無茶なことを考えますね
「さて、何から話したものか……」
二人だけとなった部屋でルーヴァンス公が顎に手を当てた。
「気づいているだろうけど、あの子達に君と二人きりにして貰うよう頼んだのは私だ。まさかあんな方法を使うとは思っていなかったけどね。迷惑を掛けて済まなかった」
ルーヴァンス公は苦笑を浮かべつつ、申し訳なさそうに言った。
「いえ、特に気にしていません。ただ、どう対応したら良いのか困りました」
馬車の中でジェリカさんとレイラさんの距離が近かったことを思い出す。自分に自身が無いからという理由もあるが、あの状況を素直に楽しめる程に俺は女性経験が豊富ではないため、かなり困った。
「そうだろうね。ただ、私から頼まれていたのもあるだろうけど、彼女達が君をかなり気に入ったのは確かだ。その気があるならば……いや、やめておこう。君は……貴方はそんな人じゃありませんでしたね」
ルーヴァンス公は目を閉じ、かぶりを振った。
「ルーヴァンス公……?」
「短剣を」
目を開き、露わになったルーヴァンス公の力強い瞳に従い、俺は丁寧に包んでいた短剣を懐から出した。
「確認をお願いします」
ルーヴァンス公に短剣を手渡すと、彼は短剣を一撫でしたのち鞘から刀身を引き抜いた。露わになった刀身は長い年月を経てもなお錆びることなく光り輝き、美しかった。
「永かった……」
鞘をテーブルに置き、ルーヴァンス公は刀身を指でなぞった。
「もし仮に、誰かを犠牲にすることで大勢を救えるならば、貴方はその誰かを犠牲に出来ますか?」
「……しなければいけないでしょうね」
突然の質問と口調に戸惑いながらも、俺は返答した。
「その誰かが、自分であっても?」
刀身から俺へと、ルーヴァンス公は視線を移した。
「……自分一人で大勢を救えるなら、安いものでしょう」
これは本心だ。
実際にそんな状況になった時は怯えや恐怖を感じるだろう。それでも、自分の命で誰かを救えるのなら、それは嬉しいことだろう。
「そうですか……」
大きく息を吐き、ルーヴァンス公がその身をソファに預けた。
「貴方が犠牲になることで、悲しむ人が居たとしても?」
「……関係ないですね」
やらなければ、ずっと後悔し続ける。
やれば、後は何も感じない。感じることが出来ないからこそ、知らずに済む。
「かつて、自分は何もしてこなかったと言っていた男が居ました」
その人物とのことを思い出したのか、ルーヴァンス公は嬉しそうに笑った。
「突然、遠くから右も左もわからぬ中で来た彼は、自らを保護した女性と行動を共にし、魔物討伐を主に日々を過ごしていました。腕っぷしは大したこともなく、魔術に至ってもからっきしだった彼は女性と行動をすることを負い目に感じていながらも、女性の厚意に甘えていました。自らの無力さを日々呪いながら」
その人物は優しい女性のお蔭でどうにか出来たようだ。どこか、自分の境遇に近いものをその男に感じた。
「そんなある日、彼らの住まう国に危機が訪れました。男を保護した心優しき女性は、男を安全な場所へと置いて自ら危機に立ち向かいました。しかし、余りに強大な危機のため、立ち向かった戦士の多くは倒れ、その女性もまた倒れました。幸いにも、女性は後々に後遺症を伴う大怪我こそ負ったものの、命だけは助かりました」
酷い怪我を負った親しい女性の姿と、その傍らで傷一つない自分に怒りを覚える男の姿が想像出来た。
「男は、自らの無力さを呪いました。しかし、こと戦いにおいて彼が無力なのは致し方ありませんでした。平和な土地で暮らしていたため、戦う必要などなかったからです。それでも、男は『どのような危険を孕むことになっても構わない。救うだけの力が欲しい』とひたすら願いました。結果、男は絶大な力を得るに至り、国の危機を救うことが出来ました。力を使うたび、贄という対価を支払う必要がありましたが、それでも男は満足でした。自分だけでいい、自分さえ傷つけばいいと……」
ルーヴァンス公は抜身の刀身を鞘に納めると立ち上がり、窓際へと移動し外の景色を見始めた。
「男は仲間と共に旅をしながら、穏やかな日々を過ごしていました。ある日、女性が後遺症が元で病に倒れるまでは。その日から男は力を惜しみなく使い、女性を救おうと様々な手を尽くしましたが、一切の手立ては見つかりませんをでした」
力を得ても、結局は女性を救うことが出来ないと知ってしまった時、男の心境はやはり、自らの無力さを呪ったのだろうか。
「そんな中、世界を滅ぼさんとする悪しき者達が現れました。女性の傍に居ることが出来ないことを悔やみながら、男はその者たちの元ヘ向かい、力を振るいました。あと一歩というところになり、男は悪しき者の口からあることを告げられました。男は死後、世界を滅ぼす存在となり、力の対価として払っていた贄は死期を早めるための措置であると……」
背を見せていたルーヴァンス公が向き直り、俺へと目線を向けた。
「男の力の正体はどの世界にも必ず存在し、災害や未知の生物といった様々な姿形をとり、人類の試練として出現する力でした。本来、その力は基準を満たさなければ決して現れず、人の手を通じて姿形を変えられない筈でしたが、力は姿形を変えられ二つに分けられていました」
ルーヴァンス公が俺の方へと歩みを進めた。
「二つに分けられた力の片方は男の死を切っ掛けに、もう一つは依代を得られた瞬間に世界を滅ぼす存在に変えるというものでした」
鞘から短剣を抜き、ルーヴァンス公は俺の背後に立った。
抜身の刃物を持つ人物が後ろに居るというのに、俺に焦りや戸惑いといった感情が何一つ湧いてこない。
「そこで男は考えました。自分が二つの力を得れば、危険な存在が二体もこの世界に現れることにならないだろうと」
「無茶なことを考えますね」
俺は呆れて笑ってしまう。後ろから「本当に困った人でした」と呆れ混じりの声が聞こえた。
「結果は成功しました。依代を得ることが切っ掛けとなる力によって男が破滅の存在、邪神と呼ばれる存在となり多くの犠牲を出し、勇者によって倒されました。しかし、もう一体の邪神は現れず、代わりに欠片を残しました」
「欠片……」
「これで終わる筈がないと考えた仲間の一人が、永い時を経てまた邪神が現れると予知しました。その未来が平和な世であれば、確実に世界が滅ぶとも。そのため、男の仲間達は邪神の危機が去っても、敢えて平和な世にならないようにしました。スタンピードを意図的に引き起こし、高い実力を持つ者が生まれやすい世へと」
「良心は痛みませんでしたか?」
「痛みましたとも。ですが……人類が滅ぶよりはずっと良い」
大勢のため、あるいは未来のために様々なことをしてきたのだろう。
「生前、男は一本の短剣を仲間に託しました。これで刺してくれ、必要になるだろうからと」
「そうですか……このままだと、駄目なんでしょうね」
ルーヴァンス公が話し始めてから、薄々気づいてはいた。
「このままでは、貴方ではなく周りの皆がさらに危険です」
皆をこれ以上危険に晒してしまうのは嫌だ。
「そうですよね。今の状態の印象はどうでしたか?」
どこか違いはあるのだろうか。
「懐かしい感じでした。会った当初を思い出しました」
「そうですか……」
「準備はよろしいですか?」
「はい、いつでも大丈夫です」
背中に短剣が当たった。
「おかえりなさい」
その言葉を耳にした後、俺は意識を手放した。




