2話 高橋凛音(2)
アリシアは意識を取り戻して以降、普通に家事をしており元気そうだった。
だが、おかしな点が一つある。
「ありがとよ。家の手伝いしてくれて。
さっきは驚かしてごめんな。えーっと……名前何だっけ?」
「高橋凛音です」
「そうだ! じゃあ凛音だな。俺のことは、アリシアのままでいいよ。こっちではアリシアの名で通っているからな」
「はぁー」
あ~~、何か調子狂うな。
現在アリシアは、椅子に座っている。
仮にも一人の女の子が、時折ガニ股になるのはいかがなものか。
中身が38のおっさんと、わかっていても見るのは気が咎める。
どうしてこうなった。
正直可愛い人に会えて、ラッキーと思った節はあるよ。
でも、いくら何でも状況がファンタスティック過ぎる。
「あのー、ひと段落したことですし、そろそろこの世界について教えてくれませんか? 可能ならばあなたの素性も?」
「そうだな。じゃあこの世界について、先に話すよ」
「お願いします」
アリシアは、この世界の地形から説明してくれた。
この世界は大きく分けて、5つの国から形成されている大陸になっている。
ここはその内の 『エアマスカス』 という大陸の南東に位置する国らしい。
この場所はエアマスカスの中では、北側にあるハードウッドという森林の中部だと言う。
ハードウッドはアリシアによると、
「肌間ではかなり広いと思う。例えるならアマゾンだな。行ったことはないけど」
アリシアが言葉を濁すには、理由があった。
アリシアはこっちの世界地図を見たことがないそうだ。
全て人伝で聞いた話と言う。なので今話したことが正確な情報かは、定かではないらしい。
大陸の東南には、別の島国があると言う。
なので先ほどアリシアは、俺が遠い国から島流しにされたのでは、と推測したそうだ。
しかしその国に何があるか、どんな文化が繁栄しているかなどの詳しいことは、わからないらしいそう。
以上のことが、現在アリシアが知っているこの世界の地形らしい。
「ごめんな、力になれなくて。俺が知っている情報は、これくらいしかないんだ」
「そんなことないですよ。自分にとっては十分な収穫です」
本当にこれは大きな収穫だ。ここはやはり俺が知っている世界ではなかった。
その事実は少し答える物がある。
当たり前だった生活の日々には戻れない。
そう思うとやるせない気持ちになる。
だが思いほか、傷心していない自分がそこにいる。
なぜなら、次のことを考えていた。
この世界でどう生きていくかだ。
「次に俺がどうやって異世界に来たか、どうしてこの森に辿り着いたかを教えるよ」
自分のことで頭がいっぱいになってしまい、その話題について完全に忘れていた。
「お願いします。聞かせてください」
「これはさっき凛音君の指を触れた影響か、急に思い出したことなんだ。だからまだ曖昧な記憶だから、間違っていたらすまない」
そう言うと、アリシアは転生した当時の記憶を語り始める。
「ただいまーー」
うん? ただいまって聞こえたぞ。気のせいか?
「ヤバイ! 母さんが帰ってきた!」
「え! どうゆうことですか?」
俺は重大な勘違いをしていた。
平然と俺を家に入れたので、一人暮らしだと勝手に決めつけていた。
「自分は、どうすれば?」
「そうだな」
しかし時すでに遅し。アリシアの親御さんに、この光景を見られてしまった。
「アリシア、その人誰?」
「あ? お母さんこれはね?」
お母さんの視線が痛い。てか、この人お母さんにしては若くないか?
「アリシアは黙ってて。あなたは一体誰?」
「私はですね……」
おそらく親御さんは知らない。
娘が実は、中身が四十近いオッサンという事実を。
親がいない間に、知らない男が娘と一緒にいたら絶対にあらぬ誤解をされる。
ここは正直に家を訪れた経緯を話そう。ここを訪れたのに他意はないんだ。
「アリシアさんに、この森で迷子になっているところを助けて貰ったんです。アリシアさんがこの辺のことを、何も知らない自分に気を遣ってくださって、詳しい事情を聞くために、家まで案内してくれたんですよ」
「へ~~」
この人全然信じてねー! 視線が痛い!!
「本当だよ、お母さん! 凛音……凛音くんは嘘ついてないよ。お……じゃなくて、私から提案したの」
「アリシアから? あなたがそう言うなら信じるけど、凛音くんだっけ。家に来た理由に、よこしま気持ちはなかったのね?」
「もちろんです!」
俺はハッキリと、アリシアのお母さんの目を見て言い切った。
そうするとアリシアのお母さんは、険しい表情から半笑いになり、
「わかった。一旦あなた達を信じるよ」と言ってくれた。
本当に信じてくれたのかは疑わしい。半ば割り切ってくれた感じだろう。
しかし思ったよりも、この家に長居してしまった。外はもう日が暮れている。今日の夜、どう過ごすか悩んでいた。
そこでアリシアは、俺が悩んでいるのを見抜いたのだろう。親御さんに、俺を泊めてくれるように説得してくれた。
アリシアの圧に押されて、お母さんは困り顔になっていた。だか、おかげで今日だけなら泊まっていいと許可がでたのだ。
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そして、こっちに来てから初めての食事にありつけたのだ。
この世界の飲み物は、とりあえず飲めることがわかっている。さっきアリシアが出してれた飲み物は、結局看病している間に飲んでしまった。
のどの渇きには流石に抗えないな。
クーラ家との食事は楽しかった。いろんな雑談をした。
アリシアさんと家で何をしていたかなどの説明が、話題の大半を占めたが。
この説明をするのに必死で食事が、あまり進まなかったよ。
後半はクーラ家について少し教えてくれた。
アリシアのお母さんの名前は、 『ソニア・クーラ』。
アリシアを記憶喪失の状態で、医者から親代わりに引き受けたそう。見た目がアリシアの年齢に対し、若いのも納得がいった。
血は繋がってないが一年間、一生懸命アリシアを育ててきたこと。
アリシアもソニアを、実の母親だと思っていること。
そのような暖かい話を沢山聞けた。
アリシアが席を外した時に、俺はこんな質問をした。
「初対面の私に家の事情を話して、大丈夫なんですか?」
「何でだろうねー。たぶん、凛音君がアリシアと近い境遇にいるからかな。どこから来たかわからない点がね」
当たっています、それ。やはり母親の勘は鋭いな。
「アリシアは、自分では気づいていないと思う。けど、心のどこかで近い物を感じたんじゃないかな。」
そう言えばアリシアに似た質問をした時、シンパシーを感じる、みたいなことを言ってた気がするな。あれはそういう意味だったのか?
「何の話してたんだよ、母さん?」
「たいした話はしてないよ。それよりアリシア、私が帰って来てから時折口調が変だよ。何か男っぽい気がする」
「え……そんなことないって。お母さんの気のせいだよ。ほら私、ちょっと男勝りじゃん」
この人、嘘つくのが下手なタイプだ。若干だが、顔の表情が硬い気がする。俺と似ているかもな。
「そうだけど。気のせいかな?」
「気のせい、気のせい」
こんな感じで終始、和やかなムードの夕食だった。
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その日の夜、アリシアとソニアさんは寝室で、俺はリビングの床で寝た。
しかし夜が更けても、俺は寝れないでいた。
床で雑魚寝ということもあるだろう。だが、それだけではない。
明日以降この世界で、俺はどんな生活を送るべきかについて考えていた。ここにずっと滞在し続ける訳にはいかない。
この世界で、できそうな仕事を探すか。
この世界について、勉強するところから始めるか。
いっそもうこの世界でダラダラ生活して、一生を終えるか。
元に戻れる方法でも探すか。
もう自分の優柔不断な性格が嫌になってくる。
俺が明日以降について悩んでいると
「起きてるのか」
と突然耳元で囁かれた。
俺は思わずビクッと、大袈裟に反応してしまった。
振返えると、ニアニア笑っているアリシアがいた。
中身が男でなければ、このシチュエーションは最高なんだけどな。
「何その残念そうな顔。こんな可愛い子が夜、寝床に来てくれたんだよ。普通喜ぶとこでしょ!」
「何で急に女みたいな喋り方になってんですか?
さっきまで自分の前では、男みたいな口調だったのに」
「普段からアリシアのような言葉遣いで話すことを、心がけようと思ってな。そうでもしないと、俺の……いや私の中の『佐々木 守』がつい出てしまうからね」
「ハイ、そうですか」
まぁ一般の人には、転生してきた何て話は信じないしな。
転生の事情がわからない内は、ややこしい話にならないように、アリシアの喋り方をしてた方がかもな。ソニアさんには、既に怪しまれている気はするが。
「それより凛音くん会った時より話し方が、砕けている気がするけど。もしかして親近感湧いたりして」
トロンとした目つきで、そう言ってくるアリシアには色気があった。この人間違いない。自分の身体で遊んでいやがる。
「そうですよ。同じ境遇にいるので親近感が沸いたんです」
少し投げやりに視線を逸らして素っ気ない態度で答えた。
「それ本心? 本当は中身がおっさんだとわかって、少し気が楽になったんじゃない」
「そんなことないですよ」
俺は平然とした態度で返した。
「そう」
アリシアは、イジワルな顔をしていた。この人が何を考えているか、わからない。
「それより凛音くんはこれからどうするの?」
さっきより急に真剣なトーンで聞いてきた。なので、ここは正直に答えた。
「とりあえずこの世界を勉強するために、近くの町に行こうと思ってます。転生した原因も気になりますし、アリシアが記憶を取り戻した理由を解明したい」
「なるほどね。それなら私も付いて行こうかな、その旅に」
「え、何で? アリシアには、こんな暖かい場所があるのに……」
すると真剣な眼差しで、俺に言った。
「私も興味あるもん。それにこれは憶測だけど、私みたいな人が沢山いる気がするんだ。だってここに二人もいるんだよ。他の人がいても可笑しくない。私同様に、記憶が消されている人もいると思う。まさか自分がこの世界に連れて来られたとは、夢にも思わずに。だから、そうゆう人たちを助けたい。これが私の旅に出る理由」
その話を聞いて、自分が惨めになった。
俺は自分が生き残ることしか、考えていなかったのだと気付かされた。他人のことは完全に蚊帳の外だった。
だがこの人は違った。他人を思いやる気持ちがあるのだ。そんな人の頼みを断るはずがない。
「今の話には、私も賛成です。とりあえず近くの町まで一緒に行きますか!」
「じゃあ、決定だな。出発は明日にしよう」
「ハイ!」
俺たちは、熱い握手を交わした。見た目なんかは関係ない。
心では男同士、俺らは繋がっているのだ。
それからお互いそれぞれの寝床で就寝し、夜明けを待った。
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