5話 高橋凛音(5)
晩御飯を食べ終わった俺は、男が経営するお店に案内されていた。
その男は立っていると、背は俺よりも大きく180以上もある大柄な男だった。
しかし気になるのは、何故か杖を突いているのだ。
理由を聞くと、
「これは、若い時にいろいろ無茶をやったんだ。詳しいことは、恥ずかしいから聞かないでくれ」
と言われてしまった。要は濁されたのである。
「ここが俺の店だ」
その店は、仕事の案内状がある大通りから、1本隣の道にあった。この類のお店って、かなり看板がネオンで明るいイメージがあるからな。普通に店の看板が立て掛けてあるのは、違和感がある。どうしても外観だけ見ると貧相に見えてしまうのだ。
看板には、『ジュリアナ』と大きい文字で書いてあった。
うん、これは……ずいぶん、古いネーミングセンスだ。
「久しぶりだな」
横にいるアリシアの目が、いつもより3割増しで輝いる。
普通に見る分には、可愛いんだよな。
そして店に中に入る直前で、男はこちらを振り返った。
「そういえば名前をまだ名乗っていなかったですね。私は当店の経営者、マルコス・コルナードと申します。マルコスと呼んでください」
男は、急に言葉遣いが丁寧なった。
これが営業モードということか?
「お二人は、キャバクラに来店するのは初めてですか?」
男が、親切に尋ねてくれると、
「ハイ! そうです!」
とアリシア元気に答えた。たぶん、嘘だが。
「じゃあ、詳しい説明は中で」
そして、店内に案内された。
店内中に入ると、暫く薄暗い通路が続き、突き当りを曲がると受付が見えた。
店内は大音量で聞き馴染みのない音楽が流れている。
「本当にこんな店入ってダイジョブなのか?」
と大きめの声でアリシアに聞く。
すると、アリシアは不敵な笑みを浮かべながら、
「この店の前に来てから、何か感じなかった? この店何かあるかもよ」
と自信ありげに言う。
「もしも何かあったらどうするつもりですか?」
「安心して、私に任せて」
さっきまであんな酔ってた人に、そんなこと言われても。
「マルコスさん休憩終了ですか……この子達は誰です?」
受付にいた男の人は、俺らの存在に気付き困惑している。
「この子達は、私がスカウトしたんだ。左にいる男の子が、仕事を探しているみたいでね」
あれをスカウトと呼んでいいのか?
もしかして、アリシアも運よくこの店に引き抜こうと考えているんじゃないの、この人。
「マルコスさんまた、強引に連れて来たんじゃ」
「人聞きが悪い。今回はこの子達が、行ってみたいと言ったんだよ」
「本当ですか?」
この二人のやり取りを見るに、いつもこんな感じで店に連れてきてるのが想像するに難くない。
それで人出不足なのかよ。掲示板で募集すればいいのに。
逆にいろんな意味で、心配になってきたなこの店。
「それよりこっちに。初めての君たちには、いい女の子を付けさせて頂きます」
マルコスに言われるがまま、店の奥へと案内された。そしてソファーに座って、女の子を待つように促された。いい女の子とは、この店のNO.1という意味だろうか?
「まぁ初めてで、硬くなってますね。お客さんはただ当店の空気を楽しめばいいんです」
そう言って、マルコスさんは裏へ捌けていく。
「なあ、凛音。どのくらい可愛い子がくるか楽しみだな。
まぁ、話が盛り上がればそれでいいか!」
そんな目を光らせなくても。アリシアの満面の笑みの方が、下手したらこれから来る女の子より5倍も可愛いのでは?
これはかけてもいい。本人には、絶対に言わないが。
言った瞬間に、すかさずイジってくるだろうし。
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そして待つこと、数分。
「お待たせーー!」
女の子が二人きた。
マルコスが、俺とアリシアに対して、一人ずつに付けてくれたのだ。
「はじめまして。ガイア・ドロエットです。ガイアで呼んでください。よろしくお願いします」
「はじめまして。カーラ・ストラーニです。カーラで呼んでください。よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
俺は初めてのことなので、ちょっと緊張が顔に出てるかも。
「よろしくね。どうぞ座って!」
一方、アリシアは俺より慣れている感じだった。
少し戸惑いながらも二人は、俺とアリシアを二人で挟むように座った。
ガイアは、アリシアの右側に座った。カーラは、俺の左側に座る。
ガイアさんは、茶髪でロングの大人っぽい女性だ。ちょっと俺は、苦手なタイプかも。手の上で踊らされそうな、魔性な雰囲気がある。年齢も俺とは、かなり差がありそう。
カーラさんは、アリシアやガイアさんとは対照的だった。頭部が茶髪で、毛先は赤みがかった茶髪のボブカットの髪型。目つきは柔らかく、可愛らしい女性だ。どちらかと言うと、童顔っぽい。
カーラさんの方が、俺は喋りやすい雰囲気があると思う。
最初にマルコスさん、おすすめのお酒がテーブルにきた。
もちろん、10代の俺は酒をよく知らない。というかほぼ飲んだことがない。
なので女性に乗せらないようにゆっくり飲んだ。
だがアリシアというと序盤からかなりハイペースで飲んでおり、かなり酔っている。
「こんな良い酒をタダで飲んでしまって、何か悪いな~。
本当にタダで飲んでダイジョブ? 後で、怖いことしないよね~」
「しないですよ。本店の魅力を理解してくれるなら、私はそれだけで嬉しいです」
前の店から2杯しか飲んでないとはいえ、酔うのハヤッ!
転生して、自分が子供になっているのを忘れているのだろう。
「ガイアちゃんはさぁ~、ここで働いて長いの~?」
「はい、3年ほど働いています」
「この店のこと聞かしてよ? ガイアちゃんのことでも、いいよ?」
「何言ってんですか。それよりアリシアちゃんのことも教えてほしいな」
「ええ~、俺の話してもたいしたことないよ」
ダメだな、もう見てられない。見た目が女でなければ、完全にアウトだな。
アリシアが酔った勢いで、現世の話をしないか、気が気じゃねぇ。
アイツ近すぎだろ。プロのキャバ嬢って女性の接客には、慣れているのかな?
そんな疑問を抱いていると、隣から肩をそっと叩かれた。
「凛音君、さっきからあっちばっかり見てる。そんなアリシアちゃんが心配ですか?
それとも私ではなく……」
「あー、違いますよ。そんなじゃありません。ただアリシアが、迷惑を掛けてないか心配で」
ヤバッ、距離近い。
「そんなアリシアちゃんが心配なんですね? あの子は、凛音君の彼女?」
「いいえ、違いますよ。分け合って彼女のお家に居候させてもらっていてるんです。彼女の親御さんも一緒にですけど」
「一緒に暮らして、意識とかしないの?」
「まぁ、そうですね。あんまりそういう目で見てないですね」
それは、中身が男でなければ間違いなくしていた。
「本当に? 私が男の子だったら、あんな可愛い子が身近にいたら絶対に惚れる自身があるな~」
「普通そうですよね」
「そうだよ、凛音くん。そういえば高橋凛音って、あんま聞かない名前だよね」
「そうですね」
やっぱりこの世界では、カナ文字じゃない名前は珍しいんだな。
「高橋凛音って聞き馴染みないから、ハイリーって呼んでいい?」
「いいけど……何でハイリー?」
「うーーーーーん、何となく?」
何となくって。
そんな感じで、20分ちょっと彼女と下らない雑談をしてしまった。
軽く酔ったせいか、ほとんど俺が話しちまってる。
「仕事探すの……何しようか迷ってて?」
頭で考えていた言葉が、無意識に口から出た。
「俺……働くとこ見つけなきゃ……いけなくてさぁ……」
「ハイリー、呂律が回っていないよ」
軽く笑われてしまった。少し飲み過ぎたかも。
「ならハイリー、この店のスタッフとして働く? 今、ボーイの人手が足りないから」
「でも、仕事内容わからないし」
「ハイリー、真面目過ぎ。1週間研修があるから、そこで大体は学べるよ。特別難しいことは、無いし。何とかなるよ!」
「じゃあ、やってもいいかな」
「本当に! なら私から店長にハイリーの意志を伝えとくよ」
「ありがとう……助かるよ」
気分を良くした俺は、親指を立てて答えた。
正直、やりたかった仕事も無かったし。どの仕事も大変だ。
ならここで働けば、自分の知らない世界がわかるし、いい機会になると思った。
その後、帰る時にマルコスさんから説明があった。
どうやらカーラさんが、本当に話を通してくれたみたいだ。
「ありがとう、私の勧誘に応じてくれて。明日の昼16時に、うちの店に来てくれ。詳しい内容は、後日説明する。そこで最終的に、やるかどうかを決めてくれ。楽しみに待ってるよ」
俺は、酔っていたのだ。
気分よく 「ハイ! 僕も楽しみにしています」 と言って店を出た。
結局、家に帰ったのは9時半になってしまった。門限を破ってしまったのだ。
ソニアさんは、べろんべろんに酔っているアリシアを見て、怒りを通り越して呆れていたよ。
俺は、1時間以上歩いたことで酔いがさめいた。だが、俺は後悔していた。ちょっぴりだけどな。
絶対に女の人に、よいしょされていた。マジでハズい。
これが大人の言う、お酒の失敗なのか?
これを機に酒には逃げない大人になるのを、俺は心に誓った。
そして後日、マルコスさんに働く意思を正式に伝えた。
こうして俺は、ウェイターとして『ジュリアナ』で働くことになった。
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