1-4女子寮潜入
講堂の裏手に行くと、立派なタワーマンションのような建物が二棟ある。向かって右が男子寮、左が女子寮となっている。入口はオートロックになっており、異性が入棟することは基本禁止だ。
特に女子寮に男子生徒が入る事は厳禁である。女子寮は警備員と監視カメラで厳重に守られている。まぁ当たり前のセキュリティだ。一般の生徒だけではなく、貴族の子女もいるからね。
お嬢は中学までは家からの通学であったが、諸事情により高校からは寮生となった。今日からこの女子寮の一室がお嬢の住む場所となる。
「そういやお嬢の部屋ってどこになったの?」
「24階になりました」
「いや、24階は知ってるよ。24階の何号室?」
「ですから24階です。24階のフロア全部で1室です」
うわぉ。全フロアで1室なのか。さすが大貴族。でも、そんな説明を事前に聞いてないぞ。
その後お嬢からの説明を聞くところによると、麒麟学園の寮は10階までが一般室で1フロアに6室あり、そして10階から30階までが特別室で1フロアに1室という造りなんだとさ。
ものすごい格差社会の縮図が見て取れるね。え?俺?俺は302号室だよ。だからなんだって話だけど。
何はともあれ入学式が終わり、お嬢を女子寮の入り口まで送り届けたので本日の俺のお仕事は終了だ。
「それじゃお嬢。また明日ってことで。何時にこの場所に迎えに来ればいい?」
「校舎は敷地内ですから、8時30分で十分だと思います」
「了解。部屋の中のことは恵さんがいるから問題なしだね。夕飯もちゃんと用意されてるだろ」
「そうですね。桜井はどうするのですか?」
俺はふふふと笑って、白いプリペイドカードを見せる。
「じゃじゃーん。俺には奈良家より食事用カードを沢山もらっているのだ。食堂でまんぷくセットが食べ放題だぜ」
効果音があったら、キラーンという音が響いたであろう。
しかし、お嬢はそんな俺のドヤ顔を無視して、細長いカードキーのようなものを見せてそして手渡してきた。
「だめです。事前に調べた通り、上からこのキーを使って入ってください。今日が本番ですよ」
「ちょっとお嬢。今日の今日で屋上から忍び込むの?テストは前にやったんだけど」
「いいえ。テストはテストです。初日だからこそ、ちゃんと出来るのかを実証しないといけません」
「得に緊急性もないんだから、無理しなくても・・・」
「集合の時間は19時です。遅れてはいけません」
お嬢はうむをいわさない構えである。俺の反論を全然聞いていない。
そして、最後ににこりと俺に微笑みかけてこう言った。
「おいしいお夕飯が待っていますよ」
くるりと背をむけて、女子寮に入口に向かうお嬢はさっさと中に入って行った。マジですか。
「やれやれだぜ」
どこかの漫画の主人公のようなセリフを吐き、俺は男子寮にある自分の部屋に向かった。
お嬢と違って俺は自分の部屋の片づけは自分でやらないとダメなんだぞ。なんで意味もなく、お嬢の部屋に忍び込まないといけないのやら。まったくもって面倒くさい。
とはいえ、お嬢付きの従者としては命令に背くわけにもいかないからなあ。
そんなわけで時間も過ぎ、現在18時50分。場所は女子寮の屋上である。
警備員と監視カメラを潜り抜けてどうやって来たかというと、もちろん非常階段を使って足で登ってきたんだよ。カメラの位置は前のテストの時に確認済みだから、そこだけ避ければなんとかなるんだよね。
俺以外には難しいだろうけどさ。ただ、30階を駆け上がるのはちょっときついよ、お嬢。
さて、お嬢からもらったキーが使える出窓がある場所はこの辺りの下になるのかな。
俺は柵を超え、屋上の縁を歩いてめぼしをつける。お嬢の部屋には、いくつか窓があるが基本的には内側から鍵がかかっている。
しかし有事の際、たとえば火災とかがあった場合に外から侵入できるような出窓がどのフロアにも設置されているのだ。建築法とかなんとかってヤツかな。お嬢から手渡されたのはそこの鍵ってわけ。
どちらにせよ、地上24階の出窓から入って来いってなかなかの無茶ぶりだよね。
「それじゃぁ、行ってみるか」
俺は、屋上から6フロア下がった24階の出窓を目指して、壁伝いにするすると降りて行く。高いところが得意ってわけじゃないから慎重に行かないとな。
しばらく降下して、目的の出窓に到着した。とりあえず、25階から30階の住人にはバレずに済んだようだ。誰が住んでいるのかは後でお嬢に確認しよう。
キーを取り出し、音をたてないようにして開錠する。中は暗いようだ、来るのが解ってるんだから電気ぐらいつけておいてくれよお嬢。
部屋の中を汚すわけにはいかないので、靴をぬいで手に持ちながら中に侵入した。なんだか間男みたいだな今の俺。悪い事してるんじゃないよ。命令に従ってるんだよ。
静かに出窓を閉じて、暗闇の中で時計を確認する。18時59分だ。時間ピッタリ。
と、その時暗闇から何かが突進してきた。俺はとっさに身構える。やべ、油断したらしい。ちょっと反応が遅れた。
一直線にむかってきたソレは俺の腹にどしんと飛びついてきた。
「おぅっふ!」
ちょっと情けない声がでる。
俺の腹にぶつかったものは、そのまま俺の腹にぐりぐりと押しつけきた。
「さすが駿さま!時間通りですわぁぁぁあああああ」
ぐりぐりぐりぐりぐり。
「今日は畏まった式典に出席したので、私は疲れました。駿さま癒してください。いいえ!駿さまも疲れましたでしょう?私が癒します。ええ、上から下まで癒して差し上げます。何します?せっかくこの服を着ましたが脱いだ方がいいですか?」
ぐりぐりぐりぐりぐり。
「ああ、でもでも。この姿はちゃんと駿さまに見てもらいです。結構可愛いと自画自賛です。それとも猫耳付けたほうがいいですか?何なら鈴のチョーカーもつけましょうか」
ぐりぐりぐりぐりぐり。
「こんな近くで駿さまの匂いを嗅いだら私は駄目になりそうです。駄目なメイド、そう駄メイドです。そんな駄メイドは駿さまに折檻されちゃうのでしょうか。ああ、でもみだらな折檻でも私は進んでお受けいたします。さあ、駿さまの好きになさって」
「そこまでです。お嬢様」
部屋の電気がパチリと付いた。見ると、スーツをビシっと着こなした素敵なレディが鋭い目つきでこちらを見ている。お嬢の侍女である恵さんだ。
で、俺の腹にしがみついて額をぐりぐりと押しつけながら、さきほどから頭の悪いセリフを吐き出しているのが大貴族の娘の栞お嬢様である。
しかも、メイド喫茶とか、その手のアニメでみるようなコスプレ感たっぷりのメイドコスである。銀髪美少女メイドだよ、ありがたや。
いや、そうじゃない。
とりあえず、このひっつきぐりぐりメイドは後にして恵さんに問いかけた。
「恵さん、お久しぶりです。お元気でしたか」
「はい、桜井様もお変わりなく」
「俺はまぁぼちぼちです。それよりも恵さん」
「はい、なんでしょうか」
俺は目線を落として、ひっつき虫のメイドをみる。中腰の体制でだんだん辛くなってきた。
「これ、なんとかなりませんか?」
すると、メイドはぐりぐりをやめてガバっとこちらに勢いよく顔を向けた。銀髪ぱっつんのメイドカチューシャはめちゃめちゃ可愛いな。
「これ!とは酷いですわ。私は駿さまに身も心も捧げた、駿さま専用の愛玩メイドの栞ですのよ!」
「誤解を招くような事を言うなあ」
いや、本当だって。清い関係だからねボクたち。
ひっつかれてるけど俺は指一本触れてないよ。だから刺すような目で俺を見ないでくれ恵さん。
俺はふうと一呼吸してからメイドに目を向けた。
「お嬢」
「栞です」
「え?」
「二人きりの時は栞と呼んでください」
お嬢は口を尖らせている。
「恵さんいるけど」
「この部屋にいる時の私は駿さまにご奉仕するメイドの栞です」
俺の意見を無視して下からうるっとした瞳で顔を近づけないでくれ。理性が飛びそうになるじゃろが。
「解った解った、とりあえず落ち着け。栞」
お嬢の頭をぽんぽんする。するとお嬢は納得したようで、すっと姿勢を正しスカートの裾をもって軽く会釈をした。
「駿さまいらっしゃいませ。お夕飯のご用意が整っております。リビングまでご案内いたします」
とありがたい提案をしてくれた。
でも、その挨拶ってメイドさんがするものなの?まぁネタだから何でも良いのだけどね。
そんな事を思いながら、お嬢、いやメイドの栞に連れられてリビングに向かった。