第一話 走る少女と迎える男
まきぶろ先生&琴子先生主催のヤンデレ企画、参加作品です!!
ヤンデレを!!浴びるように!!読みたい!!
休日前の夕方は、街が一番活気づく時間だ。仕事終わりの商人から、学校帰りに買い食いに来た子ども達、散歩中のご老人から飲み屋のお姉さんまで。石畳の美しい大通りには、様々な人がひしめき合い、賑やかなお喋りがそこかしこで弾けている。
そんな中、一人の少女が人混みを掻き分けて走っていた。顎あたりで切り揃えられた金色の髪は柔らかく、人に揉まれて少しばかり頭の上で飛び跳ねたりしている。白いもっちりした肌と丸めの輪郭は、彼女を少し幼げに見せていた。人混みの中、ちょこまか走る足元を隠すローブは黒一色、胸にあしらわれた尾を噛み合う蛇の刺繍は、彼女が魔術研究所の職員であることを示している。
「ぅう……っ」
しかし、大きな薄水色の瞳は暗く、沈んでいた。時折苦しげに呻くその表情は、思い詰めた人間のそれだ。そんな彼女の様子に、すれ違う人の中には気遣わしげに振り返る人もいたが……小さなその姿は人混みに呑まれあっという間に視界から消えてしまった。
それに元より、誰も彼もが自分のことで忙しい。美味しい夕食と晩酌を前にすれば、彼女のことなんてすっかり忘れてしまうことだろう。
「はぁ、はぁ、ふー……」
やがて彼女は、小さな家にたどり着いた。庶民御用達、二階建て築20年のアパートの階段を駆け上がり、体当たりするような勢いで、赤い扉を開け放つ。
途端に広がるのは、肉の揚がる美味しそうな匂いだ。少し薄暗い玄関の向こう、台所のカーテンの隙間から、温かそうな橙色の明かりが漏れている。油が弾けるカラカラとした小気味のいい音に、少女のお腹がキュウッと鳴った。
「ふんふん、ふふんふーん」
匂いと音に引き寄せられるように、台所のカーテンを捲れば、そこには頭巾を結んだ茶髪の男がいた。機嫌よく鼻歌なんぞ歌っていた男の背は、見上げるほど高い。ちょうど、正面に立てば、彼女の頭が男の鳩尾に当たるぐらいだろうか。
タレ気味の瞳を大きく見開いた後、男は柔らかく微笑んだ。
「ん?おかえり。今日は早かったね」
「……ユリ、アス」
「鶏皮とひき肉が安かったから、晩御飯は鶏皮の包み揚げにしたんだよ。ひき肉は香草や野菜と混ぜてみたよ。ほらココ、揚げ物好きでしょ?もう少しで出来上がるから、手を洗って……ココ?」
「……良かった、無事で……っ」
「ん?」
少女は男を見つめ、しばし呆然と立ち尽くした。やがて、いつも朗らかに笑う口元は苦しげに引き結ばれ、好奇心と活気でキラキラしていた薄水色の瞳が、みるみる潤んでゆく。
常とは違う彼女の様子に、男は彼女の顔を覗き込み――
「う、うえええええんユリアスぅ!あたし!『ヤンデレ』に監禁されちゃうかもしれないよぉおおおおお!!」
「は……はぁあぁああ!!?」
大粒の涙を滝のように流しながら、少女――ココル・ブランシャは、そんな事を叫び、崩れ落ちたのだった。