っとその前に
「は……はっ……」
男は、直接会う前から理解していた筈だ。否、完全には理解出来ていなかったのだろう。力という一部分だけを切り取って頭に入れ、他のことについては考えが及んでいなかった。
「そう怯えるな。俺は何もしない。まずは息を吐けるだけ吐くんだ」
自分のことを思い、ソファに座るユウジがそう言ってくれているのを頭で理解していても、男はそれが死神の命令のように聞こえてしまう。
「これじゃ駄目だな……」
ユウジが深く溜め息をついた。
その様子を見たことで男の頭に過ぎったのは、殺されるという未来だった。
「仕方ない」
渋々といった様子でユウジが呟き、男を見据えた。
「座れ」
ユウジが命令した。
そして、その内容を認識した瞬間、男はその場に膝をつき頭を垂れた。
「息を吐け……吸え」
次の命令も男は従った。
従わなければならないという本能からの警鐘に身を投じ、男はユウジの命を元に呼吸を繰り返していく。
やがて、命令を聞くことで男が徐々に落ち着きを取り戻すと、自らのタイミングで呼吸することを許可された。
「大丈夫そうだな……名前を聞いていいか?」
「ジャラグ・ビュード……です」
「話しやすい口調で良い」
「……わかった」
ジャラグの返事に満足げにユウジは頷くと、ジャラグに座るよう促した。
「ジャラグ、まずはここに来て早々に試すようなことをして悪かった」
「……どういうことだ?」
座って早々、ユウジからの謝罪にジャラグは戸惑った。
「お前がここに来たことや、力を奪おうとして恐慌状態になりかけたことは、そこで紅茶を啜っている男の筋書きだ」
ユウジの目線をジャラグが追えば、ウェグルがテーブルにカップを置き右手を軽く振ったのが見えた。
瞬間、ジャラグの顔から血の気が引いていく。
「まずは謝罪を……高名なジャラグ・ビュードに認識阻害の魔術を使い、一連の行動を誘導したことを申し訳なく思っている」
「こちらこそ数々の無礼を申し訳ありません!」
認識阻害の魔術が解けたことで、ただのおっさんだと認識していた人物がルーヴァンス公爵だと気づいたジャラグは頭を下げた。
「顔を上げろ、ジャラグ。今回に関してはウェグルが全面的に悪い。お前は被害者だ」
「そうは言うが……」
「ウェグル」
歯切れの悪いジャラグを無視し、ユウジはウェグルに話すよう促した。
「ジャラグ殿を利用したのはユウジ様の……邪神の恐ろしさを早いうちにその身で知って貰うためです」
「なぜ俺……じゃなくて私に?」
なぜ自分である必要があったのか、そのことがジャラグには疑問だった。
「勇者と共に行動する人物達の一人として知って欲しかったからですよ」
「私が……ですか……」
「実力や名声も申し分ないですから。ユウジ様と会って頂いた理由は貴方であれば理解できる筈」
「それは……勿論です」
ジャラグは深く頷いた。
ウェグルがジャラグとユウジを引き合わせたのは、ジャラグに邪神の恐ろしさを理解させるためだ。
(過去の記述から知るだけよりは、実際にこの身で知った方が良いだろうからな……一人でも恐ろしさを知っていれば、これから行動を共にする奴らに対して色々してやれる。けどな……)
ちらとジャラグが隣に居るユウジを見ても、今はただの青年にしか見えず恐怖は感じない。いずれ邪神になると理解出来ているが、果たして殺すことが出来るのかとジャラグは自問した。
「殺して貰わないと困る。そうじゃないと終われない」
「俺もそうだが……もう既に顔を合わせている人達に対してどうするんだ?」
「ちゃんと理由を作るさ。最初は……」
ユウジの目がウェグルを捉えた。
「おい、まさか……!」
「何でもするさ。アイツと俺を殺すためだったらな」
「そういう訳です。ジャラグ殿、後は頼みます」
そう言ってウェグルはジャラグに魔力を帯びた手をかざした。
「まっ―――」
それが何であるかを理解した時には遅く、ジャラグは気を失った。
「さて、軽くだが準備は整ったな」
「ええ。偽装の準備は完璧ですよ」
「よし。キュラス、居るだろ?」
ユウジが虚空へと呼び掛ければ、剃髪の男が忽然と姿を現した。
「私は移動役か……」
「嫌か?」
「……謹んでその役目を務めよう。この男をどこに運べば……なんだそれは?」
キュラスがウェグルへと目を向ければ、ウェグルの傍らに血塗れとなったもう一人のウェグルの姿があった。
「偽の死体ですよ。そっくりだとは思いませんか?」
「余りにも似せ過ぎだろう……」
キュラスは呆れたように言った。なぜなら、ウェグルの偽死体の肌の質感や血の臭いが本物と遜色ないからだ。
「実際に私の肌や血を使っていますから。ジャラグ殿は私が持っている宿屋の一室に置いて貰えれば大丈夫ですよ」
「了解した。では、行こうか」
「ああ。っとその前に」
ユウジは軽く部屋の窓に向けて手を握った。
「キュラス、良いぞ」
ユウジの言葉の後、部屋からはウェグルの偽死体以外が消えた。
そして数秒後、部屋は爆風が吹き荒れルーヴァンス邸全体に爆音が響いた。
「これは……」
「そんな……うそ……」
事態に駆けつけた者達の視界に入ったのは、調度品が割れて床や壁、天井がズタズタになった部屋の姿と、血塗れで既に息絶えたように見えるウェグルの偽死体だった。




