光>闇なんて誰が決めたのよ。悪役令嬢っぽい見た目だけで判断しないで欲しいわ
恋愛タグなのに恋愛要素が薄いかも
「闇魔法の何が悪いと仰るのかしら?」
「だって闇魔法なんて悪い人が使う魔法です。そんな人がアルフ様の婚約者だなんて酷すぎます!これ以上縛り付けるのはもうやめてください!王子様だって自由に好きな人と恋愛をするべきです」
魔法学園の食堂で言い合う2人の女生徒。
相手の支離滅裂な物言いに辟易としながら、面倒くさそうに相手をしている生徒は、王太子アルフレートの婚約者エレナ・シュトラウス公爵令嬢。
彼女は優秀な魔道士を多く輩出する名門シュトラウス公爵家の長女。一族の歴史でも有数の魔力量を誇る将来有望な人物であったが、王国でも数年に一人しか生まれない闇属性の持ち主であったため、おかしな評判が立っている。
曰く、闇は悪の象徴、光の対極にあり決して相容れない存在と言われているが、これは創作によるところが大きい。
元来闇は夜の安息と眠り、調和を司る属性であり、光と対極にはあるが、相容れないものでないことは研究によって実証されている。
しかし、巷で流布する英雄譚~かつて起こった人類と魔王の戦い、闇の眷属を従え世界を支配せんとする魔王と光を纏い立ち向かう勇者の物語~のせいでどうしても闇属性は光の敵役に回ることが多く、魔法を扱えない平民層では、いつの間にか闇=悪という図式が固定概念として定着していた。
エレナもそんな固定概念に加え、その勝ち気な風貌と、完璧な令嬢としての立ち振る舞いなども合わさって、なんとなく怜悧な印象を与え、悪役っぽいと勝手に近寄りがたいイメージを持たれていた。
実際に接した者は、成績優秀で誰にでも平等に接する彼女を、そのクールビューティーな容姿から本人の知らないところで「学園の黒薔薇様」という愛称で呼んでいるのだが、あからさまにエレナを悪役令嬢扱いする生徒も一部に存在した。
その筆頭が今言い合いをしている相手〈闇属性と同じく使い手が希少な光属性の持ち主〉パウラ・ダールマン子爵令嬢。
これまで著名な魔道士を輩出したことが無いダールマン子爵家に、初の光属性持ちとして生まれたパウラは、蝶よ花よと大事に育てられ、天真爛漫な少女に成長した。
と言えば聞こえは良いのだが、元々魔法適性の低いダールマン家には魔道士教育のノウハウが無いうえ、本人も希少な光属性ということに胡座をかき、本格的な魔法の勉強をしてこなかったので、魔力のコントロールもままならない状態で入学を迎えることとなる。
それでも光属性持ちとしてのプライドだけは高かった彼女は、入学式で「闇が光に敵うはずないのよ!」とエレナに対しよく分からんライバル宣言をするのであった。
彼女は魔力だけは高かった。これで鍛錬を重ねればエレナと互するとまでは言わないが、それなりの魔道士になれる才はあったのだが、蝶よ花よと育てられた結果、常にチヤホヤされないと気が済まないお嬢様になっていた彼女は、希少な光属性持ちとお近づきになりたいという令息達を、その男を惹き付けてやまない可憐な容姿と相手をほっこりさせる雰囲気で次々に虜にし、主にキャッキャウフフなお勉強をメインにしてしまった。
当然日々鍛錬を続けるエレナとは差が開く一方。それでもパウラは「光が闇に負けるわけが無い」という根拠の無い自信を胸に、月1で行われる模擬戦で教師から「実力差がありすぎる」と止められるのも聞かず、毎回エレナに挑戦するのであった。
ちなみにこれまでの対戦成績はエレナの47勝1不戦敗。
エレナも最初のうちは面白半分で相手にしていたが、さすがに格下過ぎる相手に連勝を続けても大した評価が得られないので、1度対戦を拒否したら不戦敗扱いになってしまい、パウラが「自分に勝てないからエレナが逃げた」と吹聴して回るので、それ以降は毎回完膚なきまでに叩き潰すようにした。
それ以外にもパウラはウザ絡みしてくる事が多く、エレナは相手にしたくなかったが、彼女が婚約者のいる令息と懇ろになっているため、公爵令嬢として苦言を呈せざるを得ず、顔を合わせては言い合いになる→パウラに懸想する令息達が加勢してきて余計に揉めるという負のループが続いている。
それでも今までは月1の模擬戦でボッコボコにして鬱憤晴らし出来たのだが、最近別の頭痛の種が発生した。
パウラが高位貴族の令息に飽き足りず、王太子に粉をかけ始めたのだ。
王太子もエレナと同じ18歳、学園の同級生。
二人は政略結婚ではあるが、互いに相手の研鑽を惜しまぬ姿勢を好ましく思っており、仲は良好。今のところ王太子がパウラに靡く様子ゼロなのだが、自分の婚約者にチョッカイ出されて黙っている訳にはいかないので、最近は余計に揉めている。
入学当初、光属性と闇属性が同学年に在籍する学園史上初の出来事に、何か凶兆の前触れではないかと噂する声があったが、その噂が明後日の方向で現実となっていたのだ。
「エレナ様!アルフ様との婚約を解消してください!」
「ダールマン子爵令嬢様。私の婚約者、それも王太子殿下を許しもなく愛称呼びとはどういう了見ですか。当家に喧嘩を売るおつもりですか?」
「私は!アルフ様と仲良くなりたいだけです!それに、アルフ様は名前呼びで怒るような方ではありません!」
「では、彼を解放しろとはどういうことでしょうか。貴女が仲良くなるのと私が離れることに、何の関係があるのでしょう」
「それは、闇使いの貴女と一緒ではアルフ様が破滅の道を歩んでしまい、幸せになれないからです!」
「闇魔法の何が悪いと仰るのかしら?」
「だって闇魔法なんて悪い人が使う魔法です。そんな人がアルフ様の婚約者だなんて酷すぎます!これ以上縛り付けるのはもうやめてください!王子様だって自由に好きな人と恋愛をするべきです」」
ここで冒頭の会話に戻る。
「この婚約は王命によるもの、それを解消せよなどとは不敬罪に問われます。お言葉を訂正なされませ」
「でもそんなの間違ってます!」
(お花畑すぎる…でもこのままウダウダやってると間違いなく邪魔が入って来そうね)
「エレナ・シュトラウス公爵令嬢、貴様またパウラを虐めているのか!貴様のような闇女は王太子の妃にふさわしくない!今すぐ婚約者の地位を辞するよう勧告する!」
(ほら来た…)
現れたのはゲルトフ侯爵家の長男カインを筆頭にパウラに懸想する通称「パウラ親衛隊」の面々。
「パウラが言い返せないことを良いことに罵詈雑言の数々を浴びせる愚行、公爵令嬢としてあるまじき醜態ではないか!」
「(いや、この娘普通に言い返してきますけど……)本人のお許しもなく王太子殿下を愛称呼びは不敬罪に問われるおそれもありますので、彼女のために申し上げているんですのよ」
「それは殿下のお心がパウラに移ったがゆえの嫉妬であろう。」
「嫉妬などあるわけ無いでしょう(殿下本人が鬱陶しいと言ってますが?)」
「模擬戦で貴様がパウラをいたぶり愉悦に浸るあの表情、嫉妬以外のに何があるのだ!」
「パウラ様は先生方の諫めも聞かず毎回果敢に挑んできますので、その心意気やよしとお相手しているだけですわ(普段イライラさせられているのだから、それは笑顔にもなりますよ)」
「ふざけるな!何故それでパウラが毎回瀕死の状態まで追い込まれるのだ!」
「単純に実力差だろ」
公爵令嬢と侯爵令息、二人の高位貴族子弟の言い争いに誰も仲裁ができない中、一人の男がそこへ割って入る。
アルフレート王太子その人だ。
「カイン、誰の心が移ったって言うんだい?」
王太子の姿を見つけた途端、パウラが「アルフ様~」と抱きつこうとしたが、アルフレートはさっと身をかわす。
「ダールマン子爵令嬢、婚約者のいる男に抱き付こうとするな。それに愛称呼びはしないよう何度も申しつけておるのにまだ理解せぬのか」
アルフレート、口調は穏やかだが明らかに怒っている。
「でも、アルフ様は私を助けに来てくれたんですよね」
目をウルウルさせながら縋るようにパウラが語りかける。
「私の婚約者はエレナだ。なんで貴女を助けると思うのだ。助けるならばエレナに決まっているではないか」
「ですが、殿下はパウラを可愛いと仰っていたではありませんか」
「その容姿が可愛いか否かという問いに一般論で答えただけだ。女性として好みだと言った覚えはない」
「でも、いつも頑張れって応援して下さっているではありませんか!」
「それは同級生なのだから当たり前だろう。ましてパウラ嬢は成績がよろしくないようだから、王太子である私が注意しては角が立つ。故に頑張るようにと声をかけていたのではないか」
王太子がパウラに懸想しているという根拠を次々と否定するアルフレート。それでも諦めないパウラは芝居がかった声で叫ぶ。
「でも…でも…エレナ様がアルフ様の側にいては幸せになれません。あの方はアルフ様には相応しくありません!」
「ほう…エレナの何が相応しくないと申すのだ」
「だって…闇の力は悪いもの、いつか光の前に滅ぼされる存在。そんな方よりも光の力を持つ私の方がお側に仕えるのに相応しいはずです!」
周囲は「嘘くせぇ」「猫かぶり杉」と冷ややかな目で見ているが、健気な少女を演じきったと悦に入っているパウラは気づかない。
「闇が光に劣るなど誰が決めた」
「えっ?」
「確かに光と闇は対極に位置するもの。なれど双方の属性に有利不利は存在しない。君は何を根拠に闇が光に劣ると言うのだ」
パウラ渾身の演技もアルフレートには届かない。
闇が光に劣るという事実はないのだから、パウラがどれほど庇護翼をそそる仕草で訴えかけようとも、王子にはその言い分が聞き届けられるものではないことは明白なのだから。
「でも、物語ではいつも光が闇に打ち勝ちます!光が闇に負けるはずはないんです!」
それでもめげずに訴え続けるパウラの言を鼻で笑うアルフレート。完全にゴミを見るような視線である。
「物語の中ではな。だがそれは単純に光の勇者が闇の魔王より強かっただけだ。現に君はエレナに一度でも勝ったことがあるのかい」
「一度だけあります!」
「それは不戦勝だろ。戦ってもいないのに勝ったことにするとは、君の記憶力は恐ろしいな」
「……」
「光と闇は対等な力を持ち、有利不利など存在しないことは学園に入るより前から調べれば簡単に分かることだ。それすら知らぬとは君は学園で何を学んだのだ」
「そんな…嘘よ…光が負けるはずないのよ」
アルフレートは狼狽えるパウラに畳み掛けるように続ける。
「闇属性は悪ではない、悪しき心を持つ者が悪なのだ。力を与える火属性も焼き尽くす業火となる。潤いを与える水属性も全てを飲み込む濁流になる。実際には魔王に与した光魔法使いもいる。魔法を扱う者が光は善、闇は悪なとど決め付けて許されるのは子供の時だけだ」
「……」
「エレナのライバルと言うのなら、せめて対等に戦える力を身につけてこい。もっとも、卒業すら危うい君が残り一年足らずの学園生活で追いつければの話だがな」
エレナは卒業後王太子妃になる。さすがに妃になれば模擬戦などやることはほぼ有り得ないから、パウラが勝つチャンスは学園にいる間。
だが、アルフレートの声は貴様には到底無理だろうと馬鹿にしたようなものであった。
「ダールマン子爵令嬢、ゲルトフ侯爵令息、その他の令息どももよく聞け。我が横に並び立つ者はエレナ・シュトラウス公爵令嬢ただ一人、彼女の才は余人を持って代え難い。これまではエレナの慈悲によって許されていたが、これ以上我が婚約者を侮辱することは私が許さぬ。しかと覚えておけ」
パウラ親衛隊の面々は青ざめた。これまでの事は不問と言っているが、王太子の心証が悪くなったのは確実。それは自身の出世の道が絶たれたに等しいからだ。
そしてパウラは一人「嘘よ…嘘よ」とうなだれている。エレナのライバルとなれる日は永遠に来ることはなさそうだ。
◆
「今日もエレナは変わらず美しいな」
「殿下、あまり言われ続けるとありがたみが薄れてしまいますわ」
騒動から一年後、アルフレートとエレナは学園を卒業し、今は結婚を控えた準備期間である。
あれ以来アルフレートは今まで以上にエレナへ愛を囁くようになった。エレナは心配しすぎだと苦笑するが、愛する者から言われる言葉を嫌う理由もないので、そのまま受け入れている。
騒動をおこした面々の処罰に関し、アルフレートは特に何も言わなかった。
騒動を聞きつけた各家の親から先に謝罪があったからだ。
アルフレートは本人たちが反省していれば罪には問わないと言ったが、そこは海千山千の貴族達、禍根の種は取り除こうと冷や飯を食わせているらしい。廃嫡されないだけまだマシかもしれない。
パウラはなんとか卒業はできたが、魔道士として活躍できるだけの力は無く、どこにも就職出来なかった。
とはいえ、希少な光属性。いつ才能が開花するかも分からないし、その時に変な男に引っ掛かってその力を悪用されても困るので、魔道騎士団の雑用係として監視も兼ねて保護されている。
「あの子がもう少し力を発揮出来ていればなぁ…」
「残念だったか?」
「子供じみているけど、光対闇なんてワクワクしない?結局、根拠の無い自信だけで全然成長しなかったけどね」
「俺としては成長しなくて良かったな」
「どうして?」
「彼女がエレナ並みの実力を持っていたらあの程度の騒動では治まらなかっただろうからな」
「もしそうだったら、私じゃなくあの子を選んだのかしら」
「それはない、俺はエレナが大好きだからな。それ以外の未来は無い」
「ありがとうアルフ、私も大好きよ」
その後国王に即位したアルフレートは、生涯ただ一人妻とした女性の献身もあり、王国歴代でも最高の名君と賞されるのであった。
今日も夜の帳は王国を安らぎに包み込んでいく。
「パウラ嬢と戦うのは手加減が大変だったのではないか?」
「ギリギリ生き残る限界を見極めて、力を制御する訓練にはなりました」
「なるほどね。そこまでやるわりに、戦った後すぐに治癒魔法かけてあげてたから、そうだとは思ったけど」
「死なれては困りますから。さすがに人殺しが王太子妃はまずいでしょう」
「さすがに殺意までは抱かなかったと」
「本当に殺す気なら、一発で常世の闇へ誘ってますわ」
「そりゃそうだな」
お読み頂きありがとうございます。