第三話 袋小路の占い師
そうして仕事終わり。ココルは、同僚二人と連れだって、一匹の蝶を追いかけていた。
「やっぱりココルの捜索魔術はピカイチね!」
「ほんとほんと!」
といっても、昆虫採集に勤しんでいた訳ではない。この蝶はれっきとした魔術――捜索魔術の一種である。
『標の蝶』と呼ばれるこの捜索魔術は、主に人や動物といった“動くもの”を対象に用いられる。術者の魔力を練って造った蝶に探したい対象の情報をなるべく詳しく組み込んで、飛ばす。蝶は、キラキラと光るの鱗粉で道を作り、対象の元へと導いてくれるという魔術だ。
「うーん、でもなぁ。あたしは、もっと役に立つ魔術の方が良かったなぁ」
「何言ってんの。あーんな曖昧な情報で、こんなにきっちり『標の蝶』を使いこなせるのは、世界広しといえどココルしかいないよ」
「えーっ。エミリの分析魔術とか、シャーロットの結界魔術の方が絶対いいと思う」
『標の蝶』は物の探索も一応可能なので、鍵や財布をどこに置いたか忘れた時に使える。これはこれでとても便利だが、ココルとしてはもっと派手だったり、もっと実戦的な魔術に憧れてしまう。
そんな事を考えつつ、蝶を追いかけていくと……鱗粉の小道は、狭い路地に入り込んだ。
「こ、こんな所にいくの……?」
「ちょっ、ココル!待って!お尻つっかえそう!」
「わーっ!もう押さないでよ倒れちゃうでしょー!」
狭い路地を蟹歩きですり抜け、何処かのお宅の屋根をおっかなびっくり渡ってゆく。途中、猫とすれ違ったりしながら、ココルと同僚達は蝶の後を追いかけた。明らかに人間が通っていい道ではないと思うが、ここまで来たらもう意地だ。
――――こうなったら絶対、噂の占い師とやらをみつけてやる!
三人の思いが一つになったその時、視界が一気に開けた。それと同時に、案内していた蝶がふわりと空へ舞い上がってパンッ!と弾ける。魔術の目的が達成された合図である。
「……こんな所、初めて来た」
「あたしも」
噂の占い師がいるという『霧影の夢』のテントは、どこをどう通ったら辿り着けるか分からないような入り組んだ袋小路に立っていた。
夜の闇を薄く伸ばしたような紗を重ねた不思議なそのテントは、人が二人入ったら満員になってしまいそうなほど小さい。
「こ、ここに……本当に占い師がいるの?」
「テントは雰囲気満点だけど。挨拶してみよっか」
「おーい、ごめんくださーい」
ココル達が恐る恐る近付いてゆけば、風もないのに薄布がシャラ、と音を立てて揺れる。遠くから見たら黒一色だった天蓋は、様々な色が重なり合い、よく見れば小さな星がチラチラと光っていた。
予想以上の神秘的な雰囲気に呑まれて、ココル達が立ち竦んだその時。
『――――ようこそ、可愛いお客さん。さぁ、一人ずつ、中へお入り下さい』
紗の隙間から、お香の匂いと共に神秘的な声が響いてくる。ココルの頭の中に反響するようなその声は、男にも女にも、幼子にも老人にも聞こえた。
そうして不思議な声に誘われ、吸い寄せられるように、一人、また一人とテントの中へ足を踏み入れてゆく。
気付いた時には、テントの前にはココル一人しかいなかった。
『――――可愛いお客さん。怖がらなくても、獲って食いやしませんよ。さぁ、ようこそ、此方へいらっしゃいまし』
胡散臭い。途轍もなく、胡散臭い。
しかし、不審な心持ちとは裏腹に……ココルの足は、ゆっくりとテントの方へ向かい始めた。
入り口であろう、紗が重なり合った正面の隙間に立つと、中から強い風が吹いてくる。重なり合った天蓋の布が外へ広がり、ココルを招き入れるかのように包み込んだ。思わず目を瞑ると、お香の匂いがより一層強くなってゆく。
「――――『霧影の夢』へようこそ。小さな、可愛い、お客さん」
近くて遠い所から、柔らかな声が響く。
ココルが恐る恐る目を開けると、そこには噂の占い師――だと思われる女が一人、小さなテーブルの向こう側で微笑んでいたのだった。