EP39.文化祭準備
さて、リンがこの学校に来てから早くも一ヶ月が経っていた。
10月の頭にある中間テストを終え、とある期間に突入した。
…そう、文化祭の準備期間である。
毎年我が校では10月末の金曜と土曜に文化祭を行なっているので、ここから三週間程は準備期間となっていた。
で、俺のクラスでは何をするのかと言うと、演劇となっている。
演目は何故か「桃太郎」…いや、小学校の学芸会かよ。とは思ったものの、今の俺はそれどころではない。
何故なら…俺の役が桃太郎だからだ。
どうしてこうなったのか。勿論俺が自ら名乗り出た訳ではない。
発案者であり、脚本担当の速野が俺を指定しやがったんだ。
何せあの速野の事だから、俺が演じる側でなければ、或いは演じたとしてもチョイ役ならどういうストーリーになるのか怖さ半分、興味半分といった具合なんだが、流石に自分でやるのは…ねえ?
んで、初日の今日は役者陣と脚本での会議、裏方組の小道具なんかの制作開始ってとこだ。
「じゃあまずは俺の考えてる大まかな構想を伝えるな」
「おう」
「先に言っておくが、ただの桃太郎ではねえ。本格アクション風だ」
「…つまり?」
「主役である群星と、鬼役の鈴木は特に激しいアクションをすることになる」
「成る程な。…んで、肝心のストーリーは?」
「ふっ、良いとこ突くな。勿論ストーリーもしっかり練ってるぜ」
そして速野は自身の考えたストーリーの書かれた原稿を差し出す。
──昔々、あるところに桃太郎という青年が居た。
「え?おじいさんとおばあさんは?」
「良いから読めって」
「あ、悪い」
彼には不満があった。それは自分の名である。
何故"桃"などという愛らしい印象を受ける言葉なのか。
彼には疑問があった。それは自分の家族である他の子供にはちゃんと両親が居た。
なのに自分に居るのは祖父と祖母だけ。
その環境は物心ついた頃から当たり前で、祖父母からは惜しみない愛情を注いでもらえたと思ってるから不満はなかった。
…ただ、他人は当たり前に持っているものが自分にはない、という事実がなんとも言えない空白を桃太郎の胸に作っていた。
そんな自分の中の不満と謎が解けたのは、そして全ての運命が動き出したのは彼が十七の頃。
この辺り一帯を納める大名の娘…即ち姫が鬼に攫われたという事件が起きたと、祖父母から聞いた日の晩の事だった。
「おじいさん、おばあさん、話とは何ですか?」
「桃太郎、鬼の話は知っているな?」
「はい。なんでも姫様が攫われたとか」
「そうだ。これから幾つか話をする。落ち着いて聞きなさい」
「は、はい。…分かりました」
いつもは穏やかで優しい祖父母の、いつにない迫力に気圧されつつも、その言葉に耳を傾ける。
「桃太郎、姫花様の事を覚えてあるか?」
「姫花…懐かしい名ですね。昔よく我が家に来て遊んでいたあの子でしょう?もう久しく会っていませんが、覚えています。
で、何故今その話を?しかも様まで付けて…」
「ああ。姫花様はこの国の殿の娘…つまり姫だ」
「彼女が、姫…。ということは!」
「そう、鬼に攫われた姫というのは姫花様の事だ…」
「そんな…」
あまりに衝撃的な告白に、頭が真っ白になる。
しかし、話は終わっていなかった。
「そして、この国…いや、姫花様が鬼に狙われたのはこれが初めてではない。十七年前、同じ事が起こりかけた」
「十七年前…」
「十七年前もまだ赤ん坊だった姫花様を鬼が狙って襲って来た。しかし、その時はある者の活躍で危機を乗り越えたのだ。
そしてそのある者というのが桃太郎、お前の父だ」
「俺の…父さん…」
「ああ、お前の父…何より私も昔は武士として戦っていた」
「武士だったなんて…。そんな事、一度も…」
「言わなかったからな。本当は教えるつもりもなかった」
「なら、何故…」
「お前の父は、腕の立つ武士だった。そしてお前と、お前の母を深く愛していた。お前の母は…桃が好きな人でな。二人が出会ったきっかけも桃だったんだ」
「桃…それって…」
「お前の母が川に落としてしまった桃をお前の父が拾った。そうして二人は出会って、結ばれた。
だが、お前の母は体が弱くてな。お前を産んですぐに亡くなってしまった。…丁度、桃の実が美味しい時期だった」
桃太郎の中でずっと疑問だった事と、ずっと不満に思っていたこととが点と点を結んで一つの形を作っていく。
「お前の父は、お前の名に桃を入れた。自分達を繋げてくれた大切な思い出だったからな。
…だが、それから間もなく姫花様を鬼が襲う事件が起き、近くに居た者を庇った際に致命傷を受けてしまったのだ」
「そうだったんですね。…でも何故今その話をしたんですか?」
「…それはな。この刀が反応したからだ」
そう言って、祖父は自分の後ろに置いていた刀を取ると、鞘から抜いて見せる。
「これはお前の父が使っていた刀だ。…刀身が薄桃に輝いているだろう?」
「はい、不思議な…刀ですね…」
「それは、お前がその刀を振るう時が来た。…そういう事だ」
「…!つまり、俺のやるべき事は…鬼退治。という事ですか?」
「義務ではない。戦わない道を選んでも良い。…決めるのはお前だ。桃太郎」
そこまで読み進め、俺は一度目を離してら速野に問う。
「お前…いつの間にこんなの考えてたんだよ。ヤバいな」
「褒め言葉として受け取っとく。ほら、残り読めよ」




