1週間後 図書館
鈴木哲也が放課後スズシロとなって勉強したり鍛練したり遊んだりするようになって一週間。
「ふふーん」
スズシロは御機嫌だった。定期テストの点数が良かったのだ。地理と世界史に至っては満点を取れた程だ。
「先生、今回は手を抜いてくれたな?」
スズシロの勉強方法はとにかく時間を必要とするが、関連付けがものすごいため忘れにくい。だから足りなかった勉強する時間を確保出来てしまえば、高校の暗記中心の教科程度満点を取れてもおかしくはない。
ないが、スズシロの自己評価は低いため『自分が努力した』のではなく『相手が手を抜いた』と考えてしまう。それが向上心に繋がっている面もあるが、社会人になった時苦労するであろう性格だ。
「次も満点取れるよう、頑張ろう」
スズシロはそう気合いを入れた。
さて。今日もDFにログインしたスズシロは、『休憩に』とファステスの所属する国『イスタ王国』の地理を調べていた。
そして気付いた。
「この世界、大地が『プレートテクトニクス』で出来てないね」
プレートテクトニクスもしくはプレート理論。
地球の表面がいくつかの岩盤『プレート』に分かれており、それが動くことで大陸が動いたり山が出来たり噴火したりする、という理論だ。
スズシロは自身がリアルで学んだこととファステス図書館で調べたことを合わせて、そう結論を出した。
「それ、どういうことですか?」
そのスズシロの呟きを、誰かが拾った。
「ん?」
スズシロは読んでいた本を机に置き、左後ろを振り向く。そこには、瓶底メガネをかけたハーフリングの女性がいた。
「あなたは……」
「ああすみません。私はダラー・ワン。『異邦人』です」
『プレイヤー』ではなく『異邦人』と名乗ったことを、スズシロは好意的に思った。
(この世界に溶け込もうと努力している)
自分の都合を押し付けるのではなく、相手の都合に合わせている。掲示板によくいる人々と真逆の姿勢を取るプレイヤーがいたことが、スズシロは嬉しかったのだ。
「スズシロ。異邦人よ」
スズシロとダラーは握手を交わした。
「それで、この世界がプレートで動いていない、ということは?」
尋ねつつ、ダラーはスズシロの左隣に座る。
スズシロは机の上に飽き足らず、『知識の精霊』『本の精霊』に頼んで空中にまで広げた本の群れをそのままに、ダラーに説明する。
「まず、プレート理論によると、地殻とマントル上層部上端の合わさった『リソスフェア』が、その下の『アセノスフェア』の上に浮いていて。そんなリソスフェアは何枚かの板『プレート』に分かれているの。
これは知ってる?」
「だいたいは」
(そこまで細かくは覚えてないけどね)
出かかった言葉を、プライドで押さえながらダラーは頷く。
そんなダラーの様子を気にせず、スズシロは話をする。
「で、このプレートは、地下から上昇してきた『マグマ』によって分断される、プレートの生まれる場所とも言える『海嶺』と、プレートどうしがぶつかって、たいていは片方が沈み込む『海溝』に分かれる。
この時、プレートの上に島とか大陸があると、海溝で沈み込む時に島や大陸がもう片方のプレートに押し付けられて、山脈が出来るの」
「アルプス山脈とかヒマラヤ山脈とか、ですね?」
「そうそう」
重要なのはここから、だ。
「この山脈が出来る時、地下にあったモノが持ち上がるから、鉱脈がよく露出するんだけれど。この世界にその種の鉱脈が『山脈沿いに存在していない』の。むしろ『火山の近くにある』。
この『セントラン大陸主要都市概要』と『セントラン大陸概略地図』を調べると分かるよ」
机に広げている本のうち二冊を指差す。
「後で読んでみるけど、そうなのね?」
「うん、そうなの」
スズシロは頷く。
「で、さっきの『セントラン大陸概略地図』を見ると分かるんだけれど。『火山が山脈と無関係に単体で存在している』の。
プレート理論の火山は、海嶺と海溝近くにあることから列を成すのに、この世界の火山は単体。
これらの事実から『この世界の大陸はプレート理論で成り立っていない』と考えたのよ」
「なるほど、理屈は分かりました」
ダラーは言う。
「なら、この世界の火山にはどうやってマグマが噴出しているのですか?」
「それは、こっちの『セントラン大陸概略地図』の『地脈図』を合わせて見ると分かる。
火山は『龍穴』という『地脈中の魔力が噴出する点だけに』存在している。この本『魔術師志望のあなたへ』によると、『魔力が物質を通過する時、物質を僅かに動かしつつ熱を発生させる』とあるから、マグマはそれによって発生して噴出していると考える」
「なるほど。では火山の鉱脈の存在はどう説明するの?」
「それはこっち『ダンジョン学概論』に書かれている採掘ポイントの説明が答え。『物質中に瘴気が停滞しているところに高速の魔力が流れ込んだ時、物質は変質して大抵は金属になる』。
火山になる前、ここの岩盤に瘴気が停滞していて。突然龍穴になって魔力が流れ込んだ結果、鉱脈になったと考えられる」
ダラーは両手を上げて言った。
「素晴らしい考察です。負けました」
「負け……?」
スズシロは、ダラーの言葉を理解出来なかった。
それガバ理論では……?