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第九話 とある日曜日の日常

 日曜日、一週間の始まりの日であり、休日の終わりを告げる月曜日の前日。そんな日の昼下がり、オレは一人で自分の住む街を行く当てもなくぶらぶらと歩いていた。


 今日はディアナはいない。今日は医学の講習会があるため冒険者業はできないのだとか。相当なレベルの方向音痴なので途中まで送ろうかと思ったのだが、ディアナに「大丈夫です、一人で行けますから」と言われてしまい行くに行けず、結局彼女は一人で行ってしまった。本当にディアナは到着できたのだろうか。目的地とは正反対の方向に向かって突き進んでいたりしないだろうか。


 別に一人で依頼を受けて金稼ぎをしてもいいのだが、やめておいた。毎日働きづめなのだからたまには何もしない休日があってもいいだろう。思えば冒険者になってもうそろそろ二週間、オレたちも一日に3つ以上の依頼を完了できるようになって生活も安定し始めた。おかげでこんな休日を普通に過ごせるだけの貯金もある。


 このような日曜日の過ごし方は冒険者になる前では考えられなかった。ディアナと出会ったあの日はオレにとって(まさ)しくターニングポイントだったのだろう。冒険者になることを勧めてくれたディアナに感謝だ。


 そんな他愛もないことを考えながらただ足が向くままに街を歩いているといつの間にか住宅街に出た。先程まで歩いていたショッピングモールなどが近くにある道とは違い人通りは少ないが、それはそれで静かで穏やかな雰囲気がある。


「あ、そこのお兄さん! ちょっと待って!」


「へ?」


 そういった雰囲気特有の何とも言えない心地よさを感じながら歩いていると、突然後ろから大きな声で話しかけられた。驚いて後ろを振り返れば、そこには10歳ほどの小柄で元気そうなツインテールの少女が真っ直ぐにオレを見ながら立っている。


「お兄さんに一個頼みたいことがあるんだけど、いいかな!」


 そして、その少女は元気いっぱいに大きく口を開いてそんな事を言ったのだった。



 〜〜〜〜〜〜



「……つまり、君の猫探しを手伝ってほしいってこと?」


「うん、そうだよ! それと猫じゃなくてみーちゃんね! あと、私は比奈鳥(ひなとり)琉花(るか)っていう名前です! 琉花ちゃんって呼んでね!」


 そう言ってオレに話しかけてきた少女、もとい琉花は太陽のような明るい笑みを浮かべる。


 琉花がオレを引き止めた理由は先程オレが述べたとおりだが、そこに至るまで色々なことを話されたのそれらを要約すると、彼女は家族に内緒で毎日みーちゃんという名前の黒猫に餌をやりに行っているらしい。だが、今日はみーちゃんがいつもいる公園に行ってみてもみーちゃんは現れず、どこかで迷子になっているのではないだろうかと心配になって探し始めたらしい。


「それは別にいいんだけど、なんでオレなんだ? そういうのが得意そうには見えないと思うんだが……」


「それはお兄さんがみーちゃん探しを始めて一番最初に見つけた大人だから! あと、お兄さんの名前は何ていうの? 教えて!」


「なるほど、オレが最初に見つけた大人だからかー。あ、オレの名前は春宮聡太だ。よろしくおねがいします」


「ソウタお兄さんだね! こちらこそよろしくおねがいします!」


 厳密に言えば恐らくオレは年齢的に大人ではないのだろうが既に職を得て社会で生きている点で見れば大人かもしれないのでそこはスルーする。というかそれを言ってもこの少女なら他に適当な理由をつけてオレをみーちゃん探しの仲間に入れそうだ。


 こんな事を言っているが別にみーちゃん探しが嫌なわけではない。むしろ暇だったから大歓迎だ。そして、そんなオレの考えを読み取ったように琉花はまた太陽のような笑みを浮かべるてオレの手を取る。


「それじゃあ自己紹介も終わったことだしさっそくみーちゃんを探しに行こう、ソウタお兄さん!」


 そうして特に予定もなかったオレの日曜日にて、唐突にみーちゃん探しが始まったのだった。






 それから数時間、オレと琉花はみーちゃんを探すために流花が思うみーちゃんが居そうな場所を回ってみたが、みーちゃんは見つからない。そのせいもあり流花の最初は元気いっぱいだった顔も不安そうなものに変わっている。


「ここにもいないなぁ……みーちゃん、どこに行っちゃったんだろ……」


 俯きながら流花がそうつぶやく。その声もまた、最初に聞いた明るいものではなく、不安に満ちた暗いものだった。


「ソウタお兄さん、他にみーちゃんが居そうなところあるかなぁ……」


「はぁ……はぁ……ちょ、ちょっと休憩させてくれ……」


「ダメだよ! 早くみーちゃんを見つけないと! お腹が減って泣いてるかもしれないんだよ!」


「疲労のせいでオレが今すぐ泣きたいところなんだけど……」


「嘘言わないで! 大人なんだからこれくらい大丈夫でしょ!」


 そんなことない。大人にもできることの限界があるんだよ? そう言い返したいところだがもうそうする気力も残っていない。


 オレがここまで疲れているのには理由がある。それはみーちゃん探しの最中に流花が「みーちゃんは木から降りれなくなってるかもしれない」という事を思いついたから。そして、流花は自分では木に登れないという事でオレが登って確認することになった。


 別にそれ自体は問題ない。木の上にいるかもしれないという発想はいい着眼点だと思うし、木には枝という丁度いい足場があるので登りやすい。だが、問題はその後だった。取り敢えず捜索範囲内の大体の木に登った後、唐突に流花が「じゃあ次はこれに登って」と言いながら電柱を指さしたのだ。


 断っておくが、今までオレが木に登れていたのは先程言った通り枝という都合のいい足場があったから。それに比べて電柱にはそういった物がほとんどない。強いて言えば所々に付いているいるネジのようなものくらいだろうか。


 そして、もし足を踏み外したりして落ちたとしても木の場合は枝がクッションになって衝撃を和らげてくれるのに対し、電柱にそんなものは無いので落ちたらそのまま地面にまっさかさま。良くて重症、悪くて即死である。


 琉花はそんなものを登れ、とさもそれが当然かのように言ってきたのである。これには流石にオレも出来ないと流花に言ったのだが、流花はオレの言うことを全く聞かずに「ソウタお兄さんなら大丈夫!」の一点張り。


 何が大丈夫なのか今すぐに問いただしたいところだったが、その言葉と同時に飛んでくる太陽のような眩しい幼女スマイルに敗北し、結局オレは電柱に登ることになってしまった。


 気合と生への執着でどうにか無事にその電柱の一番上まで登って降りることが出来たが、その一回だけで非常に疲れた。何しろ一歩間違えれば瀕死の重傷を負うか、普通に死亡するのだ。精神的な負担が半端ない。まさか冒険者として仕事をしていない日にも死を間近に感じることになるなんて思っていなかったよ。


 そして、そんな疲労困憊の俺に悪気のない少女による無慈悲な更なる追い打ちが。


「ソウタお兄さん! 次はこの電柱を登って!」


「ははっ、マジかぁ……マジかぁ……!」


 地獄の電柱上りはまだまだ続く。


 ……


 …………


 ………………

 

 その後も時間は過ぎ去ってもう夕刻。鴉もカーカーという鳴き声を上げながら自分たちの巣へ帰っていく時間。まだ太陽は空に浮かんでいるがあと1時間もすれば完全に沈み切ってしまいそうだ。


「みーちゃん、どこ行っちゃったんだろう……」


 隣を歩く琉花がとぼとぼと歩きながら沈んだ声でそう呟く。電柱を登った後もオレたちはみーちゃんがいそうな場所を片っ端から探したのだが、結局みーちゃんは見つからなかった。


「もうみーちゃんと会えないのかな……」


 最初は元気いっぱいだった琉花も時間が経てば経つほどみーちゃんへの心配でその元気は萎んでいき、今になっては今にも消え入りそうな雰囲気になってしまったいた。


 そんな琉花を横目に見ながらオレは今もどこにみーちゃんが居るのかを考える。だが、もう琉花がみーちゃんがいそうだという場所は全て回っており、場所によっては何度も見に行った。それでも見つからないんだからもう他に探す場所なんて……


「あ」


 そこで一つ、閃いた。もう琉花が全て探した後だと思って一回もみーちゃんを探しに行っていない場所を。そして、琉花からもちゃんと探したと聞いてない場所を。最もみーちゃんがいそうな場所を。


「えーと、こういうの何て言うんだっけな……」


「ソウタお兄さん? どうしたの?」


「んーと、砲台元黒(ほうだいもとくろ)し?」


「……灯台下暗し?」


「あぁ、それそれ」


 急に琉花がオレのことを馬鹿を見るような冷たい目で見てきた。すまないな、オレは記憶喪失なんだ。だからこういうことわざもあまりうまく覚えていないものがあるのさ。だからそんな目で見ないでくれ。


 それよりも、だ。


「なぁ、琉花」


「……なぁに?」


「一回、みーちゃんがいつもいる公園をもう一度よく探してみないか?」




 〜〜〜〜〜〜




「にゃーお!」


「みーちゃんだ! みーちゃんだ! もう、ずっと探してたのにこんな所にいるなんて!」


 俺の目の前で小柄な少女ときれいな毛並みの黒猫が戯れている。小柄な少女、琉花は嬉し涙を目元に溜めながらも心底幸せそうな満面の笑みを浮かべており、黒猫の方もずっと待っていた主を見つけて嬉しそうにはしゃいでいた。


 みーちゃんはいつもの公園の木の上に居た。つまり、流花の考察は当たっていたという事だ。多分興味本位で木に登ってそのまま恐怖か何かで降りれなくなったんだろう。猫なのに。


 因みにみーちゃんを降ろすためにオレが木に登った際、思いっきり顔を爪で引っ掻かれた。普通に痛かった。


 しかし見ていて心が温かくなってくる光景だ。この光景を見られたなら今日一日の苦労も割に合うというもの。色々な所を歩いて、大量の木を登ったり。ただし、電柱テメーはだめだ。マジで死ぬかと思った。


 そんなことを考えているオレに、みーちゃんを抱えた流花がパタパタと足音を立てながらオレに向かって走ってくる。


「ねぇ! お兄さん!」


「ん、どした?」


「今日はありがとう! 本当に、ほーんとうにありがとう!」


 そうやって感謝の意をオレに伝えながら流花は最初にあった時に見せた太陽のような明るい笑みを浮かべた。そして、その後にもじもじと何かを悩む素振りを見せた後、思い切ったようにしてオレの顔を真っすぐに見る。


「ソウタお兄さん! 図々しいと思うけど実はもう一つお願いをしたいんだけど……あの、その、大丈夫?」


 最初は威勢がある大きな声だったが、次第に小さくなっていき最後にはほぼ聞き取れないくらいになってしまっていた。まぁ、オレは聞き取れたのだが。


「なんだ?」


「えーとね、その……あたしみーちゃんを家で飼おうと思うの。またこうやって探したりするのは嫌だし……でも、お母さんに一人で言うのは怖いから……」


「オレに一緒についてきてほしい、と?」


「う、うん! そうなんだけど……ダメ、かな?」


 少し心配そうな声色で口元をみーちゃんの頭にうずめながら上目遣いで見てくる。別に何か用があるわけでもないので断る理由もないし、そんな目で見られてしまっては断るに断れない。ここまで一緒に居たんだ、最後まで見届けてやろうじゃないか。


「おう、それくらいなら喜んで」


「そっか。えへへ、ありがとうソウタお兄さん!」


 オレの返答を聞いて安心したのか、流花はほっと息を吐いた後、すぐに明るい笑みを浮かべる。その笑みはこれから先の未来も沢山の幸せが待っていると信じてやまない、一点の曇りもない太陽のような笑みだった。




 みーちゃんを抱えた流花が前を歩いてオレを先導する。目的地は勿論彼女の家。そして、次の角を曲がる、というところで流花が歩みを止める。


「んと、この角を曲がって左の3個目の家が私の家なの。ソウタお兄さんはここで見てて」


「オレは邪魔か?」


「そ、そんなことないよ! ただ、やっぱりこれくらいは自分でやりたいって思っただけ!」


「分かった、オレはここで見守っておくよ。ま、気楽に行けよ。きっと上手くいくだろうさ」


「うん、分かった。それじゃあ行ってくるね! ソウタお兄さん、今日は本当にありがとう!」


 そう言ってすぐに流花はオレに手を振りながら小走りで自分の家に向かっていった。彼女の様子を木陰から見守る。


 流花がチャイムを押すと、すぐに彼女の母親であろう女性が出てきて、離れた俺にも聞こえるような大声で「こんな時間までどこに行っていたの!」と流花を怒鳴っていたが、後から出てきた流花の兄らしき青年がその女性を宥めた。


 そして、二人は流花が抱えている黒い猫に気が付いたようで、しばらく玄関の前で話した後みーちゃんも一緒に家の中に入っていった。


 流花が家に入っていくところまで見届けたオレは、冒険者ギルドへの帰路に着く。まだみーちゃんに引っ掻かれた頬が箇所が痛む。そうだ、帰ったらディアナに診てもらおう。彼女の医療技術を見る絶好の機会だ。


 そんなことを考えながら、オレは一抹の違和感を抱く。何かがおかしい。先程の光景には何かの違和感があった。だが、そんな訳はないとその違和感を切り捨てる。客観的に見ても、何もおかしい点はない光景だったはずだから。


 オレは気が付かない。その違和感の正体が今日一日琉花と行動を共にして、琉花の家族の話は何度も聞かされたというのに、ついぞ彼女の口から兄について一度も言及されていない、ということに。ではあの男性は誰なのか、という疑問に。


 いつしか月と星々はどんよりとした黒い雲に隠れ、辺りを街灯しか頼れる光のない、真っ暗で不気味な空間に変わっていた。

【次回予告】

 みーちゃんを探すために流花に電柱を登らされたソウタ! 今日一日で何かを登■のがメチャクチャ上手くなった気がするとはソウタ■談。そして、次回で■ソ■■と■ィ■■■■指■■■頼■! ■■■■■■さ■■■■■■


 次回ファンタジー化した地球の日常、断章『虚空に響く』。 幸せが終わり、不幸が訪れるのは常に唐突だ。そして、誰もそれを予感することは出来ない。

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