EP82.涼海の勇気
今日は一般的に言うバレンタインデー。そんな日に俺は幼馴染の月見涼海と共に水族館へやって来ていた。
そんな風に言うと、なんだかあいつが俺に好意を寄せているように感じ取れるけれど、実際のところどうなのかは分からない。あいつは分かりにくいようで分かりやすいが、それ故にあいつの恋しているところなど、想像も付かない。それは、結衣乃にも言えたことで、だからこそ俺はあいつの向けてくれていた好意に気付いていなかったのかも知れない。
「お待たせ、群星君」
「俺も丁度着いたとこだ」
俺が考え事をしていると、涼海が駅前の待ち合わせ場所に到着したので、二人で共に駅の中へと入り、電車に乗る。
「こうやって二人でお出かけなんて、遊園地以来だね」
「あー…そうだな。あれももう7月とかか。早いもんだな」
「そうだね。もう私達も三年生か…群星君は進路考えてる?」
「俺か?俺は…まだ決まってねえな。一応大学の候補は幾つかあるんだけど」
「そっか。私もまだ決まってない」
お互い口には出さないけど、俺達が考えてることはきっと同じだ。それぞれの進路に進んだ時、その時までに結衣乃が戻って来ているのか、戻って来てたとしても、来てなかったとしても、きっと今まで通りとはいかないだろう。そうなって、それでも俺達は一緒に居るのか分からなくて、けど…無性に知りたくなったんだ。
そうして電車に揺られて俺達は水族館へとやって来た。
「ここも随分と懐かしいな」
「そうだね。あの時の私達にとっては随分と遠い所に感じたけど、結構近かったんだ」
「もう10年以上も前だからな。無理もねえか」
「そっか、そんなに経ったんだね」
俺達が水族館へと入ると、まず最初に色とりどりの魚達が出迎える。
「おお!凄えな」
「綺麗…」
魚の説明を読みつつ、カラフルな魚の舞いを俺達は食い入るように見つめる。
「あのでけえタコは流石にもう居ねえか」
「あー、あのタコ凄かったよねえ」
「けど、今のちっこくてカラフルなのも良かったな」
「うん!」
タコの水槽では、かつてたこ焼き換算して楽しんだ大きなタコが居なくなったことを惜しみつつも、今のカラフルなタコ達を見て楽しむ。
「ウツボか、なんか種類増えてないか?」
「やっぱり蛇みたい…」
ウツボの水槽では種類の増えたウツボに、俺は昔カッコいいと言っていた時を懐かしみ、涼海はあの時と同じようにウツボに慄く。
「凄え…クラゲの水槽がパワーアップしてるな」
「あの時もとても綺麗だと思ったけど…今のはそれよりも更に綺麗ね」
前の時でも充分過ぎるほど美しい印象を持ったクラゲの水槽が、LEDの光を浴びることで幻想的な雰囲気を纏うようになり、俺達はその美しさに圧倒されていた。
色々な所を回っているうちに、あっという間に時刻は12時半。昼飯を食うために俺達は水族館内にあるレストランへと向かう。
「やっぱり混んでるね」
「だな」
「お客様!」
「「ん?」」
レストランの混み具合に、休日の宿命を感じながら並んでいると、店員が声を掛けてくる。
「本日バレンタインデーと言うことでカップルの方には半額のキャンペーンを実施しているのですが…」
「ああ、成る程。じゃあ、それでお願いします」
「!?む、群星君…!?!?」
取り敢えず半額になるならと俺がそれを頼むと、涼海は動揺した様子でこちらを見てくる。
それに対して俺が口に立てた人差し指を当てる動作を見せると、涼海も意図を察して頷く。
「いやー、まさか半額になるなんて、有難いな」
「こう言うところのご飯って高いものね」
「そういうこと。まあ、勝手にカップルとか言ってごめんな?」
「べ、別に怒ってないから…。……寧ろ嬉しかったし」
「え?」
「な、ななな何でもない!!」
「そ、そうか」
涼海が何かをボソッと呟いた気がしたので思わず聞き返すと、涼海が慌てて否定してきたので、何かあるのだろうかと思い、それ以上追求することはしなかった。
「そう言えば、今日姉貴が学校に速野誘ってるんだってよ」
「私も聞いた。春瑠乃さん、今年で決着付けるってチョコ作りの時に独り言で言ってたって流君が言ってたよ」
「そっか。…ま、あの二人は初めから結果なんて分かりきってるし、安心して朗報を待とうぜ」
「そうだね」
俺の言葉に微笑んで頷くと、涼海は何か覚悟を決めたかのような目を一瞬だけ見せる。それが指し示す意味は、今はよく分からなかった。
夕方。ペンギンや、イルカショーを見て回った俺達はお土産を購入して水族館を後にする。
「楽しかったな」
「うん。凄く楽しかった。今日はありがとう、群星君」
「おう」
「…もう、日も暮れ掛けだね」
「まだまだ日も短いもんな」
水族館が海辺にあるので、私達は海沿いの公園を通り抜けて、駅までの道のりを進んでいく。
沈みそうな西日が、海面に反射して煌めいている。
「…ねえ、群星君」
「どうした?」
「今日が何の日か、分かる?」
「そりゃ、バレンタインだろ。…もしかして、チョコくれんのか?」
涼海の問いに、俺は答える。毎年涼海と結衣乃、後は姉貴からチョコを貰っているので、今年もその流れだろうと思い、涼海に質問する。
「まあ、ね。はい、これ」
「おう、ありが…と…う……」
涼海が紙袋から取り出して差し出して来たチョコを受け取ろうとして、俺は固まる。何故か。それは…そのチョコがあまりにも気合が入っていると、一目で分かるからだ。
丁寧に施されたラッピング。定番の赤色の包み紙に俺の好きな紺色のリボン。
明らかに、その手の込み具合は去年までとは一線を画していた。
「なあ、これ…」
思わず声が震える。動揺してるのが自分でも分かる。前に俺は速野に言われた「鈍感だ」と。そんな鈍感な俺をしても、流石にこの状況に込められた意味は分かる。
夕暮れの海が見える公園と言う雰囲気のある場所で、一応世間的にはデートと言えるものの締めに、明らかに友チョコと言うにも気合の入ったチョコを渡してくる。その意味が分からないわけがなかった。
「大体想像した通りだと思うよ、群星君。それは…私から剣義君への、“本命”チョコだから」
そう言って少し顔を赤く染めながら笑う涼海の顔は、今まで見てきたどの顔よりも美しく、可憐だった。
そして、空には夜空に輝く満月と満天の星々とが、浮かび始めていた…。




