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そもそも

 ベッドの上で体をある程度伸ばしたり曲げたりするのが終わり、次に何をやろうかと考えても特に思いつくことはなく、ならばそろそろ軽く歩いてみるかと考え始めた頃、扉のノック音が部屋に響いた。


「どうぞ」


 扉越しに「失礼します」という声が聞こえた後、ミオンさんが

カラカラと小型の鍋を載せたカートを押しながら部屋に入ってきた。


「お待たせしました。ベッドの端まで来て頂けますか?」


 指示通りベッドの端に俺が寄ると、彼女はカートの下の段からマグカップを取り出し、小型の鍋に入ったスープを入れ始めた。


「どうぞ」

「ありがとうございます」


 彼女からスープで満たされたマグカップを受け取り、スープを見つめる。

 コンソメスープのような匂いが鼻をくすぐるものの、見た目は澄んだ琥珀色ではなく、少し白味がかり濁っている。

 文化の違いでこうなっているのかとこのコンソメスープもどきに俺が疑問に思っていると、


「コンソメスープでは間違いないのですが、すり潰した芋を入れているので、そんな色味になっているんです」


 別のマグカップをカートから取り出しスープを入れながら、俺の様子を見ていたミオンさんが教えてくれた。

 どこで飲むのだろうかと思っていると、彼女は何食わぬ顔で触れそうで触れない絶妙な距離で俺の隣に座り、ふーふーと猫舌なのかスープを冷まし始めた。

 丁度良い温度になったのか、彼女は一口飲むと「おいし」と感想を述べ、ぺろりと唇を舐めた。

 そして彼女は俺の視線に気づくと、


「美味しいですよ?」


 そう言ってまた、彼女はマグカップに口をつけた。

 しれっと俺の直ぐ隣に座った彼女から、俺は自分の手にあるマグカップに目を移し、それを口元に近づけた。


「ゆっくり飲んでくださいね」


 彼女の指示に頷き、スープを口に含んだ。

 じっくりと煮込まれたことで溶け出した肉や野菜の旨味が俺の口を満たし、すり潰した芋によってとろみのあるスープになったことでスープの後味が口の中に暫く残った。


「おいしい」


 そう思わず呟くと、すぐに俺はふた口目を飲んだ。


「ふふふ、ちゃんとゆっくり飲んでくださいね?」


 俺の様子を見て笑いながら、ミオンさんはマグカップをカートに置いた。


「ユウジさんが寝ている間に起きたことを話しますね。スープを飲みながらで良いですよ」


 そう言って彼女は、俺が寝ている間に起きたことを話し始めた。

 襲撃による犠牲者の殆どが戦いに参加した人々ばかりで民間人の犠牲者は僅かであることや、レビンと呼ばれる他国の貴族によって最終的に助かったこと等を伝えられた。

 幸いといってもいいのか、俺の知っている人達は怪我こそあったものの無事らしい。特に後遺症が残るような怪我を負うこともなく、治療が終わると同時に動き回っているらしい。


「伝えるとすれば、こんなところでしょうか?」


 カートからマグカップを手に取り、ミオンさんはスープを口に入れた。


「あんまり細かい話をされても、殆ど知識のない俺じゃわからないですからね」


 話を聞いている時に新たに入れて貰った二杯目のスープを飲み干し、俺はさらに飲もうと立ち上がろうとしたが肩に手を置かれた。


「それは私の仕事です」


 有無を言わさぬ口調と共にミオンさんは俺からマグカップを取ると立ち上がった。

 鍋蓋を開け、彼女は湯気の立ち上り具合を見た後に鍋の側面に軽く触れた。

 

「私の話のせいで少し冷めていますね。温め直しましょうか?」

「そのままで大丈夫ですよ」

「わかりました」


 マグカップにスープが入れられるのを待つ僅かな間に、俺は窓へと視線をやった。三分の一程開けられたカーテンから日の光が漏れ、僅かに窓が開いているのか少し波打っていた。


「今は昼ですよ」

「起きるのが夜じゃなくて良かった……」


 夜ならば確実に生活習慣が乱れ、元に戻すのが面倒なことになっただろう。


「どうぞ」

「ありがとうございます」


 マグカップを受け取り、新たに満たされたスープを飲む。やはり彼女が言っていたように少し冷めているが、冷めたことによって味は特に変わることはなく、そのままだった。


「あと少しだけ残っていますね。ユウジさん、飲みますか?」


 鍋を見つめながら、彼女が尋ねてきた。


「貰います」


 マグカップのスープを一気に飲み干し、ミオンさんに渡す。


「もう……」


 彼女は俺を咎めるように見ると、マグカップに残りのスープを入れた。


「元気なのはわかりますけど、一週間も寝ていたんですからもう少し体を労ってください」

「すみません」


 マグカップを受け取り、ミオンさんに見つめられながらゆっくりとスープを飲んでいった。

 スープを飲み干し、ミオンさんにマグカップを渡す。彼女はカートにコトリとマグカップを載せるとカートを部屋の入口へと移動させた。

 彼女は戻って来ると、隣に座ることなく俺の前に立った。 


「歩いても大丈夫かどうか確かめましょうか。支えるために、手を出してください」


 言われた通りに両手を差し出すと、柔らかく滑らかなミオンさんの手が俺の手を握った。


「立ち上がってみてください」


 ミオンさんの言葉に頷くと、俺は脚に力を入れ、立ち上がった。


「大丈夫そうですね」


 ふらつきや立ちくらみ等の異常はなく、特に問題は無さそうだった。


「少し歩いてみましょうか」


 ミオンさんに手を引かれる形で部屋を歩いていくが、特に問題はない。


「大丈夫そうですね」

「そもそも、死んでも生き返るような奴の体を気にする必要ってあったんですかね?」


 ふと思い至ったことを口に出すと、ミオンさんは歩くのを止めて俺の手を離し、俺の胸に手を当てた。


「この世に絶対はありません。ある日突然、ずっと目を覚まさないことだってあるかもしれないんです。ユウジさんの周りに居る……私達の心の安寧のためにも、体を大事にしてください」


 彼女の言葉は俺の身を案じる以上の想いが籠められているように感じた。

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