うっわあ
「ああ……なんか疲れた……」
ようやくリーヴァスの発着場に着いた頃には乗り物酔い、ではなく鳳酔いが酷く、俺は顔を下に向けてベンチに座り込んでいた。
「どうぞ」
聞き覚えのある声と共に、目の前にマグカップが差し出された。
「ありがとうございます」
俺は酔いのせいで顔を上げられないまま感謝を伝え、マグカップを受け取った。
「酔いを和らげる薬も入れていますよ」
そう言って隣に腰掛けたその人物は俺の背中を擦った。
「それを飲んだら横になった方が良いかもしれませんね。もちろん、私の膝を枕代わりに使ってくれて構いませんよ?なんなら、ルーヴァンス公との挨拶は明日にして、どこかで一緒に横になります?」
耳元で囁かられる甘い誘惑を無視し、俺はマグカップの中身を飲み始めた。ほろ苦い味が口の中に広がり、独特の臭いが鼻から抜けていく、これが薬の味だろうと我慢して一気に飲み干した。
「ふう……効いてきた気がするな」
立ち上がり、背筋を伸ばしながら徐々に気分の悪さが晴れていくのを実感する。
「そんなわけないありません!ほらっ!早く座って!そして妙齢の女性の素晴らしさを堪能し、情欲のままに食べるんです!」
最初のイメージから随分離れたなあと思いながら、色々とアレな発言をする後ろの女性へと体を向ける。
ベンチに座り、獲物を狙う肉食獣のようにタレ目がちな紅い瞳をランランと輝かせ、編み込んだ黄金の髪を体の正面に流した先に衣服を押し上げる大きな果実をその胸に詰め込んだ女性の姿があった。
「さあ!」
どんと来いと言わんばかりに彼女が両手を広げたことで、ナニカが揺れてついつい目が行ってしまうのをどうにか堪える。
「レイラさん、落ち着いてください」
気持ち一歩後ろに下がりながら俺は落ち着くよう声を掛けるが、
「女性がオッケーだと言ってるんですよ?さあ!」
そんなことは関係ないとばかりにレイラさんは若干光のない瞳と共に訴えかけてくる。無論、飛び込みたくなる気持ちはあるにはあるが、一度捕まれば自分の身がどうなるのかという恐怖が彼女の瞳を見ると浮かんできてしまう。
「俺のどこが気に入ったんだこの人……」
レイラさん程の美女であれば間違いなく男の方から寄って来そうなものだが、なぜ彼女は俺に執着を見せるのか分からない。
「逃げようとしても無駄ですよ?ぜっっったいに逃がしません」
気味が悪い笑みを浮かべながら、ゆらりとレイラさんは立ち上がった。
「王族や貴族のような立場じゃなく、情に厚そうで資産もある優良物件を、絶対逃しません!」
「うっわあ……」
一目惚れですとでも言われたならばまだしも、流石にこれでは心動かされることはない。
「ちょっとそれは流石に……」
「そんなこと言ったって、既成事実さえつくれば貴方は責任をとってくれる筈!さあ、まだ誰も触れたことのないこの身を触れるチャンスですよ!」
ジェリカさんとレイラさんだけで判断するのは失礼だろうが、天使は変な人が多いのかもしれない。
「どうするか考えているんですね?」
幸いにもレイラさんが無理やり襲ってくる様子は無いが、先程から「痴話喧嘩か?」とか「あんな綺麗な子に好かれるなんて」などと周りで話の種になっているのが聞こえてくる。
「周りの皆さんを味方に付ければ、上手くことが運ぶのでは……?」
どうやら気づいてしまったらしい。周りの目がある中でレイラさんに大立ち回りをされたならば外堀を埋められてしまう。
「いっそ逃げるか……?」
そんな思考が浮かんでしまう中、事態をさらに悪化させそうな人物がふらりと目の前に現れた。
「二人で愛の語らいかい?私も混ぜて欲しいな?」
俺の視界からレイラさんを遮るように現れたのはジェリカさんだった。
「語らってないです。ここに戻ってきたってことは、ルーヴァンス公からの迎えの馬車が来たんですよね?」
警戒しつつ、俺は金髪の麗人に尋ねた。
「つれない人だ」
ジェリカさんは肩を竦めると、「こっちだ」と馬車の方へと案内し始めた。
「と、思ったかい?」
「は?」
前を歩いていた筈のジェリカさんが隣に現れ、俺の左腕に自らの腕を絡めていた。
「何してるんですか?」
「スキンシップだよ?」
俺の疑問にさも当然のようにジェリカさんは答え、胸に実る果実を当ててきた。
「レイラに比べれば小さいかもしれないが、形には自信があるんだ。どうだろう?」
彼女の腕よりもさらに柔らかいモノが当たる感触が腕に伝わってくる。
この事態に内心で感謝しながらも、どうやって対処すれば良いかと考えを巡らせるが、俺の返答を急かすためかグイグイとジェリカさんが胸を当ててくるため上手く考えることが出来ない。
「あー、歩きにくくないですか?」
「いいや?この身を預けることで普通に歩くよりも安心出来るよ」
そう言ってジェリカさんはさらに身を寄せ、俺の肩に頭を置き始めた。
「この人怖い」
初対面にも関わらず異常な距離感をとるジェリカさんが理解出来ず、俺は固まってしまった。
「空いているこちら側を!」
ジェリカさんの登場で忘れていたレイラさんが俺の右腕に自らの腕を絡めてきた。同時に、左側よりも明らかに接地面積が大きく凶悪な柔らかさが右腕を襲った。
「なんだこれは……」
想像以上に凶悪なレイラさんの攻撃に思わず言葉が出てしまう。
「どうです?好きにして良いんですよ?」
「もっと触れたいね」
右耳に囁き掛ける甘い声が俺の脳を震わせにかかり、左側の麗人は腕だけに飽き足らず脚まで絡ませてくる。
「ん……?」
しかし、そんな中で俺は違和感を抱いた。
なぜ、こんなにも女性と接触しているにも関わらず興奮しないのだろうか、と。
ジェリカさんとレイラさんという綺麗どころと密着するような状況になりながら、俺は照れるでもなく心拍数が上がるでもなく、ただ彼女達の行動に戸惑い、半ば怯えているだけなのだ。
「もしかして、枯れたのか?この歳で?」
流石にそれはないだろうと思案を重ねるが、少なくともこの世界に来てからは一度もそういった気分に一切なっていないことに俺は気づいた。
「だとすれば……」
そうなっている要因として、俺の体質が考えられる。死ぬことなく生きていくことが出来るために子孫を残す必要がないと判断され、そういった欲求が皆無と言っていい程に湧かないという理由だ。
「ユウジさん?」
「気分がまだ優れなかったのかい?」
黙り込む俺に声をかけてきた彼女達に大丈夫だと首肯すると、俺は両腕をホールドされながら馬車へと向かった。




