胸を貸してやる
男が魔力を解き放ったと同時、空に幾重もの幾何学模様が描かれた巨大な魔法陣が浮かび上がった。
「な!?」
集まった面々のうちの誰かが魔法陣の規模の大きさに声を上げた。
「阻止しろ!」
ラファルが仲間達に呼び掛け、男に肉薄するものの男に焦った様子はなく、
「残念、終わりました」
と無慈悲な宣告をし、その場から消えた。
瞬間、魔法陣から夜を思わせる黒鱗が全身を覆い、幾重にも分かれた角が頭の後部に生え、巨大な顎から鋭い牙を見え隠れさせる一体の竜が現れた。
「竜を喚んだ...?」
「まさかこの竜が...」
竜の威容に気圧され、グラノフの仲間達が口々に言葉を漏らした。
『久しぶりに喚んだかと思えば...こやつらの相手をすれば良いのか?』
黒竜は喚び出した男と自らの威容に気圧される者達に呆れながら、同じ目線で浮かぶ喚び出した男に問うた。
「ええ、殺さずに時間稼ぎ優先で」
『はあ、竜使いが荒い...それならば』
ため息をつきながら黒竜は言うと、一瞬のうちに長い黒髪を靡かせ、頭から枝分かれした角を生やし、東方の国で伝統的な衣装である着物を鍛え抜かれた肉体によって内側から押し上げる二メートル程の竜人へと姿を変えた。
「この姿で相手しよう」
金の眼でグラノフ達を見下ろし、竜人は内包する魔力を昂ぶらせながら威風堂々と言った。
「どうする?隙を見て王都ヘ向かうか?」
竜人と男から視線を離さずに、ラファルは隣にいるグラノフへと問うた。
「無理だ。とてもそんな隙を与えてくれるとは思えない」
ラファルの質問に答えながら、
(オークの魔石が目的であればここに居る必要などない、なぜわざわざ姿を現してまで足止めする必要があった?欠片をそのままにしておくだけで充分に時間稼ぎになった筈。それに、黒竜の言葉からここを襲撃した竜とは別であることは分かったが、ゴルトラ達との関係はなんだ?)
とグラノフは男がなぜこの場に居たのかを考えた。
「向かって来ないぞ?」
向かって来る様子を見せないグラノフ達を見て、竜人は拍子抜けしたように傍らで浮かぶ男に訊いた。
「わざわざ欠片をチラつかせて私がここに居たことが不思議なんですよ」
「うん...?そういうことか、また面倒なことを...しかしまあそうでもせんとなあ」
男の言葉で、ある程度理解した風に竜人はそう漏らした。
男達が動く様子のないグラノフ達を見下ろしていると、「一つ聞きたい」とグラノフが一歩前に出て男達に問い掛けた。
「話せる範囲であれば教えましょう」
「ここに拠点を置いていた者達との関係だ」
「ああ。そうですね...ここがこうなるように仕向けたのは私だとだけ伝えておきます」
男はグラノフの質問に対し、地面を指しながら言った。
「竜をけしかけたのか...」
男が仕向けたという事実にラファルは驚愕した。なにせ今まで姿を現すことなど無かった竜が現れ、更には喚び出したことも充分驚くことだったにも関わらず、この地を竜で荒らさせた要因を目の前の男が作ったというのだ。
「何者なんだ、あいつは?」
ラファルが疑問に思っていると、
「見た通りだろうな」
隣に居たグラノフに小声で返された。
「見た通りって、お前」
ラファルが呆れていると、
「見た通り怪しい者達、一体何者であるかは気になるところではありますが」
ジャックが前へと歩を進めた。
「しかしそんな正体よりも優先すべき使命が我々にはある。神託の指示通り、邪神の欠片を回収するという使命が。考えたくなることは分かりますが、使命を果たしてからでも良いでしょう」
そう言ってジャックは空いていた手にもレイピアを持った。
「変則的な二刀流ですねえ」
「レイピアで二刀流は今まで見たことがないな」
ジャックの様子を見ながら男と竜人はそんな感想を呟きながら、身構えた。
「来ますよ?」
「仕方ない、胸を貸してやるとしよう」
男と竜人はそんな軽口を叩きつつ、ジャックの行動を見つめた。
男と竜人に見られながら、ジャックは全身に魔力を行き渡らせて爆発的に身体能力を向上させ、男と竜人の元へ跳んだ。
ジャックの行動に驚いた様子の無い二人を視界に捉えながら、ジャックは両手に持つレイピアを突くのではなく振るった。同時、レイピアはその形状を幅広で長い剣へと変化した。
「ほう?」
変化するさまを眺めながら、竜人は容易くその長剣を受け止めた。竜人が仲間の男に視線を移せば、彼は大袈裟に避けていた。
(何を大袈裟に避けている?ただの変化する剣だろうに)
と男に対して竜人が呆れていると、
「ん?」
突如として長剣が更に変化し、竜人の全身を蛇が蜷局を巻くようにして拘束した。
(剣の形に囚われることなく様々に変化するのか!)
竜人は持ち主であるジャックに引っ張られるようにして地面へと引きづられるのを浮遊魔法で阻止しながら、ジャックの武器の能力に驚嘆した。
(そのまま地べたには這いつくばりませんか)
竜人の様子を見たジャックは直ぐに武器から手を離し、地面へと降り立った。
「ハハハハハ!面白い!変化する武器か!様々な武器を持ち替えて戦う者はいたが、変化させて戦うか!」
ジャックの武器は持ち主の手から離れながらも竜人の体をきつく締め上げていく、竜人は初めて見る戦い方に笑みを隠せず大笑した。
「今のうちに放て!」
グラノフの指示によって、体を拘束されながら浮いたままの竜人に対して魔術が放たれていく。しかし竜人の肉体は疎か着物にすら傷一つ付く様子はない。
「遊んでないでちょっとは何かしら動いてください」
魔術に撃たれる竜人を見ながら、自らは防護魔術で攻撃を受けていない男は竜人に指摘した。。
「何を言う、今はこんな状態だ。動ける筈がないだろう?」
竜人は自らの状況に笑みを浮かべ、降り注ぐ魔術を受けながらその場でくるりと回ってみせた。
「なんだあの竜は、全然効いてねえ」
平然としている竜人を見てラファルが言葉を零した。
「拘束しても無駄でしたな」
魔術的な繋がりによって竜人ヘの拘束を維持したままのジャックが、自らの行動の無駄を悟った。
「人型をとっているが、体の頑丈さは竜の時のままなのだろう」
竜人の様子からグラノフはそう考察した。
「それにしても...浮かびもせず飛びもせず。本当に戦う気があるのか?」
魔術を受けながらも回転をするのが楽しくなり、回転を続けていた竜人が仲間の男に問うた。
「仕方ありません、今では地上戦が殆どですから」
「そうなのか、知らないことばかりだな」
「私としては色々と伝えて起きたいことがあるので早く彼らを動けなくして欲しいところですがね」
「ならば遊ぶのは止めて殺さぬ程度に痛めつけ、色々と聞くとするか」
竜人は男との会話をそう締めくくり、自らを拘束している武器の持ち主の元へと一瞬のうちに移動した。
「これが鬱陶しくなってきたからな、先ずは貴様からだ」
拘束する武器を見せつけながら、竜人はジャックにそう述べた。
竜人がまともに戦い始めてから一分後、そこは竜人と男以外が意識無く倒れ伏す場所となっていた。
「大したこと無かった...」
ジャックを倒したことで拘束の解けた竜人は、戦った者達の余りの歯応えの無さに呆れていた。
「これでも上から数えた方が早い方達ばかり良いんですけどね」
「こんな状態で大丈夫なのか?」
「恐らく魔物相手では大丈夫ですよ」
竜人の質問に答えながら、男はくるくると六つの欠片を指で弄び始めた。
「一応、私の結界を破るくらいの実力はあるのですが、まあ弱めの結界ですがね」
「想像よりも、月日は残酷だな」
地面に腰を下ろし、竜人は雲が覆い始めた空を見ながら言った。
「仕方ないですよ。異様に突出した実力者に頼り、戦いを専門とする者達が減っているんですから。でも、同族の皆さんは変わらずのようですよ?」
「強い奴は強い、か」
荒れ果てた大地に目線を移し、竜人は男に返答した。
「それで......肝心のあいつは?」
大地から男へと目線を移して、竜人は尋ねた。
「予想通りの能力を持って、帰ってきましたよ」
「そう、か」
「感傷的にならないで下さいよ?これから色々とやらなければ、このままだと確実に滅びます」
「どういうことだ?」
男の言葉に眉をひそめながら、竜人は尋ねた。
「貴方は知らないでしょうが、本当の敵という奴が現れたんです。今はフリーシアを襲っている頃でしょうね」
「なんだ、その国は?」
「減ったり増えたりしたんです。それも含めて色々説明しますから、そろそろ行きますよ」
男は竜人にそう呼び掛けながら、邪神の欠片に見せかけた偽物をグラノフの元へと置いた。
「真実を知るのは何時になるでしょうね。その時、貴方達は我々のことをどう思うのでしょうか」
そう言葉を残して男はその場を去り、竜人も去った。
残ったのは倒れ伏すグラノフ達と、偽物の邪神の欠片だけだった。




