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気づかれるわよ

 王都北側へと向かい状況を確認し、あとを祖父に任せたオリヴィアとその従者であるリアは王城へと向かう途中、一人の女と対面していた。


「久しぶりね。あれからどれだけ経ったかしら」


 緩くウェーブのかかった豪奢な金の髪を払い、整った顔立ちに鮮血を思わせる赤い瞳でオリヴィア達を見ながら女は言った。


「今はそれどころではありません」

「つれないわねえ」


 オリヴィアの対応に女は溜息を漏らした。


「まあ別に良いけども。でも、一応私が今日来た理由くらいは聞いて欲しいわ」


 艶めかしい曲線を描く腰に手を当てながら女は言った。


「来た理由?私の邪魔をすることではないですか?」


 碧い瞳を金へと変えながら、オリヴィアは問うた。


「違うわよ……姿まで変えて傍に居るなんて、ほんと健気ねえ」


 オリヴィアが本来の姿へと変わりかける様子を見て笑みを浮かべながら、女は関心したように言った。


「それを言いに来ただけですか?」


 女の様子にオリヴィアは怒りを募らせた。


「怒らないで。全く、久しぶりに会ったのだから会話くらい良いじゃないの」


 オリヴィアの様子に少し拗ねたように女は言った。


「早く言ってください、カーミラ」

「はいはい、いずれ勇者が現れるわ」


 オリヴィアに急かされ、カーミラと呼ばれた女は言った。


「本当ですか?」

「ええ、本当よ」

「現れる?どういうこと?」


 沈黙を続けていたリアがカーミラに問うた。


「前回のように生まれるのではなく、現れるのよ」

「つまり、この世界に召喚されるということ?」

「ええ……あら?」


 カーミラはリアの質問に肯定していると、何かに気づきふと空を見上げた。

 そこには王都を覆う程の大きさの膨大な魔力によって創られた魔術陣があった。


「奴も戻って来たのね」


 魔術陣から王都各地へと降りていく魔物を見ながらカーミラは呟いた。


「憎いのはわかるけれど、落ち着きなさい。無駄死にする気?」


 髪が白金から金へと変化するオリヴィアと、獣耳が消え額から角が生えるリアへとカーミラは声を掛けた。


「出来るなら殺したいけど、私達には無理でしょう。抑えなさい、気づかれるわよ」


 カーミラに諭され、オリヴィアとリアは元に戻った。

 二人の瞳からは憎しみの炎が揺れていていたが、徐々に収まっていった。


「まあ気づいたとしても、奴のことだから手を出して来ないでしょうけどね」


 二人が落ち着いたのを見てそんなことを呟きながら、カーミラは近くに降り立った魔物の首を触れもせずに落とした。


「相変わらず、とんでもないですね。この規模をなんのリスクも負わずになんて」


 落ち着きを取り戻したオリヴィアが王都上空の魔術陣を見てそんな感想を漏らした。


「そうね……あの人は戦う為にその身を贄にして戦っていたっていうのに、ほんと化け物よ奴は」


 オリヴィアの感想にカーミラはそう返した。

 カーミラが魔術陣を見ていると、黒い生物が頭から現れようとしているのが見えた。


「ただ大きいだけの魔物ね」


 そんな感想を呟きながら、王城の方から発せられる魔術によって巨大な魔物が徐々に消えていく様子を見た。


「奴も現れた以上、勇者はあの人と奴を殺すことになるのね」


 同じく魔術陣を見ながら、額から生えた角を戻したものの獣耳を戻さず、獣人ではなく人間と変わらない姿となったままのリアが言った。


「そうなるわね。ただ、私はあの人を解放するわ」

「あの人に元に戻り、また自らを贄として戦えと言うの?」


 砕け散った魔術陣からカーミラへと視線を移して、リアは問うた。


「いいえ、本人が望んだとしても絶対にさせないわ」

「じゃあなんの為にですか?」

「安全な世界に行くのよ。戦う必要なんてない、命を脅かすような存在の居ない世界へ」


 危険のない世界で暮らすという、カーミラは長い間ずっと考え続けていたことを言った。


「この世界を放っておく気?今までしたことを全て無駄にしろというの?」

「そうよ。私達が居なければ生まれてすらいなかった者達の為に……他人を救うことに一体なんの価値があるというの?」


 かつて世界の為と思いカーミラは戦ったが、結果得られたのは滅びを先延ばしにすることと、大切な存在の確定した死だった。

 しかし、カーミラは長い間旅したことによって大切な存在の死を防ぎ、別の世界へと親しい者達と共に行く方法を見つけた。この世界の人々を見捨てることへの罪悪感こそあれど、大事な人達を誰も失うことのない方法、彼女にとっては最良の選択だった。


「あの人の意思だからよ」


 カーミラの問いにリアが答えた。


「そうね、あの時あの人は望んだわ。でもそれは贄として元の世界の記憶や寿命の殆どを使って未来が無かったからよ。けど今は違う、チャンスなの。貴女達はあの人を助けるつもりはないの?」


 かつて共に世界を旅した二人にカーミラは問い掛けた。


「世界をとるわ。それが力ある者が果たすべき役目だから」


 リアは淡々と言った。

 カーミラがオリヴィアへと視線を向けると、首肯が返って来た。


「そう……私には出来ないわ。あの人にもう一度あんなことをさせるなんて」


 近くに降り立ったオーガの首を触れることなく切り離しながら、カーミラは呟いた。


「カーミラ……っ!なに?」


 リアがカーミラの呼び掛けると、爆発音が断続的に王都中から響き、火の手が上がった。


「どうやら、奴一人だけじゃないみたいね。それにしても、随分甘いわね。本気でやれば一瞬で王都全体を火の海に出来たでしょうに」


 カーミラは燃える王都の街並みを見てそう呟いた。


「カーミラ」


 オリヴィアに呼びかけられ、カーミラは彼女の方へと視線を移した。


「お願い」


 カーミラの脳裏に覚悟を決め、自らを犠牲にして世界をどうにかしようと藻掻いた青年の姿が浮かんだ。足掻いて、足掻いて、遂には自分自身を犠牲にして未来へと託すという手段をとった青年の姿が。


「……カグヤ、サクヤ。あの人が何も失うことなく、この世界が救えるならば戦うわ。でもそれが出来ないならば、問答無用で貴女達含め、皆を連れてこの世界を捨てる」


 そう言い残し、カーミラは姿を消した。


「カーミラ…」

「色々と模索しながらも、どうすべきか迷っていたんでしょうね…わざわざ顔を出してきたのが証拠だわ。行きましょう、あの人の所へ。無事ではないでしょうけど、生きている筈よ」


 今は主と従者という関係の二人は王城へと向かった。

 あとに聞こえるのは魔物の怒号と王都が燃える音、そしてそれらをどうにかしようと藻掻く者達の声だった。

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