男だと思っていた幼馴染とは恋人同士になるべきだ。ただし美少女に成長した場合に限る
その日俺・椎名智大は、駅のロータリーで胸を躍らせていた。
駅に電車が着く度に、まだかまだかと首を長くする。
降車した人間の中にそいつがいないとわかるやいなや、「次の電車は何時かな?」と到着時刻をスマホで調べる。先程から、その繰り返しで。
高校生にもなってウキウキを隠せずにいるなんて、情けないのかもしれない。
だけど、仕方ないだろう? だって今日は――約10年ぶりに、幼馴染と再会出来るのだから。
「SNSでのやり取りはあったけど、実際に会うのは本当に久しぶりだよなぁ。あいつ、この10年でどれだけ良い男になっていることやら」
幼馴染の久遠天と最後に会ったのは小学校に入る直前だったけど、その頃から彼は美男子だった。
仲間内からは、よく「将来はモデルかアイドルに決まりだな」と言われてたっけ。
その意見に関しては、俺も全面的に同意していた。高校生になった彼は、きっと俺みたいなモブ男とは比べ物にならないくらいのイケメンに成長していることだろう。
天を待つこと小一時間。ようやく彼から、メッセージが届いた。
『もうすぐそっちに着くよ』
送られたメッセージを見て、俺の興奮は絶頂に達する。
あとちょっとで、天に会える。そのことが、嬉しくてたまらないのだ。
天と再会したら、何をしようかな?
まずは二人とも好きだったバスケをするのも良いかもしれない。
天と離れ離れになってからも、毎日のように練習を続けてきた。1on1なら、正直負ける気がしない。
あとは量のエグいラーメンを食べに行ったり、一緒に温泉に入ってアレのサイズを比べてみたり。
離れていたが故にこの10年出来なかった経験をして、男同士の友情を深めていくこととしよう。
そんなことを考えていると、ふとスーツケースを引いた少女と目が合った。
年の頃は同じだろうか?
長く美しい黒髪と、それに対を成すような白い肌は、少女の中の清楚さを全面に曝け出していた。
少女は、じーっと俺を凝視する。
俺もまた、吸い寄せられるように彼女に魅入ってしまっていた。
少女がニコッと俺に微笑みかけると、俺の心もドキッと音を立てる。
恋と呼ぶのは大袈裟だけど、少なくとも「可愛い」とか「綺麗だ」といった感情は抱いた。
折角の出会いだ。この後お茶にでも誘ってワンチャン狙いたいところだが、残念なことに今日は先約がある。
俺は少女にペコリと頭を下げると、再度スマホの画面に目を向けた。天のやつ、早く来ないかなー。
「……」
少女はなぜか一瞬驚いたような顔を見せたが、別段俺に話しかけるということもなく、その場を去っていった。……何だったのだろうか?
数分後。
「おーい、智大ー!」
スーツケースを引きながら、見覚えのあるイケメンが俺に近づいてきた。
その顔を見間違えるわけがない。その声を聞き間違えるわけがない。
そこにいるのは、俺の待ち望んだ久遠天だった。
手を振る天に、俺も軽く手を上げることで応える。
「おう、天! 久しぶりだな! ……って、え?」
挨拶した直後、俺の視界に信じられないものが飛び込んでいた。
俺の視線はその信じられないものに……天の胸部に、真っ直ぐ向けられる。
天の胸部には……なぜか二つの膨らみが存在していたのだ。
俺はその膨らみの名称を知っている。乳房、或いはおっぱいと呼ばれるものだ。
しかしその膨らみは、女性特有のものであって。男である天に存在する筈がないのだ。
「ん? どうかしたのかい?」
胸を見たままフリーズしている俺を不思議に思い、天は首を傾げる。
男に乳房があるなんて、まずあり得ない。だからこれはきっと幻覚だ。
そう判断した俺は、「ごめん」と一言謝ってから……天の胸に触れた。
作り物でないことを確認するように、天の胸を何度か揉む。
この感触、この弾力、そして揉む度に上がる天のいやらしい声。……間違いない。これは本物のおっぱいだ。
そしておっぱいが存在するということは、つまり――
「天……お前、女だったのか?」
「……何今更言っているんだよ?」
ようやく胸から手を離した俺を涙目で睨み付けながら、天は言った。
「もしかして、ずっとボクを男だと思ってたのかい?」
「あぁ。正直今でも信じられないくらいだ。……だからもう一回触っても良い?」
「絶対ダメ」
どさくさに紛れたセクハラは、見事に拒絶されてしまった。
気を取り直して。俺たちは互いに握手を交わし、再会を喜ぶ。
「だけど智大は全然変わってないね。ひと目見て、智大だって気付いたよ」
「お前が変わりすぎなんだよ。まさか女になっているとは思わなかったぜ」
「ボクは昔から女の子なんだけど!?」
うんうん。テンポの良い、このやり取り。これこそが、俺と天の日常だ。
なんだか10年前に戻ったみたいで、懐かしい感じがした。
「確か、こっちの高校に転入するんだよな?」
「そうだね。それも智大と同じ高校だよ」
「マジか! だったら明日から、一緒に登校しようぜ」
「待ってました! 誘われなかったら、ボクからその提案をするつもりだったよ」
駅のロータリーで立ち話もなんなので、一先ず天を俺の自宅へ招待することにした。
天と並んで歩きながら、俺はさっきまでの一部始終を振り返っていた。
男だと思っていた幼馴染と再会したら、実はそいつは女の子だった。
衝撃の事実に驚きながらも、次第に幼馴染を異性として意識し始めてしまう。それこそが、ラブコメのお決まりのパターンだ。
俺はチラッと、横目で天を見る。
……うん、ないな。
たとえ女の子であっても、天は俺にとって気の合う親友で。それ以上でもそれ以下でもない。
そもそも、俺の好みは天と再会する前に目が合った、あの清楚系黒髪美少女のような女の子なのだ。
だから敢えて、この場で明言するとしよう。
男だと思っていた幼馴染とは、確かに恋人同士になるべきだ。ただしそれは、その幼馴染が美少女に成長していた場合に限る。
◇
翌日。
天が俺の通う学校に転入してきた。
しかも俺と同じクラスだ。これはもう、神が俺と天に青春(ラブコメは付かない)をしろと言っているようなものだった。きっとそうに違いない。
天はイケメンだ。女子だけどイケメンだ。それは幼馴染である俺が保証する。
その為案の定、女子生徒たちは同性であることを忘れて天に黄色い声を投げかける。
意外だったのは、女子だけでなく男子生徒も天に目を奪われていたことだった。
……確かに客観的に見たら、天は整った顔立ちをしている。そういった需要もあるということか。
転校生かつ美形ということで、次の休み時間から早速天の周りには人集りが出来ていた。
天の親友は、多分俺一人だ。だけど友達なら、何人いたって良いじゃないか。
俺は自分の席から、天の友達作りを密かに応援していた。
昼休みになると、ようやくクラスメイトたちの質問攻めもひと段落ついたのか、天が弁当を持って話しかけてきた。
「なんだ。お昼は誘われなかったのか?」
「誘われたよ。でも、先約があるから断って来たんだ」
「そっだったのか。……じゃあ、そいつと仲良くな」
俺も昼飯を食べに学食に向かうべく、席を立つと、
「いや、何を言っているのさ」
そう言うと、天は俺を指差す。
「先約」
俺と天は、「一緒にお昼を食べよう」と約束していたわけじゃなかった。だけど彼女は、さもそれが当然であるかのように、俺と昼食を取ろうとしてくれている。
天はこの午前中で、沢山の友達が出来た。それでも彼女にとっての一番は、唯一の親友である俺なわけで。
改めてそのことを実感して、俺は嬉しい気持ちになった。
「因みに智大は、お弁当なのかい?」
「いいや。いつも学食だ」
「成る程。つまりまだ、何を食べるのか決まっていないと」
そうだけど……それがどうしたというのだろうか?
俺が不思議がっていると、天は俺に弁当箱を差し出してくる。
その弁当箱は、一人分と言うにはあまりに大きすぎて、最早重箱と言っても過言じゃなかった。
「随分沢山食べるんだな」
「こんなに食べるわけないっての! これは、その……作りすぎちゃったから、一緒にどうかなーって」
若干頬を紅潮させながら言う天に、俺は「マジか!」と即答した。
「今月金欠だったから、凄え助かる!」
頬を赤くしていた天だったが、俺がすぐ返答したことで一転、なんとも言えない表情になる。
「えーと……智大は、女子の手作り弁当を食べることに抵抗とか躊躇いはないのかい?」
「ないわけないだろ? だけど、天に関しては別だ」
俺にとって天は異性である前に、親友。親友の手料理を食べるのに、躊躇いなんてあるだろうか?
「特別扱いされているのはわかるけど、これは違うんだよねぇ……」
俺に手作り弁当を食べて貰う。希望通りの展開の筈なのに、どういうわけか天は浮かない表情をしていた。
◇
金曜日の放課後、俺はこの日も天と一緒に下校していた。
何気ない雑談をしている最中、天は頬をかきながら、「そういえば――」と話題を変えてくる。
「智大って、明日用事とかある?」
「そうだなぁ……強いて言えば、惰眠を貪ることくらいかな」
「OK。要するに、予定なしってことだね」
そう受け取って貰って間違いない。
「そこで提案なんだけど……明日、一緒に遊ばない?」
「それは名案だな」
天がこちらに帰ってきておよそ一週間が経つが、今日まで平日だった為ろくに遊ぶことが出来ていなかった。
天と再会して初めての週末だ。親友同士水入らずで過ごすのも悪くない。
「どうする? 10年ぶりに1on1でもするか?」
「それも良いけど、折角なら10年前は出来なかった、高校生らしいことをするのなんてどうかな?」
「高校生らしいこと?」
「うん。例えば、ショッピングとか」
確かに10年前は自由に使えるお金なんてなかったから、ショッピングをしたことがなかったな。
それに親友と買い物だなんて、青春っぽくて良いかもしれない。
「わかった。それじゃあ明日、買い物に行こうか」
駅前に10時集合。
そんな約束をして、俺たちは別れた。
翌日。
遅れてはいけないと思い、俺は集合時間の15分前に駅に到着した。
天の姿は、まだない。
女の子だし、支度に時間がかかっているのだろうか?
そう考えたところで、俺はふと今更なことに気が付く。
そういえば天って、女の子なんだよな。
幼馴染兼親友と遊びに行く。その事実は変わらないが、見方を変えれば異性と二人きりで遊びに行くとも捉えられる。
それは謂わゆる、デートというやつなのか? 一瞬考えてから、俺は邪念を振り払うように大袈裟に首を横に振った。
天は親友だ。親友と、デートなんてしたりしない。
平静を取り戻すべく、俺はクラッシック音楽でも聴こうとすると、
「待たせたね、智大」
背後から、俺を呼ぶ声が聞こえた。
「いや、全然待ってないぞ」
聞き慣れたその声に反応して、俺は振り返る。そして……目を見開いて、驚いた。
聞こえたのは、確かに天の声だった。しかし今俺の目の前に、天はいない。
天の代わりにそこにいたのは……彼女と再会した日に出逢った、あの美少女だった。
清楚さ溢れるその美少女は、俺を見て微笑む。
俺は鼓動を早めながらも、「えーと、誰ですか?」と尋ねた。
美少女は「まったくもう」と、溜め息を吐く。
「やっぱり気づいてなかったか。ボクだよ、ボク。智大の幼馴染兼親友の、天だよ」
俺の好みドストライクのこの美少女が、あの天だと? 正体を明かされても、俄かに信じられなかった。
「天だなんて、そんなバカな。服が女の子っぽいし、髪型が違うし」
「女の子なんだから、ワンピースを着てもおかしくないだろ? 因みに基本私服はこんな感じだよ。あと、髪はウィッグ」
「ウィッグって……どうしてそんなものを?」
「それは……智大がボクに気付いてくれないのが悪いんじゃないか」
俺はこの美少女と、一度会っている。
それもすれ違ったとか、その程度の邂逅ではなく、互いに目を見て笑い合っている。
だけど俺はその美少女が、天だと気づかなかった。だから天は、俺にもわかるように昔みたいな格好をしたのだ。
「だけど、どうして今日に限ってそんな格好をしたんだ?」
「そんなの、智大とのデートだからに決まってるじゃないか。……好きな男の子に可愛いと思われたいのは、恋する乙女として当然のことだよ」
天は俺を、一人の男として見ていた。恋をしていた。
じゃあ、俺は? 俺は天のことを、どう思っている?
目の前にいる彼女は、凄く可愛いと思う。
しかも今告白までされたわけだから、そりゃあこちらも一瞬にしてフォーリンラブだろう。
だけど彼女は天だ。そして、天は俺にとって親友だ。
天を恋人にするならば、俺は唯一無二の親友を失うことになる。
『男だと思っていた幼馴染とは、確かに恋人同士になるべきだ。ただしそれは、その幼馴染が美少女に成長していた場合に限る』
その自論は、今でも変わらない。
親友か、恋人か。
選択する時は、すぐそこまで迫っていた。
◇
天とのデートは、控えめに言って最高だった。
親友であるが故の安らぎの中に、好きな人に対する緊張も存在する。対極的な二つの感情が、俺に今まで経験したことのない感情を抱かせる。
親友としてバカみたいなやり取りをする度に「あぁ、この時間がずっと続けば良いのにな」と思い、一方で不意打ちで「カッコ良い」と言われた時には「やっぱり好きだな」と感じてしまう。
結局デートが終わっても、俺は天に告白の返事が出来ないでいた。
帰宅した俺は、自分の部屋で一人考える。
親友か恋人か。まさに究極の2択だ。
情けないことだけど、今日明日で答えが出るとは思えない。
俺が頭を悩ませていると、天から電話がかかってきた。
「天、どうした?」
『大した用事じゃないんだけどさ。今日のお礼をと思って』
「お礼なら、こちらこそだよ。楽しかった、ありがとう」
『そう言われると、ボクとしても嬉しくなるね。……それで、告白のことなんだけど……』
話を持ち出されて、俺は察する。
多分お礼というのは電話をかける口実で、本題は告白についてなんだろうな。
『実を言うと、智大がボクを親友としか見ていないことくらい、わかってた。だから告白なんてしたら、智大はきっと困るに違いない。それもわかっているつもりだった』
「……あぁ。絶賛苦悩しているよ」
『だよね。……それでも告白したのは、ボクの覚悟の表れで。ボクにとって智大は親友じゃない。世界で一番大好きな男の子なんだ』
親友じゃない。
そう言われたのに、俺は不思議と悲しい気持ちにならなかった。
それは恐らく、天が俺に親友以上の感情を抱いてくれていると知っているから。彼女が俺に「世界で一番大好き」と言ってくれたから。
「……俺も本音で話そう。正直俺はまだ、お前を異性として見きれていない。成長して女の子らしくなった天は凄く魅力的だし、その、可愛いと思う。でも……俺にとってお前は、親友なわけで」
『うん』
「いきなり恋人同士にはなれないと思う。必ず答えを出すけれど、今すぐには無理だ」
「でも――」。気持ちのまとまっていない俺だけど、一つだけ胸を張って言えることがあった。
「俺も天が、世界一大好きだよ」
二人の関係性に、無理に名前をつける必要はない。
当面は、この親友以上恋人未満の関係を楽しむことにしよう。




