俺が困る
気絶させたジャラグを宿屋の一室に放置し、キュラスの転移によってユウジ達は不毛の大地に降り立った。
『久しぶりだな』
ユウジ達を出迎えたのは一体の黒竜だった。その威容とは不釣り合いな程にユウジを見つめる瞳は優しく、声は穏やかだった。
「そうだな、ヴァグラス」
『……それだけか?』
想像していた反応と違うからか、ヴァグラスと呼ばれた黒竜は首を傾げた。
「寝ていた奴に言うことは特にないからな」
『む……』
負い目があるのか、ヴァグラスは脇を通り過ぎるユウジに何も言えなかった。
「約束は守らないとなあ」
「せめて守っていれば、ねえ?」
キュラスとウェグルもヴァグラスに言い放つと、脇を通り過ぎた。
「何も言えないな……」
人型になったヴァグラスは嘆息を漏らし、ユウジ達の後を追った。
ヴァグラスが人型になったことで、不毛の大地に不釣り合いな程に豪奢な円テーブルがユウジ達の目に映った。
「来たわね。好きに座るといいわ」
テーブルを囲む漢女が彼らに言った。
「ピンキーちゃんって呼んだ方が良いか?」
茶化すようにユウジが問うた。
「ゴルトラで良いわよ」
素っ気なさと、少しだけの申し訳なさを混ぜてゴルトラは答えた。
「気にしなくても良いんだぞ?」
「仲間を殺したっていうのはクるものなのよ。貴方だってわかっているでしょうに」
「……そうだな」
ゴルトラの隣の席に腰掛け、ユウジは自らの手を見つめた。
「さて……揃ったわけですが」
ガタガタと音を立てて座るヴァグラスを半眼で見つめながら、燕尾服に身を包んだ男は口を開いた。
「すまん、続けてくれ」
「では……まずはお久しぶりです、ユウジ」
燕尾服の男は胸に手を当て、ユウジに恭しく一礼した。
「ああ。久しぶり、ファグラ」
「こうしてまた貴方と会うことが出来て、嬉しくないものはここに居ない。しかし、出来る事ならこの先のことを考えたくはないですが……」
ファグラは円テーブルに座る面々を見回した。ユウジ以外の面々はこれから先のことを思ってか、皆一様に苦々しい顔をしていた。
「この世界のためにもそうはいかない。そうしてくれなきゃ、俺が困る」
「ユウジ……」
「レフィト、欠片の方はどうなんだ?」
ユウジに視線を向けられたレフィトはその黒い髪に触れながら赤い瞳にユウジを映すと、懐から黒い欠片を取り出した。
「今あるのはこれだ」
そう言ってレフィトはテーブルに八つの欠片を置いた。
「残りはサタナキア、エギュルアル、ワゼルの三ヵ国に一つずつ。最後の一つは未だに不明だ」
「まずは回収だな……」
ヴァグラスは体を背もたれに預け、少しずつ曇り始めた空を見上げた。
「誰がどこに行くか決めましょう? 私はエギュルアルかしら」
「……俺も行く。ついでに同族共を鍛えたい」
「なら、私とヴァグラスで行きましょう」
「おう」
話は決まったとばかりに二人は席を立ち、ヴァグラスは黒竜の姿になるとゴルトラを背に乗せた。
「じゃ、行ってくるわ」
ウインクと共に投げキッスをゴルトラがすると、ヴァグラスは翼を羽ばたかせ空へと飛んだ。
「ワゼルには私が行きましょう。皇帝には色々と話しておかなくてはいけませんし。キュラス、共にどうです?」
「ああ、行こう」
キュラスが立ち上がりウェグルの傍に寄ると、挨拶もそこそこに二人はその場から消えた。
「サタナキアの欠片はどうする?」
「先に私一人で行きましょう。レフィト、君はユウジを彼女の所へ」
「了解した。合流場所はあそこか?」
「ええ。では、先に行っています」
「……さて」
場を後にしたファグラを見送り、レフィトはテーブルに置いた欠片を懐に仕舞うとユウジに目を向けた。
「行こう、ユウジ」
「ああ」
レフィトはユウジの傍に寄ると魔術を発動させた。
瞬間、不毛の大地から草木や色とりどりの花々が咲き誇る大地へと景色が一変する。
野鳥や虫が辺りを飛び交い、時折吹く風が草花を揺らし、花の香りが鼻孔をくすぐる。
ユウジとレフィトは柵で囲われた道を進み、ポツンと立つ一軒家へと足を進めた。
「変わらないな……」
「ずっとここで彼女は世話をしていたからな」
「そういえば、記憶はどう弄っていたんだ?」
「ユウジに関する記憶を封印し、彼女を崇拝し邪神の復活を願う存在となるようにしていた。行動の指針は記憶を弄らずにいた彼女の指示で行っていた」
「なるほどな」
「それと」
「ん?」
レフィトが足を止めたことで、前を歩いていたユウジが足を止めて振り返った。
「常々、彼女は哀しそうだった。暫くは傍に居てやれ、いいな?」
「……ああ」
「これを渡しておく」
レフィトは懐から欠片を取り出し、ユウジに手渡すと姿を消した。
「……」
ユウジは受け取った欠片を暫く見つめると、一欠片ずつ口に運んでは飲み込んでいった。
「うっ……」
水も無しに飲み込んだことによる喉の違和感でユウジは顔を顰めた。大きく息を吸い、欠片が胃の腑に落ちるのを実感しながら道を進んで行く。
八つの欠片全てが胃の中に入った頃、ユウジは家の前に着いた。漆喰の壁で覆われた一階建ての家で、外から光を取り込みやすくするために大きな窓が取り付けられていた。
開いた窓からは料理の香りが漂い、昼食を食べていなかったユウジの腹の虫が鳴った。
「俺の分、あると良いなあ……」
腹をさすりながらユウジは呟くと、ドア脇に育てられているハーブの鉢を横目にドア前に着いた。
ユウジがノックをしようとすると内開きのドアが開き、中から一人の美女が出迎えた。
「もうすぐでご飯が出来るわ、あなたの好きなものばかりよ」
長い茶の髪を一つに結わえ、碧い瞳を濡らしながら美女は笑みを浮かべた。




