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第七話 婚約者になりました


 ココルはカラタンキツネに化かされたような気分だった。それというのも、ユリアスがあんな事を言い出したせいだ。

 勿論、ココルだって反論した。急に結婚だなんて、一体どうしたというのだろう?しかも本気らしいし、本当に……訳が分からない。


『何でヤンデレから逃げる為だけにユリアスがあたしと、けっ、結婚するの!? おかしいでしょ!』

『おかしくないよ。法的に夫婦になれば、万が一の事があった時に法が僕らを守ってくれる。僕がココルを護るのは決定事項だとして、同居人に付き纏う不審者を撃退した……より、妻に付き纏う不審者を撃退した、の方が警察も世間も納得しやすいだろ?』

『そ、それは……それは、そうだけど。でも……』


 むしろ、ユリアスに恋する乙女としては願ったり叶ったりな提案だ。しかし妹分のままこんな風に、結婚なんて……良いのだろうか?

 大体、それだとユリアスは一生ココルの世話をする事になってしまう。勿論ココルとしては大歓迎だが、いつか彼が本当に誰かに恋をした時、お互い辛い思いをするのではないだろうか?

 眉間に皺を寄せて唸っていると、困り顔のユリアスがそっと覗き込んでくる。


『もしかして、ココは僕と結婚するのは嫌なのかい?それなら……別の方法を考えるけど』


 甘い顔立ちの彼が眉をハの字にして、タレ目気味の瞳に長い睫毛が影を落とした。いやずるい。その顔はとてもずるい。


『そんな訳ないでしょ! そんな訳、ないけど』

『じゃあ、何にも問題ないね』


 あっ、と気付いた時には遅く、にっこり笑ったユリアスがココルの鼻先をつっついた。昔から彼がやる、『この話はこれで終わり』の合図だ。結局その日は、まんまと言いくるめられてしまったのだった。

 それからココルは諦めず、休日中何度も説得にかかったものの結果は同じ。何の進展もないまま休みが終わり、やりきれない思いを抱えつつも出勤した、という訳である。……晴れやかな彼とは対象的に、ココルはもやもやが募る一方だ。


「同情かな……ううん。妹分が心配なだけだよね。なんせ『世話焼きのユリアスお兄ちゃん』だし」


 どうせ『ココルに何かあったら、田舎のご両親に申し訳が立たない』とか考えているのだ。何たって、ユリアスと自分はお隣同士で、お互いの家族とも仲が良いのだから。妹分として面倒を見ているココルに何かあれば、気まずいどころの騒ぎではなくなるだろう。

 でも、心配の延長線で結婚なんて。彼は本当にそれで良いのだろうか?ユリアスの事は大好きだが、こんなの恋が実ったと言えるのだろうか?ああでも、ユリアスと結婚……それは夢のようだし……複雑な乙女心を抱え、ココルは沈んだため息をついた。


 ――せめて、ユリアスがあたしの事を妹分じゃなくて、女の人として見てくれてたら……もう少し違った展開になったのかなぁ。


「どうしたのよ、ため息なんかついて」


 振り向けば、昨日占いに誘ってくれた同僚たちが、心配そうにココルを見つめていた。


「昨日だって先に帰っちゃってさ。何よ、占いの結果がそんなに良くなかったの?」

「その通りなんだけど……そうじゃない……」

「どっちなのよ……!?」


 この世の終わりみたいな顔をしたココルとは違って、同僚達の表情はどちらも晴れやかだ。きっと素敵な占いをしてもらったのだろう。ココルだって、『ヤンデレ』なんてものに憑かれてなければ彼女達と昨日の占いについて話に花を咲かせていたに違いないのに。おのれヤンデレ許すまじ。

 そしてヤンデレへの恨みが募って、魔力の操作がどうにも上手くいかない。ならば書類を整理しようとしたら、ユリアスの件で気もそぞろなせいかミスが増える。自分のポンコツ加減に泣きそうになりながら仕事を続けて、その内終業時間になった。


「ま、元気だしなよ。そうだ、久々に飲みに行くのはどう?」

「良いねぇ!ココルの好きな『花蜜酒』が美味しいお店知ってるよ」

「…………そう、だね。うん」


 ――確かに、悩んだって仕方がないかも。


 確かに、今は何処にいるのか分からないヤンデレや、幼馴染の言動に悩みすぎだ。これでは、ヤンデレに捕まる前に、自分の精神を病みかねない。

 そうだ、ここは一旦皆とお酒でも飲んで、ぱーっと気分を変えてしまおう。皆と飲んで喋って胸が軽くなれば、頭も回って良い案が浮かぶかもしれない。

 ココルが頷き、鞄を持って立ち上がった……その時だった。


「お迎えにきたよ、ココ」

「…………え?」


 馴染みのある柔らかな声に顔を上げると、何故か職場の戸口にユリアスがいた。仕事帰りなのだろう、朝見たときはスラックスに裾を入れていたシャツも、今は外に出して何なら第二ボタンまで襟を寛げている。そこで普通なら『だらしない感』が出そうなものなのに、ユリアスがやると何か疲れた感じの色気が漂ってくるのは何故なのか。


「な、何でっ……!?」

「何でって、たまたま近くまで来たからね。ココの職場にご挨拶に来たんだよ」


 ユリアスは、水揚げ直後の魚のように口をパクパクさせているココルを見て唇の端を持ち上げる。まるで悪戯が成功した子どものような笑みがまた、大人っぽいユリアスの魅力を底上げしてくるように見えるのは惚れた弱みだ。


「やだココル!誰この格好良い男!?」

「あっ……もしかして、例の同居人の……? 」


 目を丸くした同僚二人に、彼は何故か花が開くように柔らかく微笑みかける。そして、軽く、しかし上品にお辞儀をして見せた。


「初めまして、僕はユリアス。ココの同居人で――この度、婚約者になりました」

「なっ!?」

「はっ!!」


「きっ……キャァアアーーーッ!!おめでとーーーーーー!!!!」


 その黄色い雄叫びは、魔術研究所……いや、その二軒隣の金物屋にまで轟いた。そうして、ココルが否定し止める間もなく、ユリアスは『ココル・ブランシャの婚約者』としてご近所に知れ渡る事となったのである。


予約投稿分ががきれました_(:3 」∠ )_

次から週一更新になります。

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