④ 決着と合否判定
熟練のパーティーでさえ軽く蹂躙されてしまう程の凶悪なモンスターが、ヴィルヘルムたちのすぐそばで牙を剥いている。
崩壊したパーティー。追い詰められ、逃げ場はない。
「ひいぃ……」
死をすぐそこに感じ、リーネは目をギュッと閉じた。
絶望の余り、涙が滲んでくる。
しかし、どういうわけか、いつまで経っても攻撃がこない。
恐る恐る片目を開けてみると、サイレントドラゴンが大口を開けたまま固まっていた。
「あっ、あれ……? どうして動かなくなっちゃったの……?」
と、リーネが混乱していると――
「ぐえっ!」というザンズが押しのけられる声と共に、ヴィルヘルムがようやく立ち上がった。
「これだ」
堂々とした態度でそう言うヴィルヘルムの手には、一束の植物が握られていた。
「それは……、桃色薬草?」
「いいや、これはシビレソウだ」
シビレソウ。それは桃色薬草によく似ているが、誤って口にすると一週間は痺れて動けなくなってしまうという強力な薬効を持つ植物である。
「あいつに、これを喰わせてやった」
「ええっ!? 喰わせてやった!? い、いつ……?」
「リーネを助け出すときだ。あいつ、バカみたいに口の中が隙だらけだったからな」
「でも、泥の魔法は……」
「あぁ、それはついでだな」
「ついで!? おじさん、一体何者なの!?」
驚きの色を隠せないリーネに、優しく微笑みかけるヴィルヘルム。
「なぁに、俺はただのおじさんだよ」
◇ ◇ ◇
夕闇が鄙びた街ごと冒険者ギルドを包もうとしていた。
「あいつら、無事でいてくれよ……」
ボブリはギルドの入り口に立ち、心配そうに森の方を見詰めていた。
ギルドの中は、すでにFランクの冒険者として合格判定をもらった受験者たちで溢れ返っていた。
まだ帰って来ていないパーティーは、もうヴィルヘルムたちだけになっていた。
これ以上暗くなるようであれば、捜索隊を森に派遣しなければならない。
ボブリはそんな危機感に駆られ、「ヴィルヘルム……」と、呟きを漏らす。
すると、彼の死角から――
「呼んだか、ボブリ?」
「へっ!?」
ボブリが声の方を見ると、傷だらけになったヴィルヘルムたち一行が佇んでいた。
「遅くなって済まない。仲間が動けるようになるまで森で少し休んでいたんだ」
「ヴィルヘルム!? いつの間に、そこに!?」
「ん? あぁ、俺たちの気配に気が付かなかったのはこいつの魔力が干渉したせいだろう」
そう言ってヴィルヘルムが片腕で担いでいた物を地面に降ろすと、ズシンと大きな音がした。
頑丈な魔法の縄でグルグル巻きにされた透明の何か。
それは、ときたま、「ギギギ……」と、不気味な唸り声を上げている。
「おい、ヴィルヘルム。これは一体……?」
「こいつはサイレントドラゴンだ」
「サッ、サイレントドラゴンだと!?」
「俺も始めは信じられなかったよ。採取クエストの最中に襲われてな。森に危険が迫っていることをギルドに報告しなければと思って、生け捕りにしてきた」
「生け捕りぃ!?」
「そんなことより、これを見てくれ。桃色薬草だ。これで量が足りているか少し心配でな。俺たちは合格しているだろうか」
「アホか!! どこの世界にサイレントドラゴンを生け捕りにしてくる見習い冒険者がいるんだ!!」
「なっ!? たっ、頼む!! せめてザンズとリーネだけでも合格にしてやってくれないか? 二人とも頑張ってくれたんだ! ダメか?」
「何言ってやがる、全員合格だよ!! そんなもん、桃色薬草の量なんて関係あるか!!」
ザンズとリーネの方を見て、表情を綻ばせるヴィルヘルム。
「やったな、二人とも!! これで今日から俺たちはFランク冒険者だ!!」
彼の嬉しそうな顔を目の当たりにしたザンズは歯を見せて笑い、リーネは苦笑いを返した。
その後――
とある街に、片腕なのに化け物のような強さを持つFランク冒険者がいるという不思議な噂が立つようになった。
その隻腕のおじさんは、異常なまでに身体能力に秀でており、機動力や瞬発力、判断力ともにFランク冒険者のそれでは到底ないレベルだと言われているらしい。
ただ、その反面。
魔力のコントロールが頗る下手糞で、いつも掌から泥を撒き散らしているのだそうだ。
おしまい。
お付き合い下さいました皆様、お読みいただき誠にありがとうございました。
気に入っていただけていたら嬉しく存じます。