ご安心を
ユウジ達が馬車に乗って出掛けた後、王弟グラノフと聖女専属執事ジャックは演習場である人物を待っていた。
「残念です。私も出来る事ならユウジ殿について行きたかった」
ある人物を待つ間、普段と変わることなくその身を執事服に包んだジャックが呟いた。
「仕方ないだろう。これから向かう場所での作業を考えれば、適任者は私とジャックしかいない」
「騎士団長達は忙しいでしょうからな」
現在、スタンピードが終わったとはいえ五つある王国騎士団のうち第五騎士団は冒険者と共にユーフォレナで経過観察を行い、第三騎士団は先のスタンピード前のオークとの一戦により敗北を喫した為に日々鍛錬を行っている。そして第四騎士団はオリヴィアと入れ替わるようにしてファシュトリア帝国で合同演習の為に赴き、残りの第一・第二騎士団は日替わりで異常がないか王国各地を巡っている。
「来たか」
グラノフがそう呟くと、背中に翼を持つ金髪碧眼の男が空から演習場に降り立った。
「待たせたな、グラノフ。それにジャックさんも」
男がグラノフとジャックに声を掛けた。
「構わない。急に済まなかったな、早速だが頼めるか?」
「ああ。他の国の奴らも直ぐに向かうだろうからな」
そう金髪碧眼の男が言うと、突如として男の体が優しい光に包まれた。その光は五メートル程の大きさになると消え、そこには白い羽毛で包み強靭な爪と大きな翼を持った鳳が現れた。
『乗りな』
天の使いへと姿を変えた男はそう言うと、グラノフとジャックが乗りやすいようにその身を地面に着けた。
「ラファルの背に乗るのは久々だな」
『乗せるなら美女を載せたかったぜ』
ラファルと呼ばれた天使は願望を吐き、グラノフとジャックを背に乗せ終わると飛行するための魔力器官となっているその大きな翼を広げた。
『行くぞ?』
「ああ」
グラノフの返事を聞くと、ラファルは風の影響を受けないよう背中の二人に魔術を掛けた後、その身を空へと向かわせた。
一瞬のうちに王都上空へとラファルは移動し、北へと羽ばたいた。
向かうは邪神の欠片を狙う者達のアジト跡、かつて勇者が仲間達と共に邪神を倒した地、極点。
野を越え山を越え、人の中で最速を誇る天使とその背に乗った男達は目的地へと目指した。
『スタンピードの時は悪かったな』
空の旅を始めて暫くたった頃、ラファルが申し訳なさそうに言った。
「仕方ないだろう。まさか同時期に天空島がワイバーンの群れに襲われるなど誰も考えつく筈が無い...お互いに被害が少なく済んで良かった」
お互いが無事であることを確認するかのように、グラノフはラファルの背に触れた。
『そうだな。ところで、騎士団と冒険者の部隊を壊滅させたオークと少人数で殺りあったみたいだが、よく無事だったな?』
「...そのことなんだが、少し疑問があってな」
『なんだ?』
「そのオークのアマノユウジへの執着だ」
「私もユーフォレナで起きたことを聞いた時に少し感じていました」
聞き役に徹していたジャックが口を開いた。
「広大なユーフォレナで彼を見つけたことや、戦闘中も執拗に彼を狙ったこと、ゴルトラによって彼が殺された時にゴルトラの排除を行ったことなど色々とあるが、これらは最初に邂逅した時から獲物として狙っていたと考えられなくもない。しかし、それでも彼ばかり狙うのは異常だとは思わないか?」
『そのユウジとやらは加護持ちなんだろ?だから余計に狙ったんじゃないか?』
ラファルはある程度聞かされていたユウジの情報からそう考えた。
「そうならば脇目も振らずに彼を狙うのではなく、その気になれば簡単に出来た筈の私達の排除を優先すべきだ」
「ユウジ殿一人であれば、死なないとはいえど煮るなり焼くなり出来たでしょうからな」
「ああ」
『何気に酷いこと言ってるぞ?』
この場にいないユウジに対するグラノフとジャックの言いようにラファルは呆れた。
『となると、殺す目的以外で彼を狙う何かがあったということになるが...結局そのオークは死んだ。戦うという手段を用いて、何がしたかったんだ?』
ラファルの頭にオークの行動に対する疑問が膨らんだ。
「本人にも伝えたが、何かを感じ取り行動を起こしたくらいしか分からない...ただ、あくまで俺個人の推測になるが、彼を痛めつけることが目的だったのではないかと考えている」
オークを倒した時にユウジに伝えたことを思い出しながら、グラノフは持論を述べた。
『痛めつける?なんでまたそう思ったんだ?』
グラノフの持論によってラファルの頭にさらに疑問が浮かぶ。
そんななか、ジャックが「そういえば」と言葉を零した。
『なんです?ジャックさん』
「いえ。ユウジ殿が以前、怪我をするたびに治癒速度が上がっていると言ってましてな」
『...まさかそれを促進させるため?だとしたらそのオークは一体...?』
「精霊による仕業だとは考えられない。そうとなると、彼の治癒能力は精霊の加護によるものではないかもしれない」
「更に謎が深まりましたな」
『けれど、精霊の加護がある以上、味方だろう?』
「ああ。たとえ得体のしれない力を持とうとも、女神の信託と精霊に選ばれたことに変わりない。彼は味方だ」
ユウジがそうであって欲しいという願望が含まれていることは承知の上で、グラノフはそう言った。
『そうだな。おっと、そろそろ着くぞ』
ラファルの言葉にグラノフとジャックは眼下へ目を向けた。
そこには草一本すら生えていない砂と岩の大地が広がっていた。
『あそこか』
そう言うとラファルは高度を下げ、焼け焦げた大地に降り立った。
「ここまでなるのか...」
「これは驚きましたな...」
ラファルの背から降りたグラノフとジャックは竜が引き起こした大地への爪痕に驚嘆した。
膨大な熱量によって砂と岩を溶かしてもなお焼かれた続けた跡が残り、それだけでは飽きたらなかったのか深く抉られ、硬い地盤が剥き出しとなった大地。
傷ついた大地とはこういったものだと、あるいは世界の終わりに待ち受ける光景はこういうものだと教えられているかのような光景が広がっていた。
「えげつないな...ただでさえ不毛の大地だってのに」
人型に戻ったラファルは死んだ大地にここまでするのかと、寧ろ関心するような気持ちで呟いた。
「他の面々も来たようだ」
グラノフが見上げれば、鳳となった天使達が何体も降りてきていた。
降りてきた面々は大地の姿を見ると、口々にその悲惨さを語った。
「こんな状態で、欠片は無事なのかね?」
大地を踏んで音を出しながらラファルはグラノフに尋ねた。
「勇者の一撃で消滅せずに残った代物だ。恐らくあるだろう。探し出すのは手間だろうがな」
ラファルに苦笑を交えながらそう答えつつ、グラノフは集まった面々に指示を出そうとした時、「遅かったですねえ」という声と共にグラノフ達全員を囲うように結界が張られた。
「全員警戒しろ!」
グラノフの指示で即座に集った面々が辺りを警戒した。
「もう少し早く来るかと思っていたんですが、待ちくたびれました」
その言葉と共に突如としてグラノフ達の前に燕尾服に見を包み、白い髪に青白い肌の男が現れた。
「何者だ?」
「少々貴方がたを足止めさせて頂く者となります。狭いかと思いますが、こちらからは手を出しませんのでどうか大人しくして頂きますと非常に助かります」
そう言って男は恭しく頭を下げた。
「それならばいきなり結界を張るべきではなく、対話から始めるべきだと思わないか?」
「こんな突然現れた怪しい人物の話を聞かないでしょう?」
「自分で怪しいって言うなよ...」
男の言葉にラファルは呆れながら言った。
「大人しくして頂いたら、こちらをお渡しします」
ラファルの言葉を無視し、男は懐から六つの石を取り出した。
「欠片か?」
見覚えのある物にグラノフが反応した。
「ええ。正真正銘、ここをアジトにしていた者達が集めていた欠片です。必要なんでしょう?」
「余計に怪しさが増したな」
「確かにそうですね。まあ兎に角、大人しくして頂ければそちらにはメリットばかりですから」
ラファルの言葉に相づちを打つと、男はどこからか椅子を取り出し、座りだした。
「メリットがあるならば、デメリットがあるだろう?それはなんだ?」
「フリーシア王国が王都、リーファが襲撃にあいますね」
男は椅子から立ち上がりながらグラノフの質問に答えつつ、渾身の一撃で結界を破ったグラノフの剣撃を素手で受け止めた。
「なぜ襲う!」
「ちゃんと理由がありますよっと」
そう言いながら空いていた手でグラノフの手首を掴み放り投げた。
グラノフと入れ替わるようにラファルは拳に魔力を纏い、ジャックはレイピアを握って男に肉薄した。
「とある面白いオークの魔石が欲しくてですね。今、王都にあるんですよ」
二人の攻撃を素手であしらいながら、男は言葉を続けた。
「どうやら主にとっては重要な物らしく、まあこの際ですから戴くついでに襲撃しようかと思いまして」
そう言葉を続けると、男はラファルとジャックから隙を見て一瞬のうちに距離をとった。
「一応言っておきますが、滅亡させるつもりはありませんのでご安心を」
膨大な魔力を解き放ち、先程よりも血色をよくしながら男はそう締めくくった。




