第五話 ヤンデレとは何か
ヤンデレ……それは、恋した相手に執着しすぎる性質を表している。一途に、時に病むほど想いを捧げるその姿は実に盲目的。その重すぎるほどの想いが上手く相手と噛み合えばよいが、噛み合わなければ、行き過ぎた恋心は暴走し本人も相手も大変なことになりかねない。
恋に病んで、愛にデレる。
即ち『ヤンデレ』。
一般的に、ヤバイ性質の代名詞とも言われているのだが――――
「執着心の強い……ヤンデレ男の影が見える。このままだと貴女、その男に一生捕らえられてしまうわ」
「そ……っ、そんなヤバイ人知りませんよ! 仕事場は女性ばっかりで、知り合う機会もないし……」
「いいえ、残念ながら。ヤンデレが恋するのに、知り合い云々はあまり関係ないの。一瞬目が合う、何ならすれ違っただけでも運命を感じて恋に堕ちるものなのよ。性別すら気にしないことも多いし」
何だその堕ち方は、落とし穴か。恋ってもっとこう、穏やかに芽生えた感情を育むものなんじゃないのか。そして、ヤンデレに恋された側はたまったものじゃない。
「それもう天災か何かじゃないですか!?」
「……まぁ、似たようなものかもしれないわね」
愕然とした彼女を、占い師は気の毒そうに見つめている。そして、先程占う中で転がしていた色石を盤ごとテーブルに乗せ、ある一点を指さした。よくよくそこを見てみると、小さな黄色い色石の隣に黒い石がひと粒、ピッタリとくっついている。またさらに不思議な事に……盤をどんなに傾けても揺らしても、この黒い石は黄色い色石から離れない。
何だろう、占い用の石の筈なのに凄まじい執着心を感じる。粘着質なその様に、ココルの体がぶるりと震えた。
「この占い結果から断ずるに、ヤンデレの魔手は既にお客さんのすぐ近くに迫っているようだわ。囲われるのも、時間の問題かもしれない」
「か、囲われるんですか!? それもう監禁じゃないですか! はっ、け、警察に通報……っ」
そこまで考えて、ココルはガクリと肩を落とした。起こっていない事件、しかもよく当たると評判の占い結果で監禁されると言われました!なんて、どうせマトモに取り合って貰えない。
そもそも『占い』は術者の技量で的中率がかなり変わるのだ。王族お抱えの占い師とかならまだしも、流れでやってきた素性不明な占い師に言われたことなんて、「気にし過ぎだよ」と笑われて終わりだろう。ココルだって、信じたくない。
しかし、魔術研究所の職員であるココルは、この占い師の能力の高さがそれなりに分かる。おまけに鬼気迫る雰囲気、真剣な眼差しには、嘘があるように思えない。質の悪い悪夢みたいだ。
「……どうする?ヤンデレは受け入れれば、この上なく一途な恋人になることは間違いないわ。浮気とは無縁だし、上手く転がせば貴女に生涯尽くしてくれる夫にも――」
「こ、困ります!!」
占い師のその言葉に、ココルは力の限り叫んだ。
「あたしには、他に好きな人がいるんです!!」
そう、ココルには想い人がいる。恋心を自覚してから早十年、その後を追って田舎から王都へ就職するくらい好きな人――幼馴染のお兄さん――ユリアスだ。
ただし、相手はココルを妹分くらいにしか思っていない。どんなに女としてアピールしても、彼の中でのココルは『お隣の小さな泣き虫ココル』のままなのだ。それでも諦めきれなくて、厚意で住まわせて貰っている彼の下宿を出られずにいる。
今日だって、此処に来た目的は彼との今後を占って貰い、十年の片想いについて相談する為だった。それなのに……こんな不吉な占い結果を突き付けられるなんて!
唇を引き結び、俯いたココルを、占い師は静かに夜の瞳で見つめ――険しい顔でため息をついた。
「まずいわね。想いを叶えられなかったヤンデレは、貴女や……その想い人に何をするか分からない」
「う、うそ……!!」
脳裏に、ユリアスの柔らかな笑顔が浮かんだ。田舎にいた頃は毎日のように遊んでくれた幼馴染。都会に出て右も左も分からなかったココルに、沢山の事を教えてくれた。無理やり彼の下宿に転がり込んだ時だって、嫌な顔一つせず歓迎してくれるような、お人好しのお兄さんだ。
そんな優しい彼が、会ったこともない『ヤンデレ』なんてものに傷つけられるなんて、そんな……そんなの……っ!
「そんなの………っ!!納得出来ないぃいいぃいーーーーーーーーーーッ!!」
「あっ!? お、お客さん!? 待って、この続きがまだ――」
ココルは、代金の入った封筒をテーブルに叩きつけ、『霧影の夢』のテントから飛び出した。そして素早く練った捜索魔術の蝶を追い、一目散に駆け出す。目指すのはココルの居候先、ユリアスの住む下宿だ。
「ユリアス……無事でいて……!」
よりにもよって、今日は、ユリアスが早めに帰ってくる日だ。もし占いの通りに、ヤンデレという奴が彼に危害を加えようとしていたらと思うと、いても立っても居られない。こうしてココルは、涙目になりながら大急ぎで帰って来たのである。