終わりの4 先輩からの状況説明
『これはワタシの一人を上に飛ばして見ている景色です』
先輩の声が意識に響く。その声のとおり、俺の視点は空高く杜人の街を一望できる場所から俯瞰していた。
異様に明るい。今はもう日が沈んでいるはずなのに、今のこの場所はまるで真昼のような明るさだ。
だが、であるはずなのに照らす日の光がどこから差し込んでいるのかがわからない。その空はまるで現実感がなく、ただただ明るいのだということしかわからない。
『楔が折れたことで今この場所は仮想と現実がほぼ同じになってしまっています。十年前と同じように異界となっているのです』
街には火の手が上がっている。いたるところで破壊され倒壊さえしている建築物も見えた。俺達の過ごしていた街が、無惨に蹂躙された光景があった。
そこには倒れ血を流す人々もいる。そして、それを懸命に助けだそうとする人々の姿も。
その中に見つけた。未だ現れている無数の異形を前に怯まず対する黒装束の姿を。
その手には一振りの鍔も柄もない刀が握られている。人一人程の長身の刀をまさしくその身の一部のように操り、一つまた一つと異形を切り裂き、人々の盾となっていた。
手にする刀には見覚えがある。あれは俺の義姉が変わった姿だ。
そして、対する異形の姿に違和感を覚えた。今まで俺達が対してきたどれとも違う。形がなかったり、人を取り込んだ時の歪な形でもない。
まるで特撮ドラマから出てきたような無数の怪人、怪獣が街を襲っていた。
『そのせいで抑えていたものが一斉に噴き出ている状態です。何とか今は夏樹君達やワタシの分体で抑えています』
しかし、先輩はそのことには触れず言葉を続けた。
そして、その言葉どおり、異形に対しているのは黒装束だけではない。無数の人影が共に戦っている。ある者は赤、ある者は青、それぞれのカラーの衣装を纏った者達。強化スーツのようなものを纏っていたり、機械みたいな見た目の者もいた。中にはバイクに乗って戦う姿もある。
だが、そのどれもが見覚えがある気がした。あれはそう、そらの鑑賞会につきあわされた時。何人もの五色の戦士と仮面の戦士達。
何人もの特撮ヒーローの姿をした誰かが共に戦っていた。
『幸いほずみちゃんのおかげで誰かを取り込んだりしているものはありません。ほぼ実体も持っているので普通の人達でも対処できますが、危ないので避難や救助に回ってもらっています』
ほずみの名前が出てきたことで改めて思い出してしまう。
最後、仮想世界の底から俺達を吹き飛ばしたあいつは一体どうなったのか。
『ほずみちゃんは……ここです』
先輩の言葉と同時に視線が固定される。
そこは海浜公園。幸い破壊の跡は見られないその場所だが、今はそれ以上に目を離せないものがあった。
まるで無数の形をごちゃ混ぜにしたような歪な何か。
角がある。牙もある。頭がいくつもある。だが、腕や脚は果たしてあるのか。膨張したあれは全て身体だとでも言うのだろうか。
頭の一つには見覚えがあった。あれはそらに見せてもらった特撮怪獣映画の一つだ。タイトルはたしか『ガミラ』だったか。巨大な恐竜に似せたやつだった。
それだけじゃない。
何体もの怪獣の頭だけを生やした巨大な塊が海に浮かんでいる。いや海中にもあれは続いているのだろうか。
全長は一体どれほどあるんだろうか。一○○m? いや、もっとあるようにも思える。俺達が今いる祭壇から見えないのは高い木々がふさいでいるからなのか。だが、それでも見えないのが不思議な程にそれはあまりに巨大過ぎた。
『あれはワタシ達の塊です。千年以上もの間、少しずつ集まった意識達が仮想の街からできた道を通してついに現れてしまった。けれど、本来ならば形もなくあふれ出るはずが、ほずみちゃんが実体を持たせてくれたことであそこに留めてくれています』
なら……あれは俺達が仮想の杜人の底で対していたそのものだというのか。
その巨大さはあちらでも感じていたが、実体としてあるそれはあまりに、あまりに大きすぎる。本当に特撮映画の怪獣が現れたような——だがそのつぎはぎした歪で不気味な姿は不出来が過ぎる。
『あんな形になっているのはほずみちゃんの意識一つで抑えるにはあまりに大きすぎるからでしょう。今見ているあれは表面だけで、中身からは今にもあふれそうになっています。そうなればこの街から始まって、一気に外へも広がっていくはずです』
そんなことになれば、
『全てを喰らい等しく還すという積み重なったワタシ達の望みを叶えるため。つまりは全部なにもかも、消えてなくなります』
俺達の過ごした街も、思い出も、
『全部消えてしまいます』
それは————————嫌だ。
『はい。なのでまたやることは単純です。私達がすべきはあの大怪獣からこの街を守ること。暮らす人々を守るヒーローになることです』
それはどういう意味なんだ?
『そして、勇悟君、そらちゃん、おきちゃん。あなた達で大怪獣になってしまったワタシ達にもう一度教えてあげてください。もう暴れたりする必要はないって——その方法も今から教えます』
イメージが一気に流れ込んでくる。
そして、理解する。そのために——ほずみはあの中に残ったのか。
意識がまた元の場所へと戻ってくる。
実際の時間はわずかも経っていないはずだ。
先輩の顔を見た。そこには何も言わず、ただ俺を見つめる瞳があった。
「よし!」
そして、突然の声といきなりぱしんと頬をはる音。
驚いて視線を向けると、音の発生源はそらだ。自分で自分の頬を両手で叩いた音だった。
「ゆう、おき、行こう!」
その言葉に迷いはない。その瞳はすべきことへの恐れも見えない。きっと心の中では怖くて仕方がないはずだ。けど、それを少しも見せず、俺とおきの手をとってくれる。
俺の相棒は何時だって強く、行く先を教えてくれる。
「……ああ、さっさと終わらせに行こう」
だから、俺の答えも決まっている。
「そうね……あの子に、ほずみだけに任せてばかりではいられない」
おきも答えてくれた。姉と同じくその声には弱々しさは感じられない。以前と同じ毅然と役目に対する覚悟を——けれどそれは皆で明日を迎えるために——見せてくれた。
そらがうなずく。そして——。
「はい! じゃあ、みんな目を閉じて耳ふさぐ!」




