2日目3 薬草屋
現在ゲーム内時刻は午前七時過ぎ。ファステス図書館が開くまで、あと一時間弱。
スズシロは、朝の空いている商店街を歩いていた。目的地は、『オババ』ことサナティエが経営する薬草屋だ。
「開いてるね」
薬草屋は開いていた。
「お邪魔しまーす」
ドアを開けると、カラカランとドアベルが鳴る。
「ああん? ……何だスズシロか」
オババはスズシロを一瞥して、縫い物に戻った。
「朝からお邪魔してます」
スズシロはペコリと頭を下げる。
「何の用だい?」
「いえ。タンポポの根が何本か手に入ったので。プレゼントに来ました」
「タンポポの根、か……」
縫い物の手を止め、オババはギロリとスズシロを見る。
(よく分からん娘だ)
内心警戒したまま、明らかにおかしな点を見つけたオババは尋ねる。
「頭の上のスライムは何だい?」
「ああ、ベルのことですね?」
スズシロは隠すことでもないので答えた。
「【召喚魔法】で召喚してる、私のモンスターです」
「ほお? そうかい。良いモンスターを召喚したね」
オババも隠すことではなかったので、本心から言った。
「スライムゼリー貰い放題じゃないか」
「……え?」
(何それ?)
スズシロは硬直する。
スライムゼリーから作るスライムジュースは、生命力と魔力を持続的に回復させる効果がある上に、『料理枠』なので『薬枠』であるポーションと干渉しない。
プレイヤーの露天では一個五〇〇シルバで取引される高級品の原料が、スライムゼリーなのだ。
オババはそんなスズシロの反応に呆れる。
「何だ、知らなかったのかい? 召喚したスライムに擬態させていない状態でたっぷり魔力をあげたら、スライムゼリーをくれるんだ。だからウチも一体、スライムを飼ってるよ」
ヒョコリ、とカウンターの向こうからスライムが頭? を出してユラユラした。
スズシロはスライムに手を振り、お礼を言う。
「それは知りませんでした。ありがとうございます」
「なーに。薬師や料理人の常識さ。図書館の本にも、書いてあるんじゃないかね?」
スズシロは常識知らずな自分が恥ずかしくなり、言った。
「その図書館が開くのを待っている間に、タンポポの根を掘ったんですよ」
自分は常識を知ろうとしている。
スズシロは暗にそう言ったのだ。
果たして、オババにその意図は正しく伝わった。
「そうかい? なら『イスタ王国観光案内』って本を読むと良いよ? この国で守るべきことが纏められているから、さ」
その本をスズシロは見かけていたが『観光案内はまた後で』と後回しにしていた。
「ありがとうございます。図書館開いたら読みます」
「読んでくれ。ワシの娘が編纂をやった一人なんだ」
それはオババの自慢だったが、スズシロは言葉通りに受け取った。
「観光案内の編纂って凄いですね」
自慢は通じていないが、スズシロの反応にオババは気を良くする。
「ああ。自慢の娘だよ」
スズシロはオババの自慢気な表情に胸が痛くなった。
(私は、両親の自慢出来る息子ではない)
過剰反応だな、と自分を冷静に見つつ、それでもトラウマを刺激されるのが嫌で。スズシロは話を戻すことにした。
「とりあえず、タンポポの根、いりますか?」
「ああ。量にもよるが、カッパーも払おう」
「ありがとうございます」
「何でスズシロが礼を言うのだか……」
その礼が『話題を変えたことに乗った』ことに対するものだと、オババは人生経験から気付いたから、あえて呆れて見せて、気付かなかったフリをした。
「ほら。このザルに置きな」
「はい!」
スズシロはタンポポの根をストレージから取り出し、示されたザルに収まるように置く。
「ほーん。一メートル越えが二本、五〇センチが一本、三〇センチ少し越えたのが二本、か。五カッパーでどうだい?」
「高くないですか?」
スズシロは遠慮する。たったこれだけのタンポポの根に五カッパーの値段が付くとは思わなかったからだ。
オババはその遠慮を笑い飛ばした。
「ハンッ! これを『タンポポ茶』にしたら、一杯八〇カッパーで売れるんだ! むしろ安い位だよ!」
「なら、ありがたく貰います」
差し出した五カッパーを心底嬉しそうに受け取るスズシロ。
(このゲームの初稼ぎだ!)
そのあまりの喜びように、初めて娘に小遣いを渡した時を思い出したオババはついお節介を焼く。
「タンポポの根を掘ったなら、タンポポの花もあるだろ?」
「ええはい」
念のために取っておいたタンポポの花。それが何に使えるのか、スズシロは気になった。
「タンポポの花ひとつを乳鉢で細かくすり潰してから、スライムゼリー一個と練り合わせると『スタミナ回復タブレット』五個分になる。『料理枠』だからポーションと干渉もせんぞ。
あと葉っぱは湯がけば食える。覚えときな」
スズシロは言われたレシピに驚き、そして満面の笑みを浮かべて頭を下げた。
「ありがとうございます!」
その幼い笑顔に、オババはすっかりヤラレてしまった。
(どうもこの娘といると調子が狂う)
きっとそれは、目の前の娘が体格に似合わぬ幼さを持っているからだ。オババはそう自分を納得させた。