6話 高橋凛音(6)
今日は、バイトの初日。
とりあえず俺は、マルコスさんに言われた通りに受付前で待機していた。
ソニアさんには、この仕事に経緯を正直に話した。
半ば呆れていた。それはそうだ。
酔った勢いで、オッケーした何て黒歴史ものだ。
だがソニアさんさんは、選んだ以上は最後まで頑張りなさいと言ってくれた。
その言葉を裏切る訳には、いかない。
なので今日は、気合いが入っている。
そんなことを考えていると、マルコスさんが一人男性を連れてきた。
その男性には、見覚えがあった。一昨日受付にいた男の子の人だ。
「紹介するよ、凛音くん。今日から一週間近く、君の指導をしてくれる『ジャコブ・サケット君』。ここでは、ジャブと呼ばれている」
「一週間よろしく、凛音くん」
「こちらこそよろしくお願いします」
ジャブか。日本でその名前を使ったら、いじられそうな名前だな。
こっちではこう言う名前の方が、受けがいいのか?
そしてボーイ?の仕事が、始まる。
「まず開店前の下準備からやろう。簡単にまとめると、仕事内容は3つかな。
一つ目は、掃除。いかに早く綺麗に掃除できるかが、鍵かな。閉店後の片づけは、かなり大変だから気を引き締めてね。この周辺に住んでいる人たちは皆、結構がさつだから」
それだけ聞くと日本人とは、国民性が違う感じか?
「2つ目は、食材の準備。足りない物は、買い出しで揃えなければならない。具体的には、おしぼり、お酒、つまみ、みたいなものだな。一番面倒くさい買い出しは、氷かな。一人、一箱を持って、600メートルほど歩かなきゃいけない」
「大変そうですね」
「そうだよ。重くて大変なんだ。俺は、この仕事でこれが一番嫌いかな。凛音くんも力に自身がないなら、慣れるまでは、相当時間掛かると思うよ」
確かにそれは、メンドーだな。運動不足の体には、答える。
でも何で氷を運ぶんだ?
「ジャブさん、この店では氷ってどう保存しているんですか?」
「氷を保存?」
俺の質問に不思議そうな顔をしている。もしかしてまた、俺は変な質問をしているのでは?
「えーっと、よくわからないけど。衛生面に気を遣って、ちゃんとした箱に氷を保管しているよ」
「それでは氷、溶けちゃいませんか?」
「そんなじゃ、氷は溶けねぇだろ。いきなり冗談言うとは、面白いな。この仕事は、コニュ力が大事だから。君、けっこう向いてるかもな」
笑われてしまった。このノリには慣れていかなければ、ならないな。気にしてたらキリがないし。
「3つ目は、テーブルセット。席に水割りセットや灰皿などを用意する。まぁこんなものか。
とりあえず、一回やってみようか」
「ハイ、最初は何から?」
---
あ~、マジで疲れた~。
下準備は、問題なくこなした。ジャブさんの説明を聞きながら、無我夢中だったがな。
氷を運ぶのは、きつかった。やはりこの1年で筋力が、だいぶ低下していた。
しかし一番大変だったのは、お客さんに出す酒の種類を覚えることだ。
日本とこの世界では、お酒の種類が異なるので3,4倍の苦労を強いられる。
そして下準備を通じて、わかったことがある。
遅刻する人が多い。下準備中に来た人が、5人以上はいた。しかも誰一人とも遅刻したことを注意しない。
この国の国民性に慣れるのは、相当時間が掛かりそうだ。
だが仕事は、始まったばかり。店が開店したら、お客さんの接客になる。
接客に関する説明は、ジャブさんに最低限教わった。
もう一回気合入れんなきゃな。でも一昨日、客として来たとき、割とお客さん少なかったしな。
意外と忙しくないんじゃ。
「オイ、ぼーっとしないでシャッキとしろよ」
「そうですね、すみません。接客できるか心配で」
そう言うとジャブさんは、俺の背中をそっと叩いてくれた。
「安心しろ。最初は全員、緊張するもんだ。俺も最初は、緊張した」
「そんなものですか」
「そうだよ」
気休めでも、そう言ってくれると楽になる。
「そろそろ開店だ」
「ハイ!!」
現世では、居酒屋でバイトしてたし何とかなると信じよう。
そう自分に言い聞かせた。
更衣室で、指定された制服に着替え、
ミーティングと新人である俺の自己紹介が終わる。
そして店が開店した。
---
居酒屋でバイトをした経験はある。
なのでトレーで、グラスなどを運ぶのには自信がある。
しかし結果的に、一回だけグラスを落としてしまった。
加えて、注文されたお酒の種類を複数回、間違えてしまったのである。
近くにいたボーイさんにフォローされたが、お客さんやキャストさんにも注意される始末。
結局後半は、雑用(氷の補充・掃除・ゴミ出し・買い出しなど)を任せられた。まぁ要するに、パシリだな。
あぁー、初日からミスかまし過ぎだな。
落ち込んでいると一緒に雑用している、男の人が声を掛けにきた。
「オイ、何で落ち込んでいるんだ?」
「注文を間違えたり、グラス落としてしまいまして。それでお客さんには、かなり注意されてしまって」
「そんなのよくあることじゃん。君、今日が初日でしょ。なら気にするだけ損だよ。ミスっても金は貰えるんだ」
そういう問題ではないだろ。俺だって、少しのミスなら気にしねぇけど。あそこまでミスったら普通気にするだろ。
「ミスして、お金を貰ってもモヤモヤしませんか?」
「そうか? 金のために働いてんだ。貰えれば、それでいいだろ。君変わってるな」
「そうですか。皆がそうとは限らないですよ」
「ここで暮らしているやつなんて、基本そんな思考だよ。もしかして君、違う町か違う国から来たのか?」
「まぁ、そんなところです」
「じゃあ、教えてあげるよ。ここにいる大半は、マネーファーストだから。金のために仕方なく働くのさ」
その気持ちもわかるといえば、わかる。
だがこの人と俺は、渡り合えないな。何故か、そんな気がした。
こうして俺のバイト初日は、閉店まで雑用と掃除で終わってしまった。
閉店後は、グラスやジョッキを洗ったり、テーブル清掃を行う。本当に後片付けは、大変だ。最初に聞いていた通りに、この町の住人は、かなりがさつだった。
几帳面な人が多い、日本人とついつい比べてしまう。
そして、仕事が終わるころには日も落ち、真夜中になっていた。
「お疲れ、凛音くん」
「お疲れ様です」
マルコスさんが帰り際に、挨拶しにきた。何か用かな? 正直早く帰りたいんだけど。
「初日は大変だったろう。次は明後日かな。ミスは、誰にでもあるから明後日も頑張ってね!」
「ハイ、頑張ります」
「凛音くんは、真面目だな。いいことだ。では、明後日もよろしくね」
「お疲れ様です」
そう言って足早に俺は、その場を去った。
でも惨めな気持ちだよ、本当。やっぱり働くのは大変だ。知らない土地なら尚更に。
馬車に揺られながら、自分で今日の仕事内容を反省していた。
---
小さいミスはあるが、2,3日と少しずつ仕事を覚えていく。
そうして1週間の最終日(4日目)に突入した。
日に日にミスが、減っているのを感じる。バイトをしたことで、得られた学びも多い。
特にためになったのは、この地域の習慣・常識などの国民性が、少し見えてきた。
一緒に雑用をした人が言っていたことは、あながち間違いでは無かったかもしれない。
ここで働いている人は、『仕事=お金』という考えを持っている人が多いと感じる。
なので仕事中に愚痴をこぼす人も、多々いる。
仕事の人数が、常に足りてない原因に、察しがついてしまうな。
「注文です。お願いいたしまーす」
「ハイ、今行きます」
キャストさんに呼び出された。
何とそこにいた女性は、カーラさんだった。
俺が客として来店した際に、付いてくれたキャストさんだ。
「バブゴップ(よく出される酒)、一つ。それと、ジョンカビー(余り出されない酒)も1つお願いします」
「ハイ、ご注文承りました」
バイトを始めた理由は、この人にのせられたのもあるからな。
何か個人的に、気まずい。
仕事が終わって後片付けをしていると、
「凛音……じゃなくて、ハイリー君だよね」
カーラさんが冗談交じりに話しかけてきた。
彼女は私服だったので、もう帰るところなのだろうか?
「結局、ボーイやったんだ。この店、ボーイさんの入れ替わり激しいから、助かる。何故か皆すぐに止めちゃうんだよね」
「仕事のやる気がある人が、少ないだけじゃないですか」
俺は、思ったことを素直に言った。
「そうかもね。けど全員が、そうとは限らないよ。マルコスさんは、とても真面目な良い人だしね。」
確かに黒づくめで大柄だから最初は、俺も恐れていた。だがこの仕事を始めて、気付けた。
あの見た目に反して、意外と優しい面がある。
でも……
「人を強引に、店に連れてくる人が良い人ですかね~」
「そういう所もあるけど、その強引さも一つの魅力なの」
彼女は、マルコスさんを強く買っているな。もしかして、惚れているとか?
女性は、ギャップ萌えに弱いと聞くし。
カーラさんが帰宅し、全ての仕事が終わった。
マルコスさんと仕事の話をして、いつも通り帰宅しようとすると、
「凛音君お疲れー」
「お疲れ様です」
ジャブさんが、話しかけていた。
「凛音君、バイトを始めて一週間でしょ。記念にこれから、飲みに行かない?
もちろん俺の驕りだから」
帰って寝たいけど……この世界の飲み文化も気になるな。
ジャブさんと飲めば、この世界の新しい知識が増えるかもしれないしな。
「うーん、飲みに行きましょう」
「オッケー! マルコスさんは、どうですか?」
「私は、今日これから予定があるからパスで」
「わかりました。じゃあ、行こうか凛音君!」
「そうですね」
こうして俺らは、夜の街へと繰り出していく。
いいね、ブックマークよろしくお願いします!