刻み込まれてるんだよ
「はっ!」
轟音と共に破壊された壁の残骸が二人を襲うが、ウェグルはすぐさま自分の席からユウジの前に飛び出し、その全てを喚び出した剣で打ち払った。
「全然見えないな」
「剣を振る時間は幾らでもありましたから」
ユウジの反応にウェグルは苦笑し、破壊された壁へと視線を向けた。
朦々と立ち込める土煙の中、人影が浮かび上がる。
「アンタが、アマノユウジか?」
土煙を無骨な剣で払い、姿を現した軽装の男はユウジに目線を向けて問うた。
「ああ。一体どういった理由でここに?」
突然の侵入者に驚いた様子もなくユウジは質問に答え、男に尋ねた。
「ある人物から依頼された。力を奪えってな」
剣を床に突き立て、男はあっさりとユウジの質問に答えた。
「この力が元々どういったものかっていうのは、その依頼主は知ってるのか?」
「いいや、死なない力が手に入るとしか知らない筈だ」
男は頭を振った。
ユウジはちらと前に立つウェグルを見た後、男の方へと視線を向ける。
「あんた自身はどうなんだ?」
「調べたさ。不自然な程に情報を得られたのが不思議だがな」
男は肩を竦め、苦笑を浮かべた。
「依頼を受けた理由を聞いても?」
喚び出した剣を虚空へと消し、ウェグルが尋ねた。
「最初は報奨金だが、今は違う」
男は真っ直ぐにユウジを見据えた。
「奪いたいなら奪えばいい。奪えるならな」
男の目的をある程度察したユウジは、それだけ言うと目を瞑り、背もたれに体重を預けた。
「んじゃ、有り難く戴くよ」
それなりの実力を持つ自分に対し、会話以外に反応を見せないユウジに疑問を抱きながらも、男は床に突き立てた剣を引き抜き、ユウジの元へと歩を進めた。
「おっさんはどうする?」
「こちらから手は出しませんよ。目的を達成すると良い」
あっさりとウェグルはユウジの前を離れ、男のためにユウジへの道を開けた。
ウェグルが邪魔をするならば容赦なく切り伏せるつもりだったが、そうでないならば男にとってはどうでもいい。
ソファに座るユウジの正面に立ち、男は手に持つ無骨な剣をユウジの心臓に突き刺した。
骨を砕く感触の後に肉を断つ感触が男の手に伝わる。
心臓を貫かれたというのに何一つ反応を見せないユウジを訝しみながらも、男はユウジの体から剣を引き抜いた。
穴からはとめどなく紅い血が溢れ落ち、毛足の長い絨毯に血溜まりを作っていった。
「これで、力が手に入る」
最初は報奨金に惹かれて受けた依頼だったが、準備として数少ないユウジについての過去の記述やここ最近の情報を得たことで、男の目的は報奨金ではなくなった。
男には力を得て成し遂げたいことなどはない。地位や名誉といったものに元々興味がない性分だからだ。精々あるとすれば、生活に必要な金くらいのものだろう。
ではなぜ男は依頼を蹴ろうとしてまで力を手に入れようと思ったのか。
理由は至極単純だ。力を得た自分がどうなるのかという好奇心だった。
溢れる力を用いて国家に仇なすのか、それとも何かしらの欲を満たそうと行動するのか。どのような行動を自分がとるのか興味が湧いたからだ。
変わった理由だと男も理解しているが、それでもやらずにいることは出来ない。
「このまま、心臓近くにある核を取れば良いんだったな……おっさん、見てるばっかだが何とも思わないのか?」
男がウェグルに目を向けると、ウェグルは特に気にした様子を見せず、何処からか取り出したカップに口を付けていた。
(変わったおっさんだな、仲間がこんなことされてるってのいうに……しかし、壁に穴を空けたっていうのになんで誰も来ない……?)
ウェグルの様子や他に誰も来ないことを男は訝しんだが、
「まあ、来ねえならそれで良いか」
力を得るという好奇心には勝てず、直ぐに疑念は頭の片隅に追いやった。
「魔物ならまだしも、人にやるのは気分が良いものじゃないな」
貫いた際に砕いた骨で手を傷つけないようにしつつ、男はグジュグジュと音を立てながら生温かいユウジの体内をまさぐっていった。
やがて、骨の感触とは違った硬質なものが男の指の先に触れる。
「よし……ん?」
男はこれが目的のものだと当たりをつけ、それを掴み取ろうとするが、なぜかそれ以上先に手を動かすことが出来なかった。
「なんだ?」
当然のことに驚きながらも男は状況把握に努めるが、手が動かせないのは何処かに引っかかっているでもない。
「くそっ!」
力任せに押し込もうとも、男の手は微動だにしない。暫く何度も挑戦した男だったが、やがて気味が悪くなり男は手を引き抜いた。
「なんだ……これは」
男は徐々に呼吸が荒くなるのを実感しながら、少しずつ癒えていくユウジの体を見つめた。
傷奥の赤黒い肉が消えていき、ユウジの体の傷が塞がる。
「奪わないのか?」
「っ!」
目を開いたユウジからの問いに男は後退る。
男の反応に対してユウジは軽く笑う。嘲るような笑みではなく、仕方の無いことだと憐れみを含んだ笑みだ。
「なぜ、手が動かない?」
力の根源がどういったものか理解した上で、男は湧き出た好奇心を糧に行動を起こした。
しかし今はどうだ。ほんの僅かな間でそれは全て消え失せ、代わりに別のものが沸々と大きくなっていく。
「無理もない。それが当然の反応だと思うぞ?」
男に対し、ユウジは殊更に優しい笑みを見せた。
「ここに刻み込まれてるんだよ」
ユウジは右手で胸を叩いた。
確実に男の中で大きくなっていくもので頭が一杯になりそうになりながらも、男はユウジの言葉を理解する。
「あれから、どれほどの年月が経とうとも……たとえ実際に体験した訳ではなくとも、あの時のことを子孫に忘れさせないためにな」
「あ……あ………」
男は理解する。自分の中で大きくなるものが何なのか、なぜそうなってしまうのかを。
知っていた筈だ。目の前のアマノユウジという男がどういった存在であるのか、この世界で何をしたのかを。
「恐怖をな」
かつて邪神と呼ばれる存在の依代となり、総人口の半数以上を殺した男はそう言った。




