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② Fランクの試験の始まり

 

「なんで俺がこんな辛気(しんき)臭い奴と組まなきゃなんねぇんだ!」

「それは私のセリフだから! どうして私があんたみたいな筋肉猿と組まなきゃいけないのよ!」

「あぁん!? 誰の脳みそが筋肉でムキムキだって!?」

「いや、私そこまでは言ってないから!! っていうか猿の方は別にいいの!?」


 ずんずん森の奥へと進んでいくヴィルヘルムの左右から、若い男女の応酬が聞こえる。


「まぁまぁ、二人とも落ち着け。クエストの最中は常に冷静沈着でいないといけない」


 ヴィルヘルムは、同じパーティーに選ばれた二人を(なだ)めるようにそう言った。


 たった今、「筋肉猿」との呼び声が上がったザンズは、自慢の大剣を背にしてもなお、楽々とヴィルヘルムの歩調についていく。


 その一方で、魔法使いらしい黒一色のローブに身を包んだリーネは、額に汗を(にじ)ませながら必死に二人の男たちについてきていた。


「はぁ……。もっと早くパーティーを組めていたら、こんな森の奥まで来なくて済んだのに……」


 リーネは深い溜め息を吐いた。


 Fランクの冒険者として本登録してもらうための試験は、三人一組で行われるものであった。


 冒険者養成学校の生徒たちの中でも、ザンズとリーネは、他の誰よりも努力家で、冒険者としての素質に(ひい)でていた。


 しかし、それゆえ、嫉妬(しっと)の対象となりがちだった二人は、本人たちの強気な性格も相まって、なかなかパーティーを組むことができないでいたのである。


 そんな中、周囲の受験者がほぼ全員15歳かそこらの冒険者養成学校の卒業生という完全にアウェイな状況で、ヴィルヘルムは、最後まで余り者になって困っていたザンズとリーネに声を掛けたのだった。


「ふんっ、自業自得だ」

「何よ! あんただって、ぼっちで途方に暮れていたじゃない!」

「なっ!? 断じてそんなことはない!!」


 クエストの対象物となっている桃色薬草(ピンクハーブ)は森の奥に生えているはずだったのだが、先発したパーティーに根こそぎ採取されてしまっていたので、パーティー編成の段階で大幅なタイムロスがあったヴィルヘルムたち一行は、より森の奥深くにまで探索範囲を広げなくてはいけなかった。


「そっ、それにしても……。おじさん、ちょっと体力ありすぎじゃない……?」

「おっ? そうか?」


 息の荒いリーネの言葉を聞いて、左右の二人がまだ冒険者見習いだったことを思い出し、ヴィルヘルムは速度を落とした。


「お前、魔力は学校一だったかもしれないけど、もう少し体力をつけた方がいいんじゃないか?」

「うるさいわね! 体力バカは黙っていなさいザンズ!」

「ああん!? 誰の体力が狂戦士(バーサーカー)だって!?」

「いや、私一言もそんなこと言っていないんだけど!?」


 再び言い合いを始めるザンズとリーネ。


「おっ! あったぞ、二人とも! 桃色薬草(ピンクハーブ)だ!」


 バチバチに口喧嘩を交わす二人の興味をそらすように、ヴィルヘルムが指をさした。


 ぼんやりと霧の立ち込めた森の深部に、桃色薬草(ピンクハーブ)が群生していた。


「さぁ、さぁ。早く採取して暗くなる前に帰ろう」


 ヴィルヘルムは、もうすっかり二人の保護者になった気分でそう言った。


 ◇ ◇ ◇


「ふう……。これで足りているかしら……」

「あぁ、それだけあれば充分だろう」


 リーネとヴィルヘルムの鞄には、しっかりと桃色薬草(ピンクハーブ)が詰められていた。


 その一方で――


「んんん? 桃色薬草(ピンクハーブ)って、これでいいんだよな……?」

「あんた、言っておくけど、その草。シビレソウだからね?」

「えっ!?」

「いくら桃色薬草(ピンクハーブ)に似ているからって、間違えてそれを食べたりしたら、向こう一週間は(しび)れて動けないわよ」

「ししししし、知ってるわい!」


 ザンズは手に握りしめていたシビレソウを慌てて放り投げた。


「全く……。あんたは……」

「座学の成績優秀者のお前と一緒にするんじゃねぇよ! 普通、こんなの見分けられるわけないって!」

「何を言っているの? あんたもおじさんを見習いなさい。完璧に()り分けができているんだから」


 基礎中の基礎とまでは言わないが、Sランクパーティーに属していたヴィルヘルムにとっては、こんな選別は朝飯前のことだった。


「すげぇ……。おっさん、なんで分かるんだ……?」


 ヴィルヘルムは何も言わなかった。


 しかし、それはザンズに(あき)れていたからではない。


 彼の冒険者としての勘が、身近に危機が差し迫っていることを告げていたからである。


 ヴィルヘルムは左手に剣を構えた。

 

「二人とも、敵だ」


 その声を聞いて異変を察知したリーネは、素早く周囲に索敵魔法を展開し――


「ザンズ! あっち!」


 発見したモンスターの方角を、冷静にザンズに伝えるリーネ。


「任せろっ!」


 そして、大剣を担ぎ上げて臨戦態勢に入るザンズ。


 茂みが揺れ、そこからどっしりとした体格のモンスターが現れた。


「グレイトベア……!?」


 ヴィルヘルムは、その熊のモンスターに見覚えがあった。


 グレイトベア。それは、厚い毛皮に覆われていて攻撃を通しにくく、鋭利な爪が特徴のDランク級のモンスターである。


 見た目に反することなく剛腕で、群れで襲われれば駆け出しの冒険者では到底太刀打ちできない強さを持っている。


 ここは森の奥地とはいえ、Dランク級のモンスターなど生息しているはずはないし、本来ならばグレイトベアはもっと危険な山岳地帯で活動している種族のはずなのだが。


 と、ヴィルヘルムは、目の前に現れた場違いの存在から、ほのかな異変を感じ取っていた。


 すると――


「安心しろ! リーネとおっさんは俺が守るっ!」


 ザンズが決意の顔つきで二人の前に立ち、グレイトベアと向かい合った。


 ヴィルヘルムには、冒険者としての長年の経験から、自分と同じ剣士であるザンズの力量が分かっていた。


 ザンズは強い。おそらくグレイトベア単体ならば簡単に(ほふ)れるだろう。しかし、万が一イレギュラーなことが起こるようだったら、自分が……。


 そんなことを考えながら、ヴィルヘルムも慣れない左手で構えていた剣の柄を固く握った。


「グオォォォォォォ!!」


 グレイトベアが吠える。


「こいやぁぁぁぁぁ!!」


 負けじと、ザンズが声を張り上げる。


 次の瞬間、二人が動き出す。


 グレイトベアが丸太のように太い腕を振り、ザンズの命を刈り取ろうとした。


 しかし、鋭い爪は、しっかりとザンズの大剣によって受け止められていた。


「今度は、こっちの攻撃だっ!! 喰らえっ!!」


 強靭な肉体でグレイトベアの爪を弾き、そこにできた(わず)かな隙を狙ったザンズの一閃。


 ただ、グレイトベアも雑魚モンスターというわけではない。


 驚異的な反射神経でその剣技を(かわ)すと、グレイトベアの脇腹を(かす)めるようにして、浅く切り傷が入った。


「ちっ!! 素早い野郎だ!!」


 体勢を立て直したグレイトベアを見て、ザンズが舌打ちをした。


 すると、そのとき。


「グオォォォォォォ!!」


 再び叫び声を上げたかと思うと、グレイトベアは、森の奥に向かってそそくさと逃げて行った。


「なんだったのかしら……」

「ちくしょう! あいつ、俺にビビッて逃げていきやがった!」


 残されたリーネとザンズが、あっけない戦闘の終了に戸惑っている。


「リーネ、もう一度索敵魔法を頼む。できるだけ広範囲に」


 唐突に神妙な表情でそう言うヴィルヘルムに、リーネは只事ではないのかもしれないと、より広域かつ精密に索敵魔法を展開した。


「うん。やっぱり魔法で感知できるのは、グレイトベアが一匹だけ。しかも、ここから全速力で逃げているわ」

「ははっ! やはりあいつは俺という存在に恐れをなして……」

「待って! 今、グレイトベアの反応が消えた!」

「へっ? 急に消えたのか? 間違いじゃなくて?」

「うん、絶対に消えたわ! まるで誰かに一瞬で殺されたみたいに……」

「殺された? 周りに他のモンスターの反応がないんだろう? なのにどうして?」

「私にも分かんないわよ! でも急に……」


 リーネとザンズだけではない。


 今やヴィルヘルムでさえも得体の知れない不安を感じ始めていた。


 確かにグレイトベアは去った。それなのに、まだ冒険者としての勘が危険を知らせているようだった。


 それこそ、ストームドラゴンと対峙(たいじ)したときのような死の危険を……。

読者の皆様、お読みいただき誠にありがとうございます。


本作品は全四部となっており、次部分はチェックが終わり次第、随時投稿していく予定です。


もし気に入っていただけていたら、お付き合いの程よろしくお願いします。

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