冒険者登録~図書館
冒険者ギルドがあるのは、街の南の城門近くだ。ポータルのある広場から南へ真っ直ぐ走る通りは、武器屋や鎧屋、雑貨屋や魔道具屋など冒険するのに必要そうな店が多い。
(おかしい)
スズシロは気付いた。
(冒険者ギルドが買い取った素材を加工する場所独特の『臭い』がしない)
冒険者ギルドは冒険者からドロップアイテムを仕入れる場所だと、スズシロは理解していた。
なら、その近場に加工施設がある方が自然だ。
例えば皮を革にするには劇薬を使うこともあり、凄い臭いがする、らしい。だからどこか街の一角に隔離されている可能性はあるから、臭いがしなくともおかしくはない。
例えば肉を保存食にするには、料理をする匂いがする。これなら、冒険者ギルドの近くにあってもおかしくない
それらの臭いが感じられないのだ。
(屋台の前を通ると、料理の良い匂いがした。だとすると、匂いの判定がある範囲が狭いのか、それともこの通りの周辺に加工施設がないのか。はたまた……)
たどり着いた冒険者ギルドで、外まで並んでいる冒険者登録の列に並びつつ思考する。
(こういう時はメニュー開いて設定を再確認だ)
様々な設定を見ると。
(これかな?)
感覚に関係する数値が、唯一『痛覚設定』として存在していた。今は『20%』らしい。
(とりあえず上げてみて、変化するか確認しよう)
《痛覚設定が100%になります》
《警告:痛覚が現実準拠となります。苦痛を感じることに、プレイヤーは同意したと見なします。それでもこの設定にしますか?》
(『はい』と)
途端、世界が変わった。
人間の汗臭さ。
何かを燻す煙さ。
剣に収まる鞘が揺れる音。
獣臭さ。
血の生々しい臭い。
鎧の擦れる音。
肉の焼ける匂い。
靴と石畳の擦れる摩擦音。
「ハハ」
スズシロは思わず笑っていた。
(なんだ、ちゃんとリアルが再現されてるんだ)
感覚に慣れれば、リアルと相違ない。スズシロはそれが嬉しかった。
(これなら、甘味に期待出来るな!)
長い列も進み、とうとうスズシロの冒険者登録の番になった。
「次の方どうぞー」
「よろしくお願いします」
微笑しながらスズシロは受付のエルフの青年に軽く頭を下げる。
「冒険者登録で構いませんか?」
「はい。お願いします」
「では一〇〇シルバを登録料としてお支払いください」
スズシロは思考操作からストレージを開き、一〇〇シルバ取り出して支払う。
「……はい。一〇〇シルバ確認しました。ではこちらの水晶玉に触れてください」
カウンターに置かれた水晶玉を提示される。言われた通りに右手で触れると、ガシャン、と水晶玉の木の台座からカードが出てきた。
~~~~~
名前:スズシロ
冒険者ランク:F
~~~~~
そう書かれたカードに、スズシロは(近未来的だなあ)と感じていた。
「冒険者ギルドのルールはその冒険者カードを操作すれば確認出来ます」
「操作?」
「はい。触った状態で『開け』と念じてください」
「『開け』? ……おお」
頭の中に思考操作の文字列がある。
(これはしっかり調べないとな)
「『閉じろ』と念じれば閉じます」
「『閉じろ』。閉じました」
「はい。細かいことはそちらに書かれていますので、しっかり読んでください。冒険者登録は以上になります」
「ありがとうございます」
頭を下げ、スズシロはカウンターから離れた。
「なるほど」
ポータル広場の隅の長椅子の右端に腰掛け、冒険者カードに書かれていることを読み込んだスズシロは、自分の取っている行動の『正しさ』に安堵していた。
(冒険者ギルドの買取所は街の四方の城門近くにあるが、『冒険者は買取所にドロップアイテムを売らないでも良い』。つまりドロップアイテムの肉を肉屋に納品することも出来る訳だ)
こんなにリアルに造られたゲームなのだから、世界人の感覚も人間と同じだろう。なら冒険者ギルド買取所以外のお店にドロップアイテムを納品して、それを切っ掛けに交流するのが良さそうだ。
(世界人との交流は、図書館と『冒険者ギルド書庫』で一般常識を調べてからだね)
それに、スズシロがこのゲームを始めたのは、勉強や鍛練の時間を確保しつつ、休むためだ。
(図書館で勉強出来るのか、鍛練場は冒険者ギルドの裏にあるらしいが使って良いのか、人気の甘味処はどこか。ちゃんと調べてから行動しないとな)
スズシロは凡人だと、自分では思っている。凡人がいきなり何か行動を起こしたところで、大概失敗する。情報を集めれば、その失敗を回避出来る。
スズシロは事前の情報集めを『当然のこと』と考えていた。
「とりあえず、図書館だね」
一般公開されている図書館とか、近代的だなあ、と思いつつ、スズシロは『マップ』に表示されている図書館へ向かう。
図書館は、こじんまりとした館だった。
「すみません」
図書館出入口のカウンターに行き、そこの老爺にスズシロは尋ねる。
「図書館の利用に、ルールはありますか?」
「そうじゃな。中で勉強やメモ取りをしたければ、登録料五〇〇シルバを支払うのじゃ。冒険者カードがあるなら、提示すれば一〇〇シルバ割引するぞい」
「分かりました」
(もしかして、シルバって高い?)
スズシロはそんなことを思う。
(中近世の本は高い。それを読むところの登録料が『たった』五〇〇シルバということはないと思う。なら、世界人からすると五〇〇シルバ『も』する値段、と考える方が自然)
スズシロはそう結論付けつつ、まずこの仮説を図書館で調べることに決めた。
~~~~~
名前:スズシロ
冒険者ランク:F
ファスト図書館登録済
~~~~~
「ほれ、返すぞい」
「ありがとうございます」
「細かなルールはそのカードに書かれているからな。良く読むと良いぞ」
「そうします」
本を読む前にルールを読もう。スズシロは決めたことを変更した。