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第六話 ユリアスの名案


「……と、言うことがあったの……」

「なるほど。だからココはあんなに急いで帰ってきたのか」


 事のあらましを話し終え、ココルは一気にお茶を飲み干した。因みに、好きな人云々の所は適当に暈したけれど、不審な点はない筈だ。


「うん。ユリアスの事も心配だったし……何より本当に、怖くなっちゃって」

「それは大変だ。ココがそんな酷い目に合う前に、どうにかしなくっちゃね」


 沈んだ空気のココルとは対象的に、ユリアスはいつも通り柔らかく微笑んでいた。うんうん、と頷きながら、本日残らず空になった皿を重ねて流し台の方へ片付けてゆく。


「あっ、そうだココ! デザートは食べる?」

「今はそんな呑気な事言ってる場合じゃ」

「今晩のデザートはチーズタルトだよ」

「……いただきます」


 くすくす笑いながら、ユリアスがデザートをココルの前に置いた。黄色い小花模様に囲われた白い皿の上に、小さなタルトが鎮座している。黄色く滑らかなタルトの真ん中には、小指の爪程に小さなカードがちょこん、と刺さっていた。カードに描かれた印は、帰り道に新しくできたタルト屋さんのものだ。前に「どんな味がするのかなぁ」と言ったことを、覚えていてくれたのだろうか。不覚にも胸がキュンとして、ココルの頬が熱く火照る。

 漂ってきた茶葉の香りに視線を上げると、目の前に温かい紅茶が置かれる所だった。紅茶の香りに仄かに混じる甘さも彼の気遣いだろう。甘党な彼女の為に、角砂糖を入れてくれたに違いない。


 ――『至れり尽くせり』とは、まさにこの事よね。


 小さな内からこんなによくされていて、むしろ惚れない訳がない。けれど本人は只管『身内を世話している』感覚なのだ。全く質が悪い。

 そんなココルの苦い想いなど露知らず、ユリアスものんびり自分の紅茶を淹れて、向かい側の席に腰を下ろした。紅茶の香りと、その向こうに見える穏やかな微笑み。これが見たくて、太ると分かっていても食後のデザートを止められないココルである。

 そして、この日常を壊しに来るかもしれない存在――ヤンデレなるものに、改めて恐怖心が募った。

 そんなココルの百面相を見守りつつ、ユリアスがタルトにフォークを入れながら口を開く。


「要するに、ココは『ヤンデレ』っていうのに捕まりたくないんだよね?」

「そ、そう!」


 流石、ユリアスは察しが良い。何せ、田舎の学校でも一等頭の良かった彼である。王都の役所で事務官として採用されたのも当然だ。

 チーズタルトをちまちまと食べながら、ココルは何度も頷く。


「でもさ、もしかしたら物凄い大金持ちとか、地位のある人かもしれないよ?」

「……それでも嫌。そもそも知らない人と急にお付き合いとか結婚とか、考えたくない」

「ふーん? じゃあ、知ってる男ならいいの?」

「へっ? そりゃまぁ、知らない男よりは良いと思うけど……」

「ふむふむ。なるほど……分かった」


 ユリアスがにっこりと笑う。何が分かったのかは分からないけれど、彼が満面の笑みを浮かべているのは嬉しい。タルトを一口頬張って、生地のサクサクとした食感を楽しみながら、ココルは幼馴染の笑顔をこっそり堪能する。


「ココ。ほっぺたにタルトが付いてるよ」

「えっ? どこ!?」

「ああ、こら駄目だよ袖で拭っちゃ。おいで、取ってあげる」

「……んんっ」


 見当違いな場所を拭うのに我慢ならなかったのか、ユリアスの長い指先が伸びてきて少し強引に頬を拭う。

 そして、ココルが固まったのをちらりと見てから、ユリアスは指先についたタルトを……あろうことか、ぺろりと食べてしまった。


「ゆ、ゆゆゆゆユリアス!?」

「ん。ここのお店のタルト美味しいね。次は果物のタルトとか買ってこようかな」

「あっそれは賛成――じゃなくて、ユリアス!?」

「なに?」


 真っ赤になったココルとは対象的に、ユリアスは落ち着いて紅茶を嗜んでいる。やはり、所詮ココルは妹分、今のも妹の頬についた食べかすを取ってやった程度の認識なのかもしれない。胸を高鳴らせていたのはココルだけ――。

 そう思い至って、彼女の胸にチクリとした痛みが走る。結局それ以上は追求できなくて、中途半端に笑うしかない自分が、ココルは何とも情けなかった。


「あのね、ユリアス。こういうことはもう、止めた方がいいと思う」

「何で? 昔からしてた事じゃない」

「……そうだけど、さ。いつかユリアスに恋人が出来た時、あたしみたいなのが居たら、その……困ると思って」


 ココルの発言を聞いて、ユリアスは目を丸くする。緑色の瞳は澄んでいて、全く下心が感じられない。だからこそ質が悪い。なのに、こうして世話して貰える事を嬉しいと感じる自分もいて、本当に……恋する乙女は面倒くさい。

 密かに自己嫌悪しながらテーブルに突っ伏してしまったココルを見下ろし、ユリアスはそっと紅茶のカップを手元に置いた。


「…………ねぇ、ココ」

「何?」

「ヤンデレ野郎から逃げたいんだよね?」

「う、うん」

「それなら、良い案があるよ」


 テーブルの上に肘をつき、組んだ両手の上に顎を乗せる。ユリアスがこういうポーズをする時は、ココルを盛大に手の平の上で転がす時だ。その証拠に、タレ目気味の緑の瞳は部屋の灯りを反射して、悪戯っぽく光っていた。

 一体どんな突拍子もない事を言われるのだろう?いや、いかに悪戯モードに入ったユリアスとて、真面目に悩んでいる相手で遊ぶなんて事はないはず……!


 唇をへの字に引き結んだ彼女を見つめ、ユリアスはゆっくりと口を開く。


「――僕と、結婚しよう。ココル・ブランシャ」


「…………っは、はぁあーーーー???」


 ユリアスは薄く形の良い唇に笑みを浮かべたまま、とんでもない事を宣ったのだった。


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