1-19 緊張する! けどそれだけじゃない
ちょっとため息が出た。
どれだけヒーローみたいな力を持っても、どうにもできない事はある。
たとえば、編入試験。
自慢じゃないけど、出来が良いとは決して言えないわたしの頭にはこれまでない最大の難敵だったんじゃないかと思う。
難しいものじゃない、とか言ってたのは誰だよぉ、なっちゃん。
どうにかこうにか、突破して、お兄ちゃんの所には来たけど行ける学校がないという事態はなんとか避けることができわけだけど。
「う〜……うまく自己紹介できるかなぁ」
一昨日の一件が終わって、気づけば月曜。
今日からわたしはこの杜人にある市立杜人高等学校の一年生として通うことになる。
無事に怪物——鬼脅をやっつけて、誰の犠牲も被害も出ずに二回目の戦いを終えられた。
……本当に良かった。
あらためて思う。ちゃんとまたあの姿になれて、ちゃんと守ることができた。
「〜〜〜!」
あの時のことを思い出して、テンションが上がってくる。
やっぱりやばい! 本当にヒーローだ! ヒーローになっちゃったんだ!
……誰にも知られないのはちょっと悲しいけど。それはそれで、本物のヒーローって感じで良いと思う!
「そら、準備は良いか?」
部屋の外からなっちゃんの声がした。
そして、また現実に戻される。
う〜、緊張が、はやくも緊張が。早すぎるよ、わたし。
そうして、なっちゃんと二人でマンションを出る。
なっちゃんが杜人に来た時から住んでいるマンションらしいけど、なっちゃん一人にしては広すぎる所だ。
なっちゃんが言うには、お母さんが遊びに行った時に泊まれる部屋があったら、と広めの部屋を借りてくれたのだとか。
結局、三人でこのマンションに来ることはなかったけど、お母さんのしたことはけして無駄ではなく、今こうしてわたしとなっちゃんを助けてくれていた。
二日前、無事に怪物——鬼脅を倒した私とゆうだったけど、その前の時と同じで変身が解けた後のゆうは疲労困憊みたいな様子だった。
最初みたいにいきなり倒れることはなかったけど——あの時はなっちゃんが来るまで大変だった……——すぐに悠子さんの車に乗って、その日は帰ることになった。
「とまぁ、ここまでいろいろ話してきたわけなんだけど、質問はあるかい?」
隣のゆうはシートにもたれかかって、なにも言わずに首をふる。
「あ……聞いてもいいですか?」
「なんだい?」
「最初、駅であの……こい、けがしですよね、あの怪物と出くわした時、私とゆうと、後ゆうが来る前にいた男の子と三人しか人がいなかったんです。でも……今日は違って、まわりにちゃんと人がいて……なんで前と今日でちがったんですか?」
「……申し訳ないがその質問に私は答えることができないね。正直な所、私もあくまで文献にある記述と関わりある人間の話を見聞きしているに過ぎない。——だが、興味深いね。今の君の話は今までにはなかった事例だ」
運転しながら答える悠子さんの声はどこか楽しそうだ。前を向いたままで表情はわからないけど、教授っていってたし、そういう謎というか知ることが本当に好きなのかも。
「私からの質問になってしまうが、他に気になったことはなかったかい?」
今度は悠子さんからの問いかけに指をあごにあてて考えてみる。
気になること……そうだ。
「昔話であったじゃないですか、ジンジョーの人は鬼脅が見えないけど、それを倒す人達は見えるって。それから、その鬼脅にやられちゃった人達のことも忘れないみたいな」
そう、気になることはもうひとつ。
悠子さんから聞いた昔話のとおりなら、なんでわたしはあの最初の時に会った男の子の顔を思い出せないんだろう?
わたしの言葉を聞いて、ふむ、と悠子さんは考えるように相槌をうつ。
「なるほど。しかし、君はその子の存在自体は覚えているんだろう?」
「はい。でも、どんな顔だったかとか、細かいことが思い出せなくて」
「例えば、その時、君ははじめて鬼脅に遭遇し、なおかつ戦いにも巻き込まれた。しかも、自らの姿を変えてまでだ。そんな普通ではありえない体験のせいで、その子の印象が薄れているとは考えられないかい?」
……そう言われると、そんな気もする。あんなすごい体験しちゃったら、ちょっと会っただけの子のことなんて思い出せなくなるのかも。
「……でも、わたしに『こいけがし』って名前教えてくれた子だったしなぁ」
それにいきなり消えたり、後ろから現れたり、思えばそっちだって普通じゃない。
……そんな子の顔忘れるかなぁ。
「そのことに関しては今は保留しておこう。聞くならもっと適任がいるしね」
納得いかなげなわたしの様子を感じてか、悠子さんはそんなことを口にした。
「……適任?」
その言葉に今まで全身を脱力させていたゆうが、もたれさせていた頭を起こして聞いた。
大丈夫かな? やっぱり前ほどじゃないけどすごい疲れてる感じ。
「ああ。昔話にあっただろ。この地に住まう物怪を払う鎮鬼と呼ばれ、そして巫と呼ばれる人間がいるって」
そういえば。
ということは——。
「お前達二人にその巫に会ってもらう」
それから悠子さんの車に揺られて、わたしは自分のマンションで降ろされて、ゆうはそのまま悠子さんに連れられていった。
「……なんだ、世話になった。……ありがとな」
車を降りる時、照れくさそうにゆうが声をかけてきた。やっぱり眠そうな顔だけど、なんとなくそっぽをむく顔が少しだけ赤くなっているようにも思えた。
「相棒でしょ? 気にしない!」
そんなゆうにわたしは手のひらを前にしてかかげる。
ちょっとだけ、その手を眺めてから、
「おぅ」
すこし笑って、ゆうは小さなハイタッチを返してくれた。




