1-23 かみたおし自己紹介。けど友達できた
「きゅ、きゅ遠寺しょらです! きょっちには三日前にきちゃばかりで、わ、わからないきょとばかりでしゅが、よ、よろしくおねぎゃいしましゅ‼」
はい、転校初日の大事な自己紹介でわたし、とんでもなくかみたおしました!
しかも、たぶん浮かべた笑顔は引きつり気味だったと自分でもわかってしまった。
……あ〜、やっちゃったよ〜。あんなに教室に来るまで、脳内シミュレーションは完璧だったのに。
先生につれられて、教室の扉の前に立った瞬間、もう頭の中身はそれは真っ白なクリアホワイト。
繰り返し脳内練習したフレーズなんて、ほら空の彼方に飛んでった! わたしそらだし。
つまらない冗談を一人脳内反復しちゃうくらいには落ちこんでしまう。
その時の目の前にいたこれからのクラスメイト達の顔が忘れられない。……だってめっちゃぽかんとしてたし。
そうして、先生につげられた席にふらふら満身創痍な心をひきずりながら、静かに着席した。
ふと前の女の子がちら見してるのに気づいた。
こ、これはもしかして挽回のチャンス⁉︎
にかっと満面の――なっているはずな笑顔を浮かべてみた。
ふいっ、とすぐに前を向いてしまった。
……あ、あれ?
わたし、そんなに変な顔してた?
それから授業はすぐにはじまって、もやもやした気持ちのまま、ともかく授業に集中しようとする。
最初は数学だ。……苦手です。
元いた学校と進みはあんまり変わらないみたいで、ちょっとほっとするけど前よりつっこんだ難しい問題もでてくる。
……しょっぱなからだけど、ちゃんとついていけるか不安かも。
ゆうも今まで眠ってたっていうし、聞くのを忘れてたけどいきなり高校の勉強なんて大丈夫なのかな?
人の心配してる場合じゃないけど……。
そうしてすすむ授業についていこうとがんばりつつも、さっきの前の席の子の様子も気になってしまう。
それに、なんだか、他の子達も最初わたしが教室に入ってきた時、みんながみんな同じ顔で見ていた気もする。
一瞬、嫌なこと思い出す。
前の学校で失敗したこと。ぎゅっと胸が苦しくなりそうだった。
ないない! こんなわたしなんて誰も知らないような場所でそんなこと。たしかに自己紹介は自分でもすごいやらかしだったとは思うけど、あれだけでどうにかなるなんて思えない。
だから、理由があるとしたら、きっとあの子だ。
ゆうと職員室の前で別れて、わたしの横を通り過ぎていった女の子。
鏡うつしみたいな自分とおなじ顔の人間ってどれだけいるんだろう?
残念ながらわたしは答えは知らないけれど、でも、実際いることだけはたしか。
たぶん違うのは髪形くらい。のばしてるわたしと違って、短くしていた髪の下の瞳はわたしをどう見ていたんだろう。
驚いていたわたしと違って、全然見向きもしないって感じだったけど。
……あ。……あと、わたしはあんなに体形はしゅっとしてないかも。これでも運動不足で運動音痴な自覚はありますので。
今まで特に注目されるような特技も特徴もないわたしがこんなに見られてるとしたら、きっとそれはあの子が理由じゃないかと思う。
きっと、なにか特別なのかもしれない。
すれ違った時の所作というか、歩き方もそういえば違う気がしたかも。
すこし、胸がざわついた。
いかんいかん! 今は授業に集中!
……乗りきった。
といってもまだ初日のしかも最初の授業だよ、わたしぃ。
「やっ」
思わずため息がでてしまうわたしにいきなり声がかかる。
びっくりして顔をあげると女の子がひとり、わたしの横から机に手をかけながら見上げてきていた。
「ひゃ……ひゃい?」
うわ〜! また変な反応しちゃった!
なにそれ? とわたしの反応を見て、女の子は笑っている。
ちょっと焼けたような小麦色の肌が見える。もしかしたら陸上とか外の部活かスポーツをしてるのかもしれない。その子は人なつっこい笑顔をしていた。
肩口くらいの長さだと思うゴムでくくられた髪がひょこひょこと揺れている。
その顔はわたしに良くない感情を持っているようには見えない。
「あたし、千葉雪路。千の葉っぱって書いて、雪の路。路は道路の『路』ね」
ひとしきり笑ってから、その子は名前を教えてくれた。
あ……これ。
「わ、わたし、そら。久遠寺そら」
「さっき聞いた。すっごいカミカミだった」
ちょっとからかい混じりの言い方に顔が赤くなる。
「転校生が来るって聞いてたからどんな子だろって思ってたんだ。ひとまずあたしへのツカミはばっちりだったよ」
またにかっと笑う。
なんとなく悪い子じゃないなと思う。
わたしを見てる目は、なんていうかわたしへの興味で光ってる気がした。
「そんなつもりじゃなかったんだけど……緊張しちゃって」
「しょうがないしょうがない。あたしも大会のここ一番って時はめっちゃ緊張するもん」
それとは違う気もするけど、話しかけてきてくれた女の子――雪路のおかげでゴリゴリに固くなっていたわたしの中身がふにゃっとゆるんだ気がした。
つられて表情もゆるんでしまう。
「お! やっとちゃんと笑ったな〜。そんなガチガチになんなくても大丈夫だよ」
「……へへ、わかってはいたんだけど」
「でさでさ、そらはどこから来たのさ? 東京とか都会の方?」
興味津々といった感じで、くくった髪をゆらしながらきいてくる。
なんとなく犬っぽい子だな。なんだか、なごんじゃうかも。
それから少しの間、雪路と話をしていた。
わたしが東京とかではないけど、それなりに大きい街から来たと聞いたら、雪路は案内して〜一緒に行こう〜と目を輝かせていた。
「あ、あのね、『ゆき』って……呼んでもいい」
目一杯の勇気をだして聞いてみる。
「いいよ〜。わたしもそらって呼んでいい?」
もちろん! 頭を勢いよくふりまくる。
すごい勢いじゃん! と雪路は楽しそうに笑ってくれた。
……やった。初日にちゃんと友達ができた。
そうしていると次の授業の始業ベルが鳴る。
「もう次か。じゃ、また後でね。あ、そうそう」
自分の席に戻ろうとして、思い出したように雪路——ゆきがふり返った。なんか、うれしいな。
急に顔を近づけてきて、小さく耳打ちしてくる。
「みんな、変にチラ見してると思うけど気にしないで。別に悪い意味じゃないからさ」
なにか知ってそうなゆきに続きを聞きたかったけれど、先生が入ってきてしまってできなかった。
——次の授業休みまで待つしかない。
う〜、これはこれで気になって、授業に集中できないかも。




