1-3(H-1) 転生してるじゃん
別視点 その1
僕の名前は中島 比呂人。
明日の入学式に備えて、僕は穂乃果と一緒にこれから通う事になる麒麟学園に下見に来たんだ。
本来は僕らのような一般庶民では見る事も出来ない大貴族の方々が通う学園だという理由で、入試試験は別会場でおこなった関係上、実際に学園内に足を踏み入れるのは今日が初めてというわけだ。
幼馴染の穂乃果と高校も一緒に通えるなんて、しかも名門の麒麟学園だ。どんな魔法が使えるのかお互いに解らないけど、僕も穂乃果と同じように魔法属性があって良かった。
幼稚園からの幼馴染の穂乃果に淡い恋心を持ったのはいつの頃からだろうか。
中学二年生になったあたりから、急に可愛くそして女の子っぽくなった穂乃果に男子の目が集まりだした事に身勝手な憤りを覚えた。
穂乃果と一番付き合いが長いのは僕だ、今更横入りしてくるな。
もちろんそんなことを口に出すことは出来ないし、出したことはない。
言わなくても、僕と穂乃果には他人には無い絆があるんだと信じている。
変に口に出して関係が歪になるくらいなら、今のままが良いと思っている。
穂乃果もきっと、同じような思いでいるに違いないと思う。
僕らの長い付き合いの絆は簡単に崩せるものではないからだ。
さあ行こうと穂乃果の手を繋ぎ麒麟学園の門をくぐった時にそれは起こった。
強烈な既視感。デジャビュと呼ぶには大きすぎる衝撃。
言葉に出来ない何かが脳内を駆け巡り、僕は立っていることが出来ずにその場で片膝をついて頭を抱えてしまった。
いきなりの行動に穂乃果がびっくりして僕を心配そうに見ている。
「ヒロ君大丈夫?」と心配そうな穂乃果の言葉が近くなったり遠くなったりと音がうねっている気がした。
平衡感覚が無くなってきて、まるで船酔いをしたような気分で非常に気持ち悪い。
ヤバイ。倒れてしまうのではないかと思った瞬間に脳内の閃光が走った。
僕ではない他の誰かの記憶。
僕らの住んでいる東亜国と似て非なる魔法が存在しない日本という国のパソコンゲームと呼ばれる媒体にのめり込んでいる男の記憶。
薄暗くかび臭い部屋の中は散らかり放題であり、パソコンの周りにはスナック菓子と1.5リットルペットボトルの炭酸飲料が手を伸ばせばすぐに届く空間。
布団は敷きっぱなし、着ているジャージは何日も着替えていない。
パソコンの画面の中ではエロゲーと呼ばれるゲームが稼働しており、可愛い女の子が画面の中であられもない姿でうつろな顔をしていたり、下着姿で煽情的な表情をしていたり、布の面積が非常に少ない水着で蠱惑的な振る舞いをしているイラストが映し出されている。
そして男の理性にダイレクトに訴えかける、俗にいう喘ぎ声が大音量で流れていた。
黒縁の眼鏡にボサボサの髪で締まりの全くない腹部に下半身丸出しの見るからに冴えない中年が、その画面を食い入るように見ている。
学校も途中でドロップアウトし、働きもせず1ヵ月間での外出回数は無く部屋を出たことも数回のみ。家族からも社会からも見捨てられた落伍者がそこにいた。
なんだこのオッサン。人生終わってるじゃん。誰だよ、このダメ人間。
そうしたら、そのオッサンが濁った眼をこちらに向けて来た。俺の中の記憶にいる男が俺を睨んでいる。なんだこの感覚。
こちらを向いている人生の落伍者の男がいやらしい含み笑いをしながら掠れた声を発した。
「忘れたのか?オマエはオレじゃねぇか」
頭の中でバチンと電源が落ちるような音がした。全身が汗まみれだ。え?何?オマエがオレ?じゃぁ俺がお前?
気が付くと、柔らかな手が俺の肩に触れている。
「ヒロ君?ヒロ君大丈夫?どうしたの」
心配そうな表情の穂乃果の顔を改めて見る。
ああ、そうか。
この娘は、あのエロゲーの中で下半身丸出しのイラストと同じ顔をしている。
穂乃果は・・・ホノカ・・・イチノセ ホノカだ。
俺の、中島 比呂人の、いやエロゲーである「月の夜にキミのとなり」の主人公 ヒロトの幼馴染でヒロインの一人のイチノセ ホノカだ。
ゲーム内ではカタカナ表記だったから、俺の幼稚園からの幼馴染である「一ノ瀬 穂乃果」と上手く一致してなかったんだな。
ああ。
でも、もう大丈夫だ。
全てが繋がった。
ははは。
あはははははは。
あーっっはっはっはっはっはっはっは。ひひひ。
なんだ。なんだ。そうだったのか。
どんな理由かは知らないけど、俺はクソみたいな前世から転生したんだな。
何をやっても上手くいかなかった引きこもりだった前の人生から、エロゲーの世界への転生だなんて神様も粋な事してくれる。会ったことないけど。
しかし、なんだな。前世の事はほとんど覚えていないな。
名前も住んでいた場所も家族構成も。
記憶にあるのは、ニートだった事と死ぬまで童貞だった事ぐらい。
そんな記憶は何の訳にも立たないな。
それでも、このゲームの内容は朧気ながら覚えているぞ。
この世界に転生する時に神様には会ってないのでチート能力は授かってないけど、俺がこの世界の主人公である「ヒロト」であるなら、前世では存在しなかった魔法が使えるハズだ。
そして何よりこの世界はエロゲーの世界。
隣にいる穂乃果をはじめ、色々なヒロインとムフフな展開が待っている訳だ。
しかもホノカはヒロインの中でも一番簡単に落とせる相手なんだよな。何なら闇落ちなんてルートもあった気がする。
ふへへ、お楽しみが待っているのかと思うと、色々な意味で寝れないな。
整理するべき案件はいくつか残っているが、それは夜にでもゆっくりやろう。
まずは、当初の目的であるこの麒麟学園の下見をして、ゲーム内の場所との相違を確かめるのが先決だ。
俺はその場で立ち上がり、笑顔を穂乃果に向けた。
「穂乃果ごめん。何でもないよ。学園の大きさにびっくりしたんだ。さあ、これから通う学園の下見をしよう」
「そうなんだ。突然しゃがみこむから、穂乃果びっくりしちゃったよ」
「敷地内にカフェもあるみたいだからお詫びに後で何か奢るよ」
「本当?うれしい!ヒロ君、うそついたらダメだからね」
「わかってるって。カフェは大事な場所だからな」
「ん?そうなの?ヒロ君よく知ってるね」
穂乃果は少し戸惑った顔をしたが、俺が笑顔を向けたら同じように笑顔を返した。
ゲームを攻略した今の俺なら知っている。穂乃果・・・ホノカが俺の笑顔が大好きだって事を。
この笑顔を失わない為に自らを俺に差し出す事を。
俺と穂乃果は笑いあって学園内に入って行く。
明日から本当に楽しみだ。
みんな俺の女にしてやるぜ。
俺はこれから起こるべきして起きるハーレムに期待と下半身を膨らませていた。