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イタダキマス

「リフィナ……」

「久しぶり。さあ、中に入って」


 瞳を潤ませたままのリフィナに促され、ユウジは家の中に入った。

 簡素な家具を花瓶に挿された花々が置かれたり、柄のあるクロスが掛けられるたりすることで家の中に華があった。


「こっちよ」


 リフィナに手を引かれ、ユウジはダイニングへと通された。


「あとはパンが焼けたら終わりだから座って」


 言われるがままにユウジはダイニングテーブルに座り、テーブルの上に並べられた料理を見つめた。

 並べられているのは彩りの良い野菜が盛り付けられたサラダ、湯気をのぼらせながら垂涎ものの香りを出すビーフシチューにナイフを入れた瞬間に肉汁が溢れそうなハンバーグ、ふわふわの卵が覆うオムライスなど、リフィナが言っていた通りユウジが好む料理ばかりだった。


「ん?」


 しかし、テーブルに並べられているのはどう見ても二人分にしてはやけに多い。幾らユウジの為に作ってくれた料理だと分かっていても、腹の限界は決まっている。

 誰か他に来るのだろうか、そう思いユウジはリフィナに声を掛けようと顔を向けるが、


「よし、出来上がり」


 つい先程まで瞳を濡らしていたとは思えない明るい様子で、リフィナがタイミング良く振り返ったことで声を掛ける機会を失ってしまう。


「どうかしたの?」


 ミトンを着けた手でパンを乗せたオーブン用の天板を持ち、ユウジの様子を見かねてリフィナが茶の髪を揺らしながら首を傾げた。


「いや……」

「もしかして……好みが変わって嫌いなものばかりになってた?」


 途端にリフィナが不安そうな顔をする。


「それは違う。ただ……二人分にしては多いと思ってな」

「良かった……料理が多いのはもう一人来るからよ」


 リフィナはホッとした様子を見せた後、「ユウジも知っている人が来るわ」とパンを天板から皿に載せていった。


「知っている人?」

「そうよ。あ……ふふっ、噂をすれば」


 天板をキッチンに置き、リフィナは機嫌良さげにリビングを出て行った。


「誰だ?」


 気配を探ることが出来ないユウジは誰が来たのか気になり、リフィナの後を追った。


「おかえりなさい」

「ただいま、リフィナ」


 リフィナがドアを開けた先に居たのは緩くウェーブのかかった豪奢な金の髪を持ち、見る者を惑わせるような妖しい赤の瞳を持つ女だった。


「カーミラ……」


 ユウジの声でカーミラがリフィナから視線を移した。


「ユウジ」


 ドア前を空けたリフィナの横を通り、カーミラがユウジの元ヘ近づいた。

 ユウジの眼前に来たカーミラが手を伸ばし、ユウジの頬に触れる。


「フリーシアで会いたかった……けど、我慢したわ。貴方は記憶が戻っていなかったから……」


 ユウジの存在を確かめるように、カーミラが頬から顎、首へと触れていった。


「今じゃ、記憶を欠落させたのは殆ど意味がなかったんじゃないかって思ってる」

「でも、戻らなかったお陰で色んな人と関われたでしょ?」

「そうだな」

「特に女と、ね?」


 丁度ユウジの心臓の位置に指先を当てた。

 カーミラの目の奥が笑っていないことにユウジの背中に冷や汗が流れる。


「そう……だな……」


 後ろめたいことをしていないユウジだったが、思わずカーミラから視線を外してしまう。


「可愛くて綺麗で、私達に比べれば随分と若い子たちばかり。幾ら好意的に思われる力があるとはいえ、好かれ過ぎじゃないかしら?」

「今頃は唯の友人くらいの認識になっていると思うが……」

「それでも、自分の想い人にどこぞの小娘が近づけば腹が立たない?」

「……仰る通りです」

「ただ、もっと腹が立つのは、人の想いを知りながら答えを出さない男。そんな奴は極刑モノだと思うの、貴方はどう思う?」


 ユウジは下手な回答をすれば心臓をくり抜くというカーミラの強い意思を感じた。


「もう、カーミラ。問い詰めるのはご飯を食べてからにしましょ?」


 クイクイとカーミラの袖を引き、リフィナが間に入った。

 リフィナが救世主となってくれるかとユウジの中で期待が膨らむ。


「けどね、リフィナ」

「わかる、よーくわかるわ。でもその話は、ご飯を食べてからゆーっくり訊きましょ?」


 ユウジの期待はリフィナの瞳に光が無いことに気づいた瞬間、期待は急速に萎んでいった。


「さあ、行きましょ?」

「ええ」


 話は決まったとばかりにリビングへと向かう二人の後ろ姿を見ながら、ユウジは足どり重く後をついた。


「さあ、食べましょ?」


 先に椅子に座ったリフィナに促されてユウジは席に着いた。


「どうぞ召し上がれ」

「……イタダキマス」


 好きな料理ばかりということもあり食事を楽しみにしていたユウジだったが、食後のことを考えると気が重くなり食事を楽しむことが出来なかった。






「皿洗いをやらせてくれ」


 出された料理を平らげ、腹だけを満たしたユウジはナイフを置くとそう口を開いた。


「だめ。まだデザートが残ってるわ」


 保冷機能を有した魔道具からケーキを取り出し、リフィナは「美味しそうでしょ?」と微笑んだ。


「それに、皿洗いはカーミラの仕事なの。ね?」

「ええ。貴方はちゃんと座ってなさい?」

「はい……」


 ユウジは大人しくしていろという言外の圧力に屈し、もうどうにでもなれと天井を見つめることにした。

 彼女達と出会い、共に過ごしていくうちにユウジ自身が彼女達に惹かれたのは確かだ。寝食だけでなく危機的な状況の中でも共にいたからこそ、彼女達もまた自分を好意的に想ってくれているのは理解していた。

 しかし、ユウジは気づいていながら彼女達が不和になることを恐れ、誰かを選ぶことが出来なかった。日常的に戦うことが多かったために、関係が壊れることが切っ掛けで誰かを喪うことが恐かったからだ。

 さらに、力が切っ掛けで関わるようになった者達が多かったために、自分が努力をして得たもので結んだ縁ではないという考えがユウジ自身にあり、それが余計に答えを出すことを躊躇らわせた。

 だが、今のユウジにとっての一番の理由はそれらでは無い。単純に特別な存在となる誰かを殺したくないという理由だ。

 無差別に人を襲う邪神として、ララを殺した時のように。

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