変じゃないかい?
「結構な時間が経っている筈ですけど、音沙汰無しですね」
ルーヴァンス邸の中庭に備え付けられたテーブルで、サティナは不安そうに声を漏らした。その視線はユウジとこの屋敷の主が居る部屋へと向けられている。
「サティナ、そう不安な顔をしなくても大丈夫だよ。お祖父様の目的は二人だけで短剣の受け渡しをすることだけの筈だからね」
ジェリカはティーカップに口を付けながら、「まあでも、長引くならば連絡は欲しいところだね」と付け足した。
「お祖父様ばかりユウジさんと一緒にいるなんて……」
レイラがカップを持った手をわなわなと震わせ、嫉妬の炎を燃やした。
「お祖父様に彼との時間を直ぐに作って欲しいと指示を受けたとはいえ、まさかアレほど私にとって理想の人物だとは思わなかったよ」
ジェリカはレイラを横目に、言葉に熱を込めて語った。
「あの薄っすらと浮き上がった手の血管が……ああ……」
ユウジの手を思い浮かべ、ジェリカは恍惚とした表情で熱い吐息を漏らした。
「指示を受けたのはまだしも、なぜそのままユウジさんと添い遂げたいなどと?」
サティナは冷たい眼差しをジェリカとレイラに向けた。
「ほんの僅かな間ですが、彼の人柄に触れて感じたんです」
サティナの視線を受けたレイラは、頬に手を当て熱に浮かされたように言った。
「理由は分かりませんけど、目を離せば後悔するって」
「後悔、ですか?」
「ええ。彼は理由さえあれば、自分がどうなっても構わない。そんな風に考えてしまう人のような気がしたんです。周りにいる人が彼のことをどれほど愛していようと、彼は平気な顔をして遠くに行ってしまうことが出来てしまう人だと」
「そ、そうですか……」
熱に浮かされるように語るレイラの様子に、サティナは頬を引きつかせた。同時に、サティナは今のレイラがらしくないように感じた。
「彼は自分に対する優先順位が低い人だと、私はそう感じたな」
恍惚とした表情から一変し、ジェリカは真面目な顔になった。
「私見だけど、親密になればなるほど、彼は自分の身に対して躊躇を見せなくなる。そんな不思議と気がするよ。ユリナも何か感じているだろう?」
「そうですね……」
ジェリカに話を振られたユリナは手にとっていたカップをソーサーに置いた。
「強いて挙げるならば、不思議な程に好意的に見られる点、でしょうか。ユウジさんが優しい方だというのは、この短い期間で少なからずわかります。それでも、会う方々の殆どからあれほど好かれるのは異常な気がします」
ユリナは淡々と語り、「幾ら精霊の加護を持っていたとしても、です」と付け足した。
「ふむ……私は彼の手が気に入ったという理由があるけど。確かに、異性に対して全くと言っていいほど関心のなかったユリナや、皇女殿下が意識しているっていうのは不思議だね。はっきり言ってしまえば、彼は戦う能力を殆ど持たないし、顔は整っている方だけど美男美女に見慣れている者からすれば大したことはない……そう、大したことないんだ」
ジェリカは目を見開くと、勢いよくユウジとウェグルが居る部屋を見た。
「ジェリカさん?どうかしましたか?」
ジェリカの様子に驚きながら、サティナは声を掛けた。
「ねえ、サティナ」
視線は固定したまま、ジェリカは妹のような存在に呼び掛ける。
「彼、変じゃないかい?」
纏う雰囲気を徐々に剣呑なものにしながら、ジェリカは尋ねた。
「異界から来た方ですから、そう思うのも無理はないのではないですか?」
様子の変わったジェリカに首を傾げたサティナだったが、思い浮かんだことをそのまま口にした。
「いいや、異界から来たとかじゃない。彼の能力のことだ」
「傷が癒える力のことですか?」
「そう、それだよ。普通ならおかしい筈なんだ。なんで何も思わないんだ?」
「そろそろ、気づく頃でしょうね」
ルーヴァンス邸の一室で、ウェグルはそう対面の人物に声を掛けた。
「記憶が戻った以上、与えられた力とはいえ自衛は出来るからな」
ウェグルの対面に座るユウジは何でもないように言った。
「誤認させてまで、その身を守る必要はありませんね」
「ああ。これからは、色んなところが動くだろうな……」
ソファの背もたれにその身を預けるユウジの見た目はそのままだが、雰囲気がガラリと変わっている。しかし、この雰囲気を持つユウジこそウェグルが良く知るユウジだった。
「笑ってるぞ、ウェグル」
「貴方が目の前に居ることが嬉しいんですよ」
「男に言われても嬉しくはないな」
嫌そう顔をするユウジにウェグルは笑った。
「今は、戸惑いが大きいだろうな」
「死者が生き返るという禁忌ですからね。しかも目の前で行われていたにも関わらず、普通に受け入れてその異常さに気づかないなんて、といったところでしょうか」
一度死ねば、再び生き返ることはない。例外を除き、これはどの世界でも絶対のルールだ。
「俺の生き返り方は例外に当てはまらないからな」
例外に含まれるのは死んで別世界へ行くか、特定の手順を踏んで転生するかの二つしか認められていない。
「だからこそ、狙う輩が居るでしょうね……」
「与えられて得た力だからな、奪えないことはないだろうからな……はあ……」
「来たみたいですね」
ウェグルの言葉の後、二人の居た部屋に轟音が響いた。




