1-5自己紹介
そんなこんなで自分の部屋に戻ってきた。
お嬢の部屋から帰る時も、結局出窓から壁伝いに屋上に行って非常階段で降りるという往復同じ経路を辿ったわけだ。非常に疲れた。
なんでわざわざ、こんな面倒くさい手順でお嬢の部屋に忍び込んだのかというと、有事の際に馳せ参じる為の予行演習である。
お嬢が春休み中に一度女子寮に忍び込むというテストはやっていたので問題ないと思っていたのだ。
ところが。
「今日が初日で本番です」
という、お嬢の訳の分からない主張により、このような運びとなったわけだ。
普通に夕飯作るので食べに来いと言えばいいと思うのだが、そういう事は考えないようにしよう。
まぁね、夕飯は美味しかったよ。
恵さんが作ったのかと思ったらお嬢が8割ほど作ったそうだ。すごいね、口だけメイドさんでは無かったのね。
ただ、「メイドは奉仕が仕事です」と俺の隣に座って、いちいち「はい、あーん」と食べさせようとするのは困った。
恵さんが
「お嬢様、桜井様がお困りです。少しお控えください」
とやんわり止めに入ってくれて助かったというのが本音である。
それでもある程度はお嬢のしたいようにさせていたというのが事実だ。
やんわりと釘は刺したけどね。
「おじょ・・・コホン、栞。こんな風に意味もなくこの部屋に来るのはこれが最後だぞ。もちろん解ってるとは思うけど」
そう。ここは女子寮だからな。見た目はホテルのスィートみたいだけど、学生が住むための健全な寮だからな。
お嬢は口をとがらせながら
「解ってますよぉ・・・でもでも、だったら今日だけは色々いいですよね」
色々って何するつもりなのさ。ほらほら、恵さんの鋭い眼光で俺の肌が焼けそうだ。
「いやいや、良くないっつの。恵さんも睨んでるじゃない。それに栞の従者としてこの学校に入学させてくれた奈良のおじさんには迷惑かけられないよ」
奈良のおじさんと気軽に言ってるが、都家直系家臣の奈良家のご当主という大貴族である。面倒な手続きをおじさんのハンコ一つでごり押しできるぐらいの権力者だ。
「お父様は関係ありません。今だけは!私が!個人的に!自己責任をもって!全身全霊をかけて!駿さまにご奉仕したい・・・いいえ、するのです!」
にこっと笑って、はい あーんと餌付けをしようとするお嬢である。かわいい顔でそんなことするな。俺の理性の限界値がヤバイ事になるんだよ。
そんな攻防が夕飯を食べ終わるまで、具体的には9時過ぎまで行っていたのだ。
まあね。認めるよ。
お嬢と知り合って1年以上経つ中で、これだけ体全体で俺に対してスキスキ攻撃をしてくる彼女を少なからず、いや大いに気に掛けている自分がいるという事に。
いや、回りくどい言い方はやめよう。栞の事は大事だし、可愛いと思っている。好きか嫌いかと言われたら大好きだろう。ちょっと愛が重い娘ではあるけど。
だからこそ。
だからこそ、気軽に手をだしてはいけないのだ。コチラ側に引き込むつもりもない。まぁお嬢は薄々には感ずいているっぽいけどね。
それでも、陽のあたる道で大手を振って歩いてほしい。そんな俺にとっては眩しい姿を隣でこっそり見れるのなら、俺はそれで満足なんだ。うん。
と、再度自分を戒めてその日は床に就いた。ヘタレとか言うな。
次の日、女子寮の入り口前に約束の時間のちょっと前に控えていると、8時30分きっかりにお嬢が恵さんを連れてエントランスに現れた。
「お待たせしましたね、桜井。では行って参りますわ恵さん」
昨晩のメイド姿の時のような、ある意味イタい行動ではなく、ちゃんと奈良家のご息女のオーラを振り舞えての登場だ。流石だね。
だから俺もちゃんと従者の顔をする。
「それじゃお嬢。行きましょう」
「はい参りましょう」
二人並んで、校舎に向かう。言うても敷地内なので距離は無いに等しいんだけど。
「そういえばお嬢」
「なんでしょう」
「中学までは、この学校の近くにある別荘という名の邸宅から通ってたのに高校からは寮生活にしたのはなんで?」
「ああ、その事ですか」
お嬢はたんたんと説明してくれた。
すなわち、お嬢の兄である勝治さんがこの春から大学生となり、利便性からみても通う大学はこちらの別邸よりも本邸宅であるお屋敷からのほうが楽である事と、お嬢の父である奈良のおじさんが、ずっとお屋敷と別邸を行き来していた負担を減らすという事から、みんなでそろってお屋敷に戻ったらしい。
「桜井が私に従事する事になった理由の一つでもあります」
確かに俺が一番の適任者だとは思うね。お嬢の護衛って意味でも、力の暴走を収めるって意味でも。
「むやみに魔法を暴走させるような事はもうしません」
お嬢が可愛い釣り目をこちらに向けて抗議してきた。
「解ってるって。お嬢がポンタンを覚えてから魔法のコントロールは完璧だ」
なんてったってお嬢の魔法【ポンタン】を使えるようにしたのは俺だからな。
ちなみに奈良家のように西に属する貴族は【雷】魔法が使える事が多い。御多分に漏れずお嬢の魔法も【雷】魔法だ。
【雷】魔法なのに物理攻撃が出来るのがお嬢の【ポンタン】である。
発動すると全長が2メートルほどの熊のヌイグルミのような形状をとり、お嬢の号令で物理攻撃つまり対象をぶん殴るという、なかなかにエグイ攻撃をする使役型の魔法だ。
ヌイグルミのお化けが雷の属性を持ったままこちらに向かってくる事を想像してほしい。結構怖いだろ?
大貴族の娘だけあって、末恐ろしい能力だよね。しかも、ヌイグルミ形状のおかげなのかどうか不明だけど防御力も高く、まさに攻防一体型の魔法なのだ。
ちなみに、ポンタンとはお嬢が幼い頃にお気に入りだったヌイグルミの名前から拝借した名前である。
それはさておき。
「ようするに、お嬢以外の家族がお屋敷に戻るけど護衛の俺がいるから、お嬢は寮生になったってこと?」
「平たく言うとそうなります」
「よく、奈良のおじさんが了承したね」
「言いくるめました」
「え?言いくるめたの?」
「ええ、説得しました」
「あれ?」
「お父さんもお母さんも快くご理解して頂きました。兄さんは無視しました」
「あー・・・」
納得したわ。奈良のおじさんとこの件で会話してた時に微妙な顔をしてたのは、自分の葛藤もあったんだろうけど、勝治さんが暴れてたのか。相変わらずのシスコンだ。
「今度、時間を取って勝治さんにちゃんと説明しに行くよ」
「兄さんの為に桜井が時間を使う必要はありません。それこそ時間の無駄です。そんな暇があるのなら、私にしっかり従事してください」
頬をほんのり染めて可愛い事をいうお嬢である。勝治さん、浮かばれねえなあ。
シスコンの兄が涙する顔を思い浮かべながら、俺はお嬢と一緒に教室に向かった。
教室に入ると、8割ほどの生徒がすでに居るようだな、寮生もそこそこの人数いるのでもっとゆっくりと登校する生徒が多いと思ったが、やはりエリート高校なので規則正しい生徒が多いのかな。
俺がぼんやりと室内を眺めていると、いち早くこちらに気づいた水色の髪をしたゆるふわ美少女のひなちゃん事、甲田 陽菜が手を振ってきた。
「しおちゃん~おはよぉ~」
「おはようございます、ひなちゃん」
お嬢はにこやかに挨拶をして、ひなちゃんの隣の席に着席した。机の上には「奈良 栞」と書いてある名刺サイズの紙が置いてあり、その席がお嬢の座る場所であることが一目瞭然であった。
従者である俺はその隣に座れるわけでは無かった。隣の席には「四方 蒼士」と記されているからだ。下の名前の読み方は解らないが、苗字は解るぜ。あれは「しほう」って読むんだよな。
この学園の生徒会長のご実家でもある、東の筆頭の大江戸家に属する直系貴族の四方家のお坊ちゃんって事だな。たぶん眼鏡の方だな。だって、そのさらに横には目つきの悪い赤髪の男が機嫌悪そうに座っていたからね。
しかしなんだね。大貴族である白い制服組は我ら月組には4名在籍しているようだ。黒板に対して横一列で机が並んでるんだけど、貴族の列を中心に前2列、後ろ2列に6席づつ並んでいる。つまり合計28名がクラスメートって訳だね。
一般の生徒と大貴族だと制服以外に、使う机や椅子も材質から違うんだな。こんな所にも格差があるのか、徹底してるね。
お嬢はひなちゃんと談笑してるようなので、俺は自分の席に荷物を置いた。やったね一番後ろの列だ。ラッキー。
友達100人できるかな~なんて思いながらよっこらせと席に座ると前方からドタタと足音が聞こえた。
「駿!良かった、同じクラスになれたんだ。ほっとした~~」
人懐っこい天然パーマの男子生徒が俺に話しかけてきた。
「おお・・・えっと、うん。笑平。俺もお嬢以外に知り合いが居て助かるぜ?うん。まぁこれかもよろしく」
「オイオイ、なんだよそのいちいち確認しながらの会話って。中学時代からの友達への態度かよ。傷つくなあ」
「わっはっは、昔からの知り合いじゃないか。こういう掛け合いは形式美っていうんだぜ」
「ん?そうなの?そう言われたらそんな感じかな」
「だろ?細かい事は気にしたら負けだぞ。それより笑平、魔法適正があったんだな。どんな魔法が使えるんだっけ?」
「あれ?駿に教えて無かったっけ?まあそうなんだよ。調べたらびっくり、僕ってば魔法の適性があったみたい。でも使える属性はこれからのカリキュラムの中で判別するって聞いたから、知らないんだ」
「あ、ああそうか。魔法の授業の中で追々って事なのかなな?うんうん」
「そういう駿はどんな魔法が使えるの?中学時代に魔法なんて使ってたっけ?」
「俺?俺は魔法の”属性”は無いよ。お嬢の従者として特別枠で入学したんだもん。コネだよコネ。大事だぞ?コネ。俺は自他共に認める、虎の威を借りる狐だからな。えっへん」
「それは自慢する事なの?」
え?良いコネって自慢だよね?違うの?
まあいいか。
そんな具合に中学からの『友人』の和田 笑平と他愛ない話をしている内にチャイムが鳴り、我が1年月組の担任の先生が教室に入ってきた。
なんだか、眠そうな目をした先生である。
「はい、みなさんお揃いですね。今日からこのクラスを担当する木田と言います。担当教科は数学ですのでよろしく。ではさっそく出席を取りますが~その前に」
木田先生は手元のタブレットをトントンとダップして何やら操作をした。
すると黒板の横の大きなディスプレイが反応し、白い制服の4人の生徒の顔が映し出された。このクラスの大貴族の4人である。
「甲田さん、四方君、島津君、奈良さん。前へ出て一人づつ自己紹介をお願いします。同時に魔法属性も発表してください」
担任の号令により、席の真ん中を陣取っていた4人の貴族生徒が前に出て一列に並んだ。
ひなちゃん、眼鏡、赤髪、お嬢と並ぶ。白い制服が並ぶと圧巻だね。黒い制服の一般生徒からは誰ともなくため息が聞こえた。
こうやって、並んだ姿を見ると『職業柄』なのか、つい観察しちゃうだよね。誰が一番強いのかなあって。
明らかにひなちゃんが4人の中では頭一つリードしてるね。お嬢と目つきの悪い赤髪がどっこいって所かな。
尤も大貴族だから魔法の能力や戦闘能力が高くないとダメって事ではないけどね。実際、お嬢の父親である奈良のおじさんはそこまで強くないけど貴族としての権力は絶大だもんな。
それでも、魔法の力の強弱はこの社会の中では色々と影響してる。だから俺みたいな『特殊』なヤツにはコネって必要なんだよ。
脳内で笑平にコネの大事さを説明していたら、ひなちゃんが一歩前に出て自己紹介をはじめた。
「皆様、北は北海家直系である甲田家の長女、甲田 陽菜と申します。得意とする魔法は【水】魔法です」
ぺこりとお辞儀をして優雅に列にもどるひなちゃん。
そんな姿を見て、呆ける男子生徒。少年よ、美少女な見た目に騙されてはイケナイ。彼女は君より数倍強いです。
「自分は四方 創士です。ご存じの方もいるでしょうが、姉が生徒会の副会長をしています。魔法属性は【風】です」
眼鏡の男子生徒が自己紹介をした。お嬢の隣の席が彼だったのね。へーお姉ちゃんが副会長なんだ。
ん?待てよ。生徒会長って東の筆頭貴族の大江戸家だよな。
四方家は大江戸家直系の貴族だ。つまり生徒会は東の勢力に牛耳られてるのか。それで他の家からの文句が出ないってことは、やっぱりあの生徒会長はかなりデキる人なんだな。
「俺の名前は島津 成明だ。魔法属性は南の特徴である【火】の貸与能力だ。まあ知ってるヤツは多いと思うけどな」
目つきの悪い赤髪の生徒が貴族らしい横柄な自己紹介をしてくれた。
しかし、自分の能力をここまでおおっぴらに『暴露できる』って羨ましい。貴族の場合、能力がありますよ、これだけすごいですよと『周りに認めてもらう』事も重要だし、見得を切るという側面もある事でもある訳だが。
「奈良 栞です。魔法属性は【雷】です。以後、よろしくお願いいたします」
最後にお嬢が自己紹介した。
「やっぱり大貴族は可愛い子が多いな」
とヒソヒソ話している男子がいた。そうだろそうだろ、ウチのお嬢は可愛いじゃろ?でも、俺がいる限り指一本触れさせないけどね。
「ありがとうございました。この4名が月組の最重要生徒です。他の皆さんは改めて粗相の無いようにしましょう。少なくとも、この4人に嫌われたら皆さんに未来はありません、重々注意するように。では甲田さん、四方君、島津君、奈良さん、席にお戻りください」
木田先生が、高らかに選民思想的な事をはっきりと述べた。
ここまであからさまだと逆に清々しいね。教師まで格差社会を押し付けてくるとは思わなかった。改めてこの学園って変わってると思う。
「では、他の生徒は手元のタブレットの出席ボタンをタップしてください」
黒い制服の生徒の各々がタブレット上をタップする。俺も事前に配布された専用のタブレットをあわてて取り出して、出席のボタンをタップした。
すると前方のディスプレイに映し出された赤く色取られたマス目が緑に変わっていく。よく見ると、映し出されたマス目と教室内の机の数が対になっているようだ。
え?出席確認ってコレだけ?普通は先生が一人一人名前を読み上げるんじゃないの?
「はい、みなさん出席ですね。では、必要事項を皆様にメール配信しますので良く読んでおいてください」
手元のタブレットに新着メールのメッセージが上がる。開くと、添付ファイルがいくつもあった。学園内の注意事項やら授業の時間割表やら生徒会からの案内やら部活動の一覧やら。
あれ?先生からの口頭説明は無いの?
「30分後に魔法関連説明を講堂で行いますので合図があったら移動してください。それまでにお互いに自己紹介などを済ませておきましょう」
そう言うと担任である木田先生は、そそくさと教室を出て行ってしまった。
本当に白制服の貴族以外はどうでも良い感がハンパない。こんなので良いのか?
と思ったのだが、他の生徒達に動揺はあまり見えなかった。そりゃそうか、黒い制服の生徒とはいえ中学からこの学園にいる生徒もそこそこいるから顔見知りも多いんだな。
でもさあ、俺みたいな高校から入るヤツもそれなりに居るんだから、そこへの配慮はもう少し欲しい所なんだけど。
そのあたりの事も理解した上で入学したんでしょと言われたら、その通りなんだけどね。