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1話 高橋凛音(1)


「ん~~~」

 俺はいつも朝の寝起きが余り良くない。だが今日はよく眠れた気がする。

 それでもまだ寝ていたいが、その気持ちを押し殺した。

 昨夜の4時くらいに就寝したので、もう昼を過ぎてる可能性があるからだ。

 とりあえずいつも通り時間の確認をするために、目を瞑ったままスマホを手探りで探す。


 スマホは仰向けの場合で考えると、

 右側・右手を伸ばしても取れる位置に必ずいつも置いてる。


 だがおかしい。何故か見つからない。

 それに手の触感が変だ。これはフローリングの肌触りではない。

 さらに、なぜだか土の臭いがする。可笑しいと思った俺は、渋々目を開ける。


 そして俺の視界に飛び込んできたのは、自分の部屋ではない。

 そこには、奥の奥まで果てしなく広がり続けているであろう、深い森林でだった。


「え? どこ、ここ?」

 思わず声が漏れ出た。


 立って周囲を見渡してもやはり全域、木が生い茂っている森林だ。


 俺はこの状況をテレビで時々目にする。

 芸人が仕掛けられている放置ドッキリそのものだ。

 でも俺は一般人だから、そんなことが起こるはずがない。


 俺は冷静になぜこうなったか考えてみる。

 昨日はいつも通り自分の部屋で就寝した。その後は今の今まで一回も目を覚ましてはない。

 普通に考えたら、こんな森の中にいるはずがない。


 じゃあ拉致されたのか?

 でも俺の家は、特別金持ちでもない一般家庭だ。

 わざわざそんな危ない橋を渡るバカはいないだろう。


 起こり得る範囲でいろんな可能性を考える。

 だが何故こんな事になったか、わからない。

 徐々に冷静さが失われていき、無意識に自分の頬をつねっていた。

 それ程にまでに、俺は気が動転している。


 下手によく知らないこの森を移動するよりも、

 周りにいるかもしれない誰かに呼び掛けた方が良いのでは、と考えた。


「すいませーーーん! 誰かいませんかーーー! いたら答えてくださーーーい!」


 仮に俺の叫びを聞いて、来てくれる奴が薬中でも構わない。

 誰かがこの近辺を通る。その事実だけを知ることができれば良い。

 今の俺にとって、それが一番重要な問題だった。


「すいませーーーん!誰かーーー!」


 しばらく叫び続けたが、返答はない。

 少し心が折れかけながらも、無我夢中に叫び続けた。


「すみま……」


「さっきから叫び続けているの、もしかしてアンタ?」


 背後から急に声がしたのでとっさに振返る。

 そこには森の中では不自然であろう、綺麗な布生地のワンピースを着ている女性がいた。

 俺は人がこの森の中を通っている。その事実に一先ず安堵し答える。


「ハイ、そうです」


俺の目にはその女性が、可愛く映った。


 見た目だけで判断すると、20歳前後の女性に見えた。

 だが髪の毛が金髪なのだ。それを考慮すると、高校はすでに卒業している俺と同い年くらいの大学生かもしれない。

 二重でキリっとした凛々しい目。髪は肩に丁度届いてるストレートな長髪。

 身長はぱっと見で、160cmくらいだろう。

 

 一体どうしてこんな可愛い人がこんな森にいるの?


 そんな事を考えていると彼女は険しい顔つきで、

「アンタ、さっきから一人で叫んでいるけど何かあったの?」 


とおそるおそる聞いてきた。


「ちょっと迷子になっていて、ここはどこですか?」

「なるほどね。ここはハードウッドの中心部よ」


 ハードウッドという単語に聞き覚えは無いが、恐らくこの森林の名称だろうか。


「ハードウッド……。すみません。差支えなければ、ここが何県か教えてくれませんか?」


 それを聞くと、女性は不思議そうな顔をする。

 「日本? アンタ何言っているの?」


 それは、こっちのセリフだよ。


 俺が驚いたのには理由がある。

 だって、彼女の話している言葉は日本語だ。

 日本語を話す国は、日本しかだけだのはず。


 この瞬間あり得ない考えが頭の中をよぎった。

 しかし、そんなバカげたことが、果たしてあり得るのか?

 それを確かめるために、俺は決定的な質問を問う。


「じゃあ、ここの国名を教えてください」


 彼女は呆れながらも答えてくれた。

「ここは 『エアマスカス』 だよ。まさかそんなことも知らないの!」


「まぁ…ハイ…」


 その事実を聞いて、彼女はもう驚かなった。

 むしろ俺を心配している様子である。

 何かしら重大な問題を抱えている人、と思われてしまったかもしれない。


 どうやら頭の中によぎった可能性が、現実味を帯びてきた。

 しかし、俺はその事実を認めたくなかった。

 だってそうだろ。それが起きるのは、漫画やアニメ、映画の世界だけのはず。


「さっきから話がかみ合わないけどさー。アンタはその日本ってとこから来たの?」

「そうです」


「もしかして遠くの国から島流しになったとか?」

「それ、詳しく聞かせてください!」


「何よ急に。まぁ良いけど…そうだ! 

 こんな森の真ん中じゃ何だし、家に来る? 

 そっちの方がこんな所より、気軽に話せるでしょ」


 この人何言ってんだ! 流石にそれはマズイだろ。

 ここは丁重にお断りしよう。


「はぁ…でもそれ不味くないですか?」

「だいじょうぶ。親はいないから遠慮しなくて良いよ」

「なら…お言葉に甘えて…」

 

 いや、俺何言ってるんだよ。こんな上手い話が、あるわけない。何か裏があるに決まっている!


「やっぱりそれはマズ……」

「私が許可してるんだから、遠慮するな!」

「ハイ! ありがとうございます」


 マジで何言ってんだ、俺!

 女性の圧に屈するとは、情けね~。


 だが、これは仕方ないことだ。

 こんな森林に一人で居るより、この女性に付いて行く方が安全だ。

 この周辺について知れる事があるかもしれないしな。決して邪な気持ちがある訳では無い。


「なら決まりね。私の名前は、『アリシア・クーラ』。アリシアって呼んで!」

「俺は、『高橋凛音』。よろしくお願いいたします」

「よろしくね」


----


 家へ向かう道中のことである。

 前から視線を感じていた。

 前方を歩くアリシアは、なぜか俺の方をチラチラ振り返り見てくる。  


 可愛い人にそんな見られたら、3割増しで気になってしまう。


「アンタ、本当は記憶喪失とかじゃないの?」


 やっぱりそう勘違いされてたか。

「違いますよ。ここに来る前の記憶は、ちゃんとあります」


 まぁ嘘を付く必要は、ないだろ。

 俺は嘘をつくのが下手だ。

 下手に誤魔化すと、かえってややこしくなる気がした。


「そうなんだ。」


 そう言ってアリシアは前を向いてしまった。


 この人、かなりフレンドリーだよな。

 積極的に向こうから話しかけてくれるから有り難い。

 口調はちょっとキツイけど。


 純粋に優しい女性ならいいのだが。


----


俺が目覚めた場所から、彼女の家まで体感約10分で着いた。


 周囲を見渡す限り、近くには彼女の家しかないようだ。

 アリシアの家は、木材で出来ている。

 外観だけで判断すると、細長く奥行きのありそうな一戸建てになっている。

 玄関の近くは、伸びた草が生い茂っている。キャンプ場のコテージみたいだな。


「部屋は、リビングと寝室の2部屋しかない小さな家だけど入って」

「それではお邪魔します」


 入るのに少し躊躇いの気持ちもあったが、ここまで来たら入るしかないよな。

 それに男がここで帰ったら逃げてるみたいで、カッコ悪いだろ。


「先ほどの話を聞く限り、トイレやお風呂は無いんですか?」

「お風呂はあるけど、トイレはないね。トイレならこの森林のどこかですればダイジョブでしょ」

「でも誰かに見られたらいろいろ問題では?」


 するとアリシアは一切恥じらう素振りが無く、

「こんな森林の奥にそうそう人は通らないの。だから、平気」


と笑いながら平然と言ってのけた。


 アリシアの家に入ると靴を脱ぐ所は無く、土足で入る習慣らしい。

 本当にラフな生活をしているな。

 可愛い子がこんな生活してたら、悪い男が家の近くまで寄ってきそうだけど。


 入口から続く廊下の一番奥にあるリビングに、案内される。

 リビングには、家具がテーブルと、2脚の椅子しか置かれていなかった。

 そしてリビングの真ん中にある、丸型で小さなテーブルに誘導される。


「そこの椅子に掛けて」

「私が立っているので、遠慮せずに座ってください」

「私は、いいの。お客は気を遣わずに、さっさと座る」


 アリシアはテーブルを軽く指でコンコンと叩きながら、

 はよ座れという目をしているので、お言葉に甘えて座ることにした。


「何か飲み物でもだそうか?」

「いいえ、お気遣いダイジョブです」

「遠慮しなくていいって」


 本気で遠慮してんだけど。よく考えてみろ。

 知らない場所で、素性も全く知らない人が出す飲み物何て、とてもじゃないが飲めない。


「お待たせー!」

 しかし、しばらくするとアリシアは、水みたいのを出してきた。

 水なのかもしれないが、ここは俺の知らない国だ。

 見た目だけでは、わからない。


 これ本当に飲んでいいのか? 

 体に異変を起こす薬とか入れてねぇーだろうな?


 飲むのを待っているのだろう。飲み物を出してから、俺の横を動かない。


「何か嫌そうな顔だけど…心配しなくても何も入ってないから」

 

 それ、ふりにしか聞こえないんですけど。

 飲み物の話題から話を逸らすため、ここで俺はずっと抱いて疑問を口にする。


「何で自分にそんな優しくしてくれるんですか?

 だってこんな話が嚙み合わない自分を家に入れる理由がないですよね」


 するとアリシアは薄笑いを浮かべながら言った。

「何となくあなたと私は同じシンパシーを感じるんだよね。私もよくわからないんだけど。」


「そ、そうですか」


 そんな中身のない答えに、思わず顔が引きつってしまった。

 もしかして、この人は単純にフレンドリーなだけなのでは?

 そんな都合のいい考えが浮かんできた。


 とりあえず飲み物の話題から話を逸らし続けるなければ。

 次の話題として、俺のここまでに至った経緯を彼女に話した。

 まぁどうせ信じてもらえないだろう。だが、それでも誰かに聞いて欲しかった。


 アリシアは俺の話に口を挟むことはなかった。横で話が終わるのを待ってくれたのだ。


「その話がマジならアンタ結構ヤバくない?」

「そうなんですよ! だから自分に、この地域のことを教えてくれませんか?」


「いいけど、さっきから何で飲み物飲まないの? やっぱり警戒してるでしょ」

チッ! 話を戻された。流石にもう飲まなきゃ失礼だよな。


「ハイ、否定しません」

「だからダイジョブだよ」


そう言うとアリシアは、目の前で飲み物をいっぱい飲んでみせた。

「ほら。別に普通に水だよ。 体に変な成分何か入ってないから安心して」


そう言うと、彼女は俺に向かってコップを差し出してきた。

「ほら、一杯飲んでみなよ。美味しいよ」


 ここまで言われたら、もう断れないだろ。

 飲むよ。起きてばっかで、喉も乾いてたしな。


 でも女の人が飲んだ物を、飲んで構わないのか?

 とりあえず彼女が差し出してきたコップを受け取る。


 受け渡し時に、アリシアの指に俺の指が触れた。


 その時だ。


 彼女が、急に大きな声を荒らげた。

 そして頭を手で抑え苦しみ始めたのだ。


「痛い……なにこれ? 意味……わかん……ない。

 何なの……この記憶? あんた一体私に……何かした?」


「何もしてないですよ。頭痛いなら薬持ってきましょうか!」


「薬何て……この家にはない。

 それより……何か……大事なこと……思い出せそうな……気が……する。」


 そう言うと、彼女は倒れてしまった。

 息はしているので、気を失っただけだろう。


 なぜアリシアが倒れてしまったかは、わからない。

 考えても仕方ないので、とりあえずアリシアをベッドに運んだ。

 水でタオルを濡らすことで、頭を冷やすなど最低限な処置をした。


 それは少し違うか。最低限な処置しかできなかった。

 俺にはこの世界の知識など関係なく、単に情弱の人間なのだと思い知らせれた。

 せめてもと思い、薬になりそうな物をダメ元で部屋中探したが、やはり無かった。


 この世界の食材を知らないから、料理は作れない。

 まぁ、その前に料理も作れないからダメか。


 アリシアが寝ているベッドの横で、そんな事を考えていると、


「あーーー頭いてぇーーー」


 アリシアが意識を取り戻した。そう言いながら起き上がる。


「無理しないでくださいね。出来る範囲ではありますが、自分がやれることはやるので、休んでいて下さい」


「おーさっきの少年じゃないか。俺を看病してくれたのか?」


 少年? 俺?


「何かわりーーな! ありがとよ!」


「ちょっと待ってください! 口調が変わってませんか?

それはさっきもちょっと口調は、きつかったですけど。

より一層拍車が掛かっているような? 別に悪口ではないですよ!」


 ツッコミどころが多すぎる。思わず早口になってしまった。


「いろんな意味で君には感謝してるよ。

 恐らく君の指に触れたおかげで思い出したんだ。

 俺が実は日本からこの異世界に転生してきた男だって」


 異世界に転生??? 男???


 嘘だろ。だって見た目金髪美女だけど。


「冗談キツいですよ?」


「いやマジだよ。俺の日本での名前は、佐々木 守。38歳の悲しい独身サラリーマンだよ」


 俺はとんでもない人を頼ってしまった。

 うん、アリシアは、頭のネジが沢山外れてしまったのだろう。

 自分にそう言い聞かす。



 もうこれ以上、よくわからないことを増やしたくない。

 起きたことを全て自分なりに、こじつけて……



 俺は、考えるのをやめた……。


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