そんなことを言われてもなあ
「ミオンさん?」
声を掛けてもミオンさんは俺の胸に手を当てたまま動こうとしない。
どうしたものかと頭を悩ませていると、ノック音が部屋に響いた。
『ユウジさん、マリアです。目を覚ましたと聞いたので……入っても大丈夫ですか?』
ドア越しにマリアの声が聞こえ、俺はなんとなく今の状態を見られるのは不味いと考えた。
「ちょっと待ってくれ!」
ドアの先に居るマリアにそう声を掛けると、俺は未だに動く気配の無いミオンさんの肩に触れた。
彼女はピクリと反応を示し、首を傾げて俺を見た。
「ユウジさん?」
「マリアが来てます」
それだけを伝えると彼女は得心がいったようで、すぐさま俺の傍を離れた。
「ユウジさんはソファに座ってください」
彼女の指示に頷き、俺はソファに座った。
ミオンさんは俺が座ったことを確認すると、「お待たせしました」とマリアを迎え入れた。
「失礼します」
「ごめん、待たせて。そこに座って」
マリアをソファに座るように促すと、彼女は数秒程ミオンさんを見つめた後に座った。
「もしかして、お邪魔でしたか?」
「ん?どういうことだ?」
マリアの開口一番の言葉に内心驚きながら、顔に出すことなく俺は聞き返した。
「……いえ、なんでもありません」
「そうなら良いけど」
やましいことをした訳はないが、聞かれずに済んだことに安堵する。
「食事はとったみたいですね」
マリアは部屋に置かれたカートを見ると、安心したように言った。
「心配掛けて悪かった」
そうした方が良いと思い、俺は頭を下げた。
「はい、心配しました。このまま目を覚まさないかも、なんて頭に過ぎったくらいなんですから」
マリアはいかにも怒ってますといった具合に腕を組み、俺を睨みつけた。
「ハハハッ」
マリアの行動がふくれっ面になった子どものように見えてしまい、思わず笑ってしまう。
「なんで笑ってるんですか!」
怒っている対象が笑い始めたことにマリアは立ち上がり、声を荒げた。
「そんなことを言われてもなあ」
ちらりとミオンさんの方へと視線を向けると、彼女も口に手を当てて笑っていた。
「ミオンさんも笑ってるぞ?」
俺の指摘にバッとマリアはミオンさんを見ると、わなわなと肩を震わせた。
「お二人とも……!」
本人としては怒っているつもりなのだろうが、怖いという印象は一切湧いてくることはない。
「マリア。落ち着こう、な?」
「……わかりました」
怒っても無駄だとわかったのか、マリアは渋々といった様子で座った。
「たぶん、マリアは怒ったことが殆ど無いんだろうな。全然怖くなかったぞ?」
「うっ……だから笑っていたんですね」
「そういうことだな」
マリアは悔しかったのか腕を組み「怒る練習をしないと」とぶつぶつ呟き始めた。
「怒る練習については後日にして頂くことにしましょう。ところでマリア様、何か用があってユウジさんに会いに来られたのでは?」
ミオンさんの言葉に「ああっ、そうでした」と言ってマリアは居住まいを正し始めた。
「実はですね、叔父様から言伝を預かっていまして」
「陛下から?」
「はい。叔父様を含めフリーシアの王族は皆、今はとても忙しいので」
「色々あったからな。それでも、マリアに言伝を預けなくてもいいだろうに」
襲撃のあれやこれやで忙しいのは考えつくが、王女であり聖女でもあるマリアに言伝を預けたことは疑問だった。
「私個人からも伝えなくてはならないことがあるんです」
伝えるべき事項を一辺に済ませるため、マリアが言伝を預かったのだろう。
「じゃあ、先にマリアの方を聞くよ」
「わかりました。実は、国に戻ることになりました」
いづれマリアは国に戻ると思っていたため、特に驚きはしない。恐らくここに居るという役目を終えたのだろう。
「新しい神託のためか?」
「はい、いづれ現れる勇者様を迎え入れるための準備をせよと」
「勇者……」
勇者という言葉に胸がざわつく、心のどこかに眠る厨二心が刺激されているんだろうか。
「かつて、邪神からこの世界を守るためにこの世界の住民から選ばれましたが、どうやら今回はユウジさんと同じく異世界から召喚されるそうです」
「どう足掻いても邪神が復活するからこそ、勇者は召喚されるのか……?」
「そのようです」
確実に邪神は復活し、世界を救うため主人公と呼ぶべき存在が召喚されるらしい。勇者という存在が召喚されるならば、俺がこの世界に来た意味はなんなのだろうか。
「私の話はこれで終わりです。次は叔父様の言伝なのですが、リーヴァスに向かって欲しいそうです」
「リーヴァス?」
思考の渦から抜け出し、聞き慣れない単語を訊き返す。
「はい。フリーシアから北にある国で、内湾沿いに都市を築いた国です」
「へえ、海洋国家か。それにしてもなんでまた?」
「ルーヴァンス公が会いたいと言っているそうです。なんでも、短剣のお礼を直接言いたいとか」
向こうから来れば良いのではという考えが頭に過ぎるが、立場があることで色々と不都合なことがあるのだろうと納得する。
「高齢のため長旅は負担が大きく、自分から会いに行けないことを申し訳なく思っていたそうです」
高齢ならば仕方ない。元の世界であれば移動手段は色々とあるが、この世界ではそうもいかないだろう。
「聞いただけだと優しい人みたいだな」
「はい。私が一度リーヴァスに訪れた際、とても良くして貰ったんです。戴いたお菓子がとても美味しかった……」
マリアの様子から、とても良い人だということが伝わってきた。
「それで、いつ向かえば良いんだ?」
「ユウジさんの体調さえ良ければ、明日にでも発つことは出来ると思います」
「明日は少し早い気がするな……ミオンさんはどう思います?」
ティーセットをテーブルに用意していたミオンさんは「そうですね」と少し考えながらカップに紅茶を注ぎ始めた。
「明日は早急かと、準備も兼ねて明後日でどうでしょうか?」
そう言って紅茶で満たされたカップを俺とマリアの前に置いた。
「一週間、俺の様子を見ていた人がそう言ってるし、そうしようかな」
「わかりました。叔父様からユウジさんを迎えに来ていたリーヴァスの方々にそう伝えて貰います」
「ありがとう」
その後はミオンさんにも座って貰い、襲撃後から俺が目を覚ますまでに起きたことを二人から色々と聞いた。
その際にルーヴァンス公が俺に会いたいと言っていたのが襲撃前の話だということがわかり、陛下が襲撃前の買い物の際に伝えてくれていないことがわかった。伝えるべきことは伝えたといった態度だったが、他国の要人のことを伝え忘れるというのは如何なものだろうか。
因みに、ジジイもルーヴァンス公のことについては知っていたらしい。伝える機会は幾らでもあった気がするが、なぜ伝えてくれなかったのだろうか。




