どうしたんです?
ワゼル。建国当時からミカド家が代々統治する国だ。
フリーシアやファシュトリアといった国々が大陸内に位置する中、現在は唯一の島国となっており、その特有の海洋資源を武器に国益を得ている。
現在は第六九代皇帝のヤマト・ミカドが統治し、賢帝として名を馳せている。
そのワゼルの首都であるトガルに降り立ったウェグルとキュラスは城下を歩きながら、皇帝ヤマトの住まう帝城ミカヅチへと向かっていた。
「久しぶりに来ました」
「私は記憶を封じる前が最後だ」
二人は認識阻害の魔術を用い、自分達の存在が気取られないようにしながら人々の間を抜けて帝城へと歩を進めた。
「ヤマトは上手く統治出来ているようで何よりです」
「少なくとも、リーヴァスが荒れるようなことをした男に比べればマシだろうな」
「間違いありませんね」
ウェグルは苦笑を浮かべた。
「邪神が倒れた後は国が安定させるために奔走し、息子に王位を譲った後は孫と共に暮らす。楽しい日々でした」
道行く人々を眺めながら、ウェグルは懐かしむように目を細めた。
「しかし妻や子、孫達の命は短かった。いや……私が長過ぎました。いつからか見送るばかりになり、変わらずに生きる私を国が頼るようになってしまった」
「次第に国の父と呼び、お前が慕われるのも無理はないだろう。かつては善き為政者としてやっていたからな」
「それは有り難いことです。けれども……政治をする際に私の顔色をうかがうのは有り難くはなかった」
「そうなっては、ただの重りになってしまうな」
「ええ。だから私がリーヴァスから身を引くには丁度良かった。もっと相応しいやり方はあったでしょうがね……おや、迎えが来たようですよ」
ウェグルとキュラスの後ろに一人の男が付き、「次の角を右にお曲がりください」と低音の声が二人の耳に届いた。
「おや、貴方が直々に迎えに来るとは」
聞き覚えのある声にウェグルは驚いた様子を見せた。
「用心に越したことはありませんので……というよりウェグル様、私が後ろに付いた時点で気づいていたのでは?」
男の疑いの言葉に「ははは」と小さな笑い声でウェグルは返事をした。
「全く……」
男が呆れた声を漏らすのを聞きながら、ウェグルとキュラスは角を曲がった。
先にあったのは装飾はが殆どなされていない、一台の馬車だった。しかし、見る者次第では使われている素材が高級品であることが分かる代物だ。
「中へどうぞ」
男に促され、二人は馬車の中へ乗り込み、最後に男も乗り込むと御者が馬車を動かした。
「別に、城に直接来てくださっても良かったんですがね……」
よれた紺の着物を着込み、黒いボサボサの髪を掻きながらウェグル達の対面に座った男は口を開いた。
「一応は死んだことになっている私が、いきなり城に現れたら拙いでしょう。しかし、まさか迎えが貴方だとは思いませんでしたよ、クロバ大将殿?」
「いやあ。主に話を聞かされている者の中で、動けるのが私と御者を務めている者しか居なくてですね」
クロバと呼ばれた男は苦笑いを浮かべた。
「そういえば、キュラス様とは挨拶がまだでしたね。リュウゾウ・クロバと申します。以後お見知り置きを」
「キュラスだ、姓は捨てた。ワゼルの大将の勇名は聞き及んでいる、常軌を逸した剣豪だとな」
「誇張された話です。実際の私はまだまだ未熟者、お恥ずかしい限りです」
キュラスが振った話題に、リュウゾウは気恥しそうに頬を掻いた。
馬車に揺られて数十分後、三人は城に到着した。
主に漆喰と瓦屋根で建造された城内へと入り、リュウゾウを先頭にして板張りの床を進んでいく。
「こちらで主が待っています。どうぞ」
リュウゾウはノックもせずにドアを開けた。
その様子を見たキュラスは内心でリュウゾウの行動は大丈夫かと首を傾げたが、気にせずに入室するウェグルを見て考えるのを止めた。
「来たか。リュウゾウ、御苦労だった」
出迎えたのは老齢の男性だ。声は覇気に溢れ、質の良い着物から覗く腕は鍛え抜かれているのが見てとれ、異様な存在感を放っていた。
「久しぶりですね、ヤマト」
「ああ、まずは座ってくれ。そうそう、ちゃんとリーヴァスから連絡が来たぞ?」
ウェグルとキュラスに座るよう促し、茶化すようにヤマトは言った。
「ズズッ……どうやら上手くいったようですね」
用意された茶を堪能し、ウェグルは安堵の顔を浮かべた。
「しかし、それと一緒に異世界人と他に一人が行方不明だと連絡が来た」
「他に一人?」
ヤマトからの予想外の情報にウェグルは目を細めた。
「ああ、フォルティナ家の使用人の一人。ミオンだ」
「ミオンが……?」
「んん? いや……まさか……」
「どうしたんです?」
ウェグルは何かに気づいた様子を見せたキュラスに問いかけた。
「いや……なんとなくなんだが、知り合いの名前に似ていると思ってな……」
歯切れ悪く、キュラスは口を開いた。
「知り合いの名前?」
わざわざ知り合いの名前に似ているだけで言うことなのかと、ヤマトは首を傾げた。
「知り合いと言っても……まさか……」
該当する人物が思い至り、ウェグルは目を見開いた。
(もしミオンがあの女ならば、成功しても世界への影響が甚大になる……!)
計画通りであれば最小限の被害で事を終わらせられる筈が、今の今まで記憶の中から掠りもしなかった存在によって狂わされることにウェグルは歯噛みした。
「何度も会っていた筈のウェグルが気づかないんだ。かなり強力なのを使っていた反動で今まで大した動きが出来なかったんだろう。しかし……あいつのことだ、どれだけの犠牲者になっても目的を果たそうとするぞ」
キュラスは背もたれにその身を預け、深く息を吸った。




