ノーコメントで
「ジェリカ様、お戯れは程々に」
レックスさんが口を開き、ジェリカさんを諌めた。
「レックス、この人は私が長年求めていた人なんだ……わかってくれ」
最初に挨拶を交わした時の丁寧な口調はどこにいったのか、ジェリカさんは男らしい口調でレックスさんに懇願する。
「せめてユウジ殿がルーヴァンス公との挨拶を終えてからにしてください……」
眉間を揉みながらレックスさんは呆れたように言った。
「それと、ユウジ殿が困っています」
「ん?ああ、済まない……興奮のあまりつい」
レックスさんの指摘によって、ジェリカさんは名残惜しそうにして俺の手を離した。
「ユウジさん、少し下がってください」
俺とジェリカさんの間に居たサティナはすかさず自らを盾にし、ジェリカさんがまた暴走しないかと警戒心を露わにしていた。
「サティナ、そうされると彼の全身が見えないよ」
「見させないためにそうしてるんです!」
「なら、二人で彼を見ようじゃないか」
「え?」
サティナの困惑を余所に、ジェリカさんは一瞬のうちにサティナとの距離を詰め、サティナの腰を抱いて俺の方へと体を向けさせた。
「なにをするんですか!」
「まったく……昔はジェリカお姉ちゃんと後ろをついて回っていたというのに……そんな対応をされると哀しいよ……」
「そ、それは……」
「おおー」
哀しげな表情の美人と戸惑う美女という構図に思わず声が出てしまう。
「ほら、呼んでごらん?ジェリカお姉ちゃんって」
「ひゃう!?」
ジェリカさんに耳元で囁かれたことでサティナが変な声を出し、羞恥のあまり顔を赤くさせていく。
「み、見ないでくださいユウジさん!」
俺に見られることで恥ずかしさが増したのかサティナは顔を手で覆ってしまう。
「顔を隠したら彼の顔が見れないよ?おや?」
ジェリカさんは優しげな口調でサティナの顔を覆う手を払おうとするが、それを阻む手が現れた。
「ジェリカ、それ以上は止めなさい」
ユリナさんだった。その口調はどこか長年の友人に対するようで、それを受けたジェリカさんはどこか嬉しそうに見えた。
「わかったよ、ユリナ。ただし、私と一緒に飛んでもらうからね」
「……わかりました」
「サティナ、からかって済まない。でも、昔のように甘えてくれて良いのは本心だ」
ジェリカさんがサティナの目を真っ直ぐ見つめて伝えたために、サティナの顔がさらに羞恥で赤くなってしまう。
「そ、その……恥ずかしいので、二人きりの時でお願いします」
サティナはちらりと俺を見た。
「ふふっ、わかった。楽しみにしてるよ」
サティナの反応を見てジェリカさんは微笑ましげに笑い、軽くサティナの頭を撫でた。サティナは照れながらも嬉しそうに目を細め、それを見てジェリカさんもまた愛おしげに目を細めた。
「コホン」
暫くそうしていた二人だがユリナさんの咳払いによって意識を戻した。
「さて、待たせて済まなかった。そろそろ行こうか」
恥ずかしげに視線を下に向けるサティナとは対象的に、堂々とした佇まいでジェリカさんは出発を促した。
ジェリカさんに振り回されている間、レックスさんを除いたリーヴァスの皆さんが特に大きい一体の鳳に荷物を積み終えてくれていたこともあり、出発まではスムーズに進んだ。
「こちらは大丈夫です、ジェリカ様」
荷物を背に積んだ鳳に乗り込んだレックスさんがジェリカさんに声を掛けた。
「よし、行こうか」
「あの、ジェリカ?変化しないの?」
「そうだよ?こうするから、ね!」
変化する様子を見えないジェリカさんに対してユリナさんが尋ねるが、ジェリカさんはさも当然のようにユリナさんを横向きに抱きかかえ、飛んだ。
「きゃあああああああああ!」
「はははははは!」
突然のことに驚いたユリナさんの声が上空から聞こえてくるが、ジェリカさんはそんな様子を見て笑っていた。
『我々も行きましょうか』
「そうですね、レイラさん」
下から聞こえた声に頷くと、レイラさんは翼を大きく広げ始めた。
『しっかり捕まってくださいね』
「はい」
『行きます!』
そんな掛け声と共にレイラさんは翼を上げ、一気に振り下ろした。瞬間、体に掛かる負荷と共に視界に入る景色が上から下へと流れていく。
「おおっ!」
思わず声が出てしまう。なぜなら、たった一度の動きで演習場から王都の上空へと移動したからだ。
「すげえ」
そして、普段は見下ろすことが出来ないであろう王城を含め、王都リーファ全体を一望することが出来ることに心が踊る。
『気に入って頂けて良かったです』
微笑ましいものを見たような声が下から聞こえ、俺は子どもっぽかったかと少し恥ずかしくなってしまう。
『ふふふ、行きましょうか』
レイラさんは楽しそうにゆらゆらと左右に揺れながら、リーヴァスへ向けて翼を動かした。
リーヴァスへはジェリカさんと彼女に抱きかかえられるユリナさんが先頭を行き、その後ろにレイラさんの背に乗った俺が続く。
「どうしてユウジさんだけ一人なんでしょうか?」
王都を離れて暫く経った頃、レイラさんの後ろに付くコルニさんに乗ったサティナの声が聞こえた。
「サティナ様や誰かが一緒に乗るかで揉めるのを見越してでは?」
少し呆れたような口調でミオンさんが主に言った。
「うっ」
「ミオン、それは私のことですか?」
図星なのか言葉に詰まるサティナと、少し怒った風なラナの声が続く。
「そう言ってしまうということは自覚があるということですよ、ラナ」
その言葉で二の句が告げなくなったのか、ラナはそのまま押し黙ってしまった。
『好かれていますね?』
「ノーコメントで」
『ふふふ、悪い人ですね。好かれている自覚はあるでしょうに』
からかうのが楽しいのか、レイラさんは今度は縦にゆらゆらと揺れ始めた。
「仕方ないでしょう……」
異世界から来たという立場こそあれど、俺自身は殆ど何もしていない。だからこそ、そんな自分が居ていいのかという疑問は少なからず付き纏ってしまう。
『立場なんて言い訳は、この世界ではあまり通用しませんよ?立場関係なく、割と自由恋愛の多い世界なんですから』
俺の考えていることを読んだのか、レイラさんが釘を刺した。
「……だとしても、そういった振る舞いが出来るかは別でしょう」
『振る舞いが必要になる状況を考えるところが面白いですね?』
クスクスとレイラさんは笑った。
「今のは無しで」
『残念、聞いてしまいました。でも、ある意味では彼女達のことを考えていると言えますかね』
「……逃げてるだけかもしれませんよ?』
元の世界では楽な方へと逃げ続けていたのだ。自分はそんな人物だと理解しているからこそ余計に努力している彼女達が眩しく、気後れしてしまう。
まだ、知人として好ましいと思ってくれている分には良い。しかし彼女達は短い間にも関わらず俺に対して異様に好感度が高過ぎる。二十数年生きているのだからある程度は自分の顔の良し悪しは理解しているからこそ、彼女達は俺の行動によって好感を持ってくれていることになるが、その理由がさっぱり思いつかない。
好意を持つことに理由など無いといったことを聞くことがあるが、自分に自信の無い者には必要なのだ。自分を奮い立たせる何かを知るための術として。
『素直に受け止めれば良いんですよ。なんなら、相手が望むからといった理由で関係を作れば良い。貴方に罪悪感はあるかもしれませんけどね』
「良く人生相談されるんですか?」
彼女のアドバイスに感謝しつつ、なんとなく思ったことを訊いてみれば、
『聞いてください!いっつも、いっつも相談ばかりされて、私が相談することはないんですよ!』
声を荒げて彼女は愚痴を吐いた。
『ほんっとうに、いっつもいっつも!』
地雷を踏んだと思った時には既に遅く、そこからリーヴァスに着くまでずっとレイラさんの愚痴を聞かされた。
途中、「モテそうなのになあ」などと呟いた時は凄い剣幕で「じゃあ私の相手になってください!」という言葉と共に揺れを酷くされ、レイラさんへの対応と酔いの対処で非常に困った。




