不思議なことに
「良く見たら薄っすらと表面が油まみれみたいになってますね」
「嘘でしょ……」
無事に着地が出来たらしい親友の一言でサクヤは人型に対して嫌悪感を抱き、顔を顰めた。
「虫系の魔物は平気なのに、ああいうのは駄目なんですね」
(平気で魔術で焼いたり引きちぎったりするのに……)
カグヤはそんな様子を見せた長い付き合いの中でも知らなかった親友の新たな一面に驚いた。
「理由はわからないけど、どうも駄目ね。これが生理的に受け付けないってことかしら」
表面がテカテカと光る人型を見て、サクヤはさらに顔を顰めた。
「それにしても、どうしましょうか?降りてくる様子は無いですよ?」
「そうね……あら、降ってきたわね」
朝から昼に掛けては晴れ模様だった空は分厚い雲が覆い隠し、雨を降らせ始めた。
「そういえば、襲撃が起き始めたくらいから少しづつ曇り始めたわね」
「確かそうだった筈です。普通なら唯の天気の移り変わりと言いたいところですけど、これは意図的に起こされたものですね」
二人の頭にとある人物の姿が浮かんだ。
世界で数少ない魔術ではなく魔法を扱う魔法師であり、とある国の伯爵家次期当主の青年の姿だ。
「そういえば、そろそろ起きる頃でしたね。また眠ることになりそうですけど……」
苦笑を交えながらカグヤは言った。
雨足が強まり始め、遠くからゴロゴロという雷鳴が聞こえ始める。王都上空の灰色だった雲は少しづつ雷雲へと移り変わり、滝のような雨が降り始め、王都の火が少しずつ消えていった。
人型は何かを感じ取ったのか、顔らしき部分を王都の南西部へと向けた。
すると、南西部から王都にかけて一筋の雷光が雷雲を走り、ひときわ大きい雷鳴が王都中に轟いた。
人型の真上辺りから放射状に雷光が走り、雨の音を絶え間なく轟く雷鳴がかき消していった。
「天候に干渉する辺り流石ね!」
「火事はもう大丈夫ですから!もう少し雨を抑えて欲しいですけどね!」
雷鳴で声がかき消されないよう二人は声を張った。
「サクヤ!ここはもう彼に任せましょう!」
「そうね!あの人のところへ行きましょ!」
土砂降りの中、二人は王城へと駆け出した。
「KyuRyuRyuRyuuuuuuuuuuuuuuu!」
二人の背後からそんな奇声が聞こえたかと思えば、雨のように黒い触手が王都中に降り注いでいくのが見えた。触手は何かを取り込んだかのように膨らむと、人型の方へと送り込んでいく。
(王都中の魔物を取り込んだみたいね)
道中で死体に至るまで魔物が一体も確認できないことからサクヤはそう判断した。
火事や魔物によって倒壊した建物に二人は心を痛めながら、雨で濡れた王都を進んでいった。
守衛の居ない王門を抜け王城へと入り、ユウジの臭いをカグヤが辿る。
(この臭いは…)
カグヤはユウジ達以外の人物のまだ新しい臭いも感じ取った。
(虫のしらせみたいなものでしょうか?)
その人物の臭いがする理由を考えながら、カグヤはユウジの血の臭いがする方へと進んでいく。
城内は殆どの者達が気絶させられているが、戦闘の形跡がある場所では息を引き取っている者も居た。
「私達のせいね……」
色々とやってきたサクヤだったが、それでも自分達が行ってきたことが原因で死んだ者達に対して申し訳なさを感じた。
「気概を見せ、敵に立ち向かった勇気に失礼ですよ。それまで私達のせいにするつもりですか?」
「そうね…それは彼らのものだわ」
せめて安らかに眠って欲しいと願いながら、サクヤはカグヤの後ろを付いていった。
「あそこですね。どうします?元の姿になりますか?」
「もうこのままで良いでしょう。説明は貴女の仮のお祖父様に任せましょう」
ある程度事情を知るグレゴリオに後々の説明を任せることに決めて、二人はユウジが居る部屋へと入った。
「久しぶりですね、二人共」
そう声を掛けて二人を迎えたのは毛足の長いカーペットの上に座り、膝に乗せたユウジの頭を優しく撫でる金の髪と翡翠の瞳を持つ一人のエルフ。
「久しぶり、ということは。ラティナではないみたいですね」
声を震わせながらカグヤは少しずつ近づいていく。
「そうですよ、カグヤ。ラティナではありません」
ラティナの姿でありながら否と答えたエルフは優しく微笑んだ。
「じゃあ……ララ、なの?」
「不思議なことに、そうみたいです」
サクヤの質問に答えたエルフ、ララは肯定した。
「「ララっ!」」
それを聞いたカグヤとサクヤが駆け寄ろうとするが、「彼が起きてしまうでしょう?」と少し怒ったララに嗜められてしまう。
「再開に喜びたいところですけど、私はまた直ぐに眠ることになると思います。この体の持ち主はあくまでもラティナのものですから」
「どういうこと?」
「転生したわけではなく、ラティナのところに私の魂が入ってしまっただけなんです」
ララはユウジを撫でていた手を胸に当てた。
「元々、私の魂の一部が彼の中に入っていたんですけど、それが親和性の高い彼女の元に移ってしまったみたいなんです」
「さらっと凄いこと言ったわね……」
さり気なくララが語ったことにサクヤは呆れた。




