第六話 立った、〇〇〇が立った!
オレとディアナが冒険者ギルドで冒険者登録をし、一人の悪を成敗したその日の午後。オレたちは近くにある平野に来ていた。その名をエンヴィル平野。
日本ではテーマパークくらいでしかお目にかかれない横文字の名称だが、これにはちゃんとした理由がある。それは単純にこの平野が元々地球には存在しない異星よりのものであり、元々異星人からエンヴィル平野と呼ばれていたためだ。
そして勿論オレたちはこの平野に遊びに来たわけではない。さっそくギルドでこの平野に生息する魔物の狩猟依頼を受けたので、その魔物を狩りに来たのである。忙しいと思うかもしれないが仕方ないのだ。だってどうにかして金を稼がないと無一文のオレが野宿するか借金を作らなければならなくなるのだから。
初めての依頼の狩猟対象はAcrobat・Crazy・Horseという名前の魔物。直訳すると軽業な頭のおかしい馬。名前の時点で悪い予感しかしなかいが、ちゃんとした職員の方に「今日はこれくらいしか初心者の方が達成できそうな依頼が残っていなくて……」と申し訳なさそうに言われたためこの依頼を受けることになった。
その職員の方からACホースの特徴を聞いたのだが、名前の通り馬だが、通常の馬よりも数段大きく、強いのだという。そして、戦い始めて1分以内に勝敗が決するらしい。とりあえず戦えば分かると言われたので何故そうなるのかがまるで分からない。そんなに弱いのだろうか。
そして、その疑問を抱えたままオレたちはエルヴィン平野に行き、10分ほどでACホースを見つけて攻撃を仕掛けてみた。因みにオレは素手である。何かしら武器を持ちたいところだが生憎とそんな物を買う金はオレにはない。一番安いものでも軽く1万円以上の値段がある。
そして、その結果驚きの光景がオレたち二人の目の前に広がっていた。
何を言っているか分からないだろうが落ち着いて聞いて欲しい。オレも自分が何を言っているのか分からない。
立った。馬が立った。後ろ足でしっかりと地面を踏みしめ、まるでそれが当然かのように、人間のように堂々と立ち上がったのだ。
本来なら四足歩行で行動する動物が立ち上がったという現実味のなさ、アンバランス感、そしてただただ気持ち悪いという感情。それらが混ざり合って奇妙で不気味な感覚がオレたちの中で渦巻いていた。正にクレイジー。そして意味の分からない光景はそれだけでは終わらない。
「ヒヒーン!」
ACホースはまるでアスリートのように高くジャンプして空中で何故かトリプルアクセルを決めた後、どこぞの仮面ラ◯ダーのように蹴りを放ってきたのだ。色々と突っ込みたいところはあるが一番謎だったのはその蹴りがオレたちとは全く関係ない方向に向かって飛んでいき、そして蹴りをした張本人、いや張本馬であるACホースが轟音を響かせて地面と激突した、つまり自爆した点だった。
そして、自爆で大怪我を負ったACホースは肩を抑えてハァハァと荒い息を吐きながら立ち上がり、遅れて飛んできたディアナさんの魔法に当たって「いい戦いだった」と言いたげな満足そうな表情で絶命した。その死に様もツッコミどころ満載だった。前世は戦闘狂かなにかだったのだろうか。
倒れたホースを見てなんとも言えない表情のディアナと顔を見合わせる。ディアナは困惑と混乱に満ちた、まるで起きたら周りで友人たちが謎の言語を叫びながらファイヤーダンスを踊っている光景に遭遇した人のような表情をしていた。やばい、自分で言っていおいてなんだがこの表現も意味が分からない。
きっとオレも同じような顔になっているのだろう。
「と、とりあえず、素材取ります……?」
「そう……ですね?」
困惑が強すぎて素材を剥ぐことすら戸惑ってしまう。余りにも馬鹿すぎる死に様にもはやなにかの罠なのではないか、という疑問すら抱いてしまいそうだ。
馬鹿という漢字は馬と鹿が頭が悪いことから作られたと聞くが、このレベルで頭が悪い生き物とは思っていなかった。というか生物として致命的過ぎではないだろうか。なんでこいつら今まで生き残ってられたんだろう。
その後もACホースを見つけては攻撃を仕掛けていたのだが、どのACホースも同じような原因で死んだ。全てのACホースが最初の蹴りでトリプルアクセルを決め、そしてあらぬ方向に飛んでいって大怪我をし、その先でオレのパンチかディアナの魔法に当たって死んでいった。まさか初めての狩猟で魔物を一撃で、しかも拳で殺すことになるとは思ってもいなかったよ。
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その日の夜、冒険者ギルド内にあるとある食堂にて。夕食に頼んだ一番安い膳を持ちながら確保しておいたテーブルに行くと、先に戻ってきていたディアナがポチポチとギルドカードを弄っていた。
「なにやってんすかディアナさん」
「ん? あぁ、ソウタですか。見てくださいギルドカードって自分の個人情報以外にも今までに達成した依頼のとかモンスターの詳細を見ることが出来るんですよ」
「ほぇー、へんひへふねー(便利ですねー)」
「……喋るなら口の中にある食べ物を飲み込んでからにしなさい」
食事をしながら返答したら怒られた。確かにそれはその通りだが、久しぶりに食べたマトモな食事なので手が止まらない止められない。なにこれ超うまい。
「そこで今日討伐した馬のことを調べていて、中々面白い文を見つけまして」
「はひはわはっはんへふは(なにが分かったんですか)?」
「いい加減にしないとそろそろ怒りますよ?」
「すいませんでした」
ディアナがジト目で睨んできたので慌てて食べていたものを水で押し流す。それを確認したディアナが向かい側に据わったオレに見えるように彼女のギルドカードの拡大された文を見せてくる。
「えーなになに? 『ACホースは元来群れを作る草食の比較的温厚な魔物であり、自ら人を襲うことは滅多に無い。ただ、一度ACホースが戦闘態勢に入れば命中率は非常に低いものの一撃で岩石をも容易に壊す蹴りが……』」
「そこじゃありませんよそこじゃ。その下の文です、ここ!」
そう言いながらディアナがギルドカードの下の部分を指差す。そんなこと言ってるが結構やばい情報が入っていた気がする。あの蹴りそんなに威力高かったのか。そんなの当たったら即死じゃないか。
そんなことを考えながらディアナがピックアップした文を読む。
「また、ACホースの肉は非常に美味なことで有名である。その肉質は……ん!?」
「そう、美味しいらしいんです、あの馬! また明日あの馬を狩猟する依頼に行きましょう! そして食べてみましょうよ! ……あれ? どうしましたかソウタ。そんなすごい形相で読んじゃって。私の話聞いてます?」
ディアナが色々言ってるが頭に入ってこない。ACホースの肉の味の後にものすごい情報が書かれてある。オレの目はその情報に釘付けになっていた。
「ディアナさん」
「どうしました?」
「今後ACホースの狩猟依頼を受けるのはやめましょう」
「何故です! ソウタもあの馬が美味しいって文を読んだでしょう!? なら、ソウタだって――あっ!?」
オレの言葉に怒ったディアナが頬を膨らませて反論しているが、オレは聞く耳を持たずにディアナの手からギルドカードを引ったくり、とある一文をピックアップしてディアナに見せつける。
「ここ、読んでください」
「む。どんなことが書いてあったとしても私は引きませんよ。だから早くさっきの言葉の取り消しを……」
「とりあえず読んでください」
そう言われたディアナが渋々と不機嫌そうな顔でオレがピックアップした文に目を通す。そして10秒ほど経って、心底恐怖したような真っ青な表情を顔に浮かべた。
そこに書いていたのはUltimate|IntelligentホースというACホースの亜種の魔物のことだった。曰く、UIホースはACホースの身体能力のまま圧倒的な知能と攻撃の命中率を獲得した魔物らしく、その危険度はACホースとは比べ物にならないという。
実際にACホースがFランクという危険度の中でも最下位に位置しているのに対し、UIホースはその四段上のCランクである。
だが、UIホースの真の恐ろしさはそこではない。その見た目がACホースと全く変わらないこと、そしてACホースの中から結構高めの確率で生まれるため、ACホースだと思って攻撃したらUIホースだったなんてことがざらにあるということなのだ。
しかも、初心者冒険者の死因の大半を占めているのがUIホースだという。何も知らない初心者がACホースだと思って油断してUIホースに手を出して全滅、なんてことはよくあることらしい。
「……読み終わりました?」
ディアナがオレの問にコクリと頷く。
「……また、あの馬を狩りたいと思います?」
その問いに対してディアナは真っ青な顔をブンブンと横に振る。UIホースへの恐怖心で口が開けなくなったらしい。
「全く、冒険者は大変だな……」
思いもしない所に死の危険が潜んでいる。まさかあのACホースの狩猟がここまで危険なものだとは思ってもみなかった。もしこの事を知らずにまたACホースの狩猟に言っていたらこれが原因で死んでいたかもしれないと思うと背筋が凍える。
その日の夜はディアナさんとFランク帯の魔物のことを色々調べてから眠った。また何も知らずに危険な依頼を受けるなんて勘弁だ。
【次回予告】
UIホースの恐怖を知ったソウタとディアナ。そして、二人はなんだかんだあって採集依頼を行うことになる! だが、あと少しで完了、というところで問題が発生して……?
次回ファンタジー化した地球の日常、『初めての採集依頼』! 武運を祈ってますよ、ディアナさん!