① 脱退と再出発
一流の冒険者は、二度と同じ間違いを繰り返さない。
これは優れた冒険者になるための心得である。
昔から語り続けられており、冒険者の間ではもう常識になっている言葉ではあったが、それは一流の冒険者というものが、一度の失敗すら死に直結するギリギリのところで戦っていることの証左でもあった。
そして、今日もまた一人。
とある冒険者が命を落としかけ、それを庇った剣士が利き腕を失うこととなった。
「ロイ、何も言うな。大丈夫、俺は分かっている」
「すまない、ヴィルヘルムさん……」
大都市ギルドの会議室で、隻腕の剣士ヴィルヘルムと、Sランクパーティーの代表ロイが、深刻な表情で話し合いをしていた。
「俺は今日付けでこのパーティーから抜けさせてもらう」
「ううっ……。本当にすまない……」
「みんなにはロイから上手く伝えておいてくれ。特にレイナにはな」
「うううっ……」
「長い間、本当に世話になった」
Sランク級のモンスター、ストームドラゴン。
その討伐任務の遂行中、隊列の後方で攻撃魔法を詠唱していたレイナが狙われ、それを庇ったヴィルヘルムが利き腕である右腕を失うこととなったのである。
Sランクパーティーの任務は、常に死と隣り合わせの苛酷なものである。
片腕になり戦闘力を大幅に下げてしまった今、このままというわけにはいかなかった。
ベテランの冒険者であるヴィルヘルムは重々それを承知していたため、追放や除名など他者からの働きかけがある前に、自分自身でパーティーからの脱退を表明したのである。
今年で39歳になるヴィルヘルムは、自分より遥かに若いロイの泣き顔を見ながら、これまでの冒険の数々を懐かしんだ。
旅立ちの日の決意、初めてクエストを成功させたときの言いようのない喜び、自分の未熟さゆえに敗走したときの悔しさ、血の滲む思いで剣技の研鑽に励んだ日々、救った村の人々から感謝されたあの朝焼けの景色。
俺の冒険者としての人生もここまでか……。
ヴィルヘルムの目頭がじわりと熱くなってくる。
「それでは、またな。みんなの武運を祈っている……」
泣きじゃくっているロイの肩にそっと左手を置くと、ヴィルヘルムは別れを告げた。
◇ ◇ ◇
それから数日が経った。
「げっ! ヴィルヘルム!」
地方の鄙びた冒険者ギルドに、小さな悲鳴が上がった。
「おい、お前! なんでこんなところにいるんだよ!」
「よぉ、ボブリじゃないか。久し振りだなぁ。急に見なくなったと思っていたが、ここに飛ばされていたのか」
かつて大都市ギルドに勤めていたボブリは、ヴィルヘルムと顔馴染みだった。
彼は激務のストレスを毎日のように酒で発散していたが、そのせいで遅刻の常習犯だったのである。
「飛ばされたとか言うな! 俺は心を入れ替えて、こっちで真面目にやっているんだ!」
「はははっ! そうだったのか!」
「それで、今日は何をしに……」
そこまで言って、ボブリは口を噤んだ。
彼の視線は、ヴィルヘルムの右腕があった部分に注がれていた。
「あぁ。ここからまた出直そうと思ってな。Fランクの冒険者として、仮登録をしにきたんだ」
ヴィルヘルムは、Sランクパーティーから脱退した後、これからの自分の人生について考えた。
どこかに利き腕を失った剣士を拾ってくれるパーティーはあるだろうか。いや、こんなお荷物、誰もパーティーに加えようとしないだろう。
それでは、冒険者を育成するための教育者になろうか。いや、俺はどちらかと言えば感覚派の剣士だ。上手く教えられるわけがない。
こうした葛藤があり、ヴィルヘルムは、「やはり自分には腕っぷししかない」と、冒険者としてまたイチから再出発することに決めたのであった。
「Fランク……。元Sランクのお前がねぇ……」
「左手で剣を振るうのはまだ慣れないが、コツコツやっていくつもりだ。それにほら、これを見てくれ」
ヴィルヘルムの左手から、小さな水の塊が現れた。
彼は、心機一転、今までからっきしダメだった魔法にも挑戦してみることにしたのである。
しかし――
「むうっ。まだ魔力の調整が難しいな」
出力している水属性の魔力に、土属性の魔力が混ざってしまい、みるみる内に水が泥の色に濁ってしまった。
「再出発ってことか。よし、分かった。仮登録の件、俺に任せろ」
「そうか、ボブリ。助かる」
「それで、本登録についてだが……」
「試験があるのだろう?」
「あぁ、そうだ。ここの試験は毎回同じで、桃色薬草の採取になっている」
「ほう、採取クエストか」
「比較的出現モンスターも弱い近くの森の奥に群生しているんだが……。まぁ、お前には楽勝だろうよ」
「いや、気を引き締めて行かせてもらう。で、試験の日はいつなんだ?」
「10日後だ」
「意外と近いんだな。試験は年に数回のものだと思っていたが」
「あぁ。つい先日、この街の冒険者養成学校で卒業式があったばかりなんだ。おそらく若い子とパーティーを組んでクエストに行ってもらうことになるだろう」
「分かった、10日後だな。合格に向けて10日間、しっかりと準備をしておくよ」
「はははっ、そんな大袈裟な! まぁ、本番は、せいぜい若い子たちの足手纏いにならないようにな! ヴィルヘルムおじさん!」
「はははっ、違いない! 俺はもうおじさんだからな!」
ヴィルヘルムの年齢――39歳は、冒険者としてはまだまだ現役の歳である。
それでも、ヴィルヘルムの緊張をほぐすように叩いたボブリの軽口を、ヴィルヘルムはありがたく感じていた。
読者の皆様、お読みいただき誠にありがとうございます。
本作品は全四部となっており、次部分はチェックが終わり次第、随時投稿していく予定です。
もし気に入っていただけていたら、お付き合いの程よろしくお願いします。