




