へそくり
服屋の時のように最初に俺が馬車を降りて女性陣に手を貸した後、俺達は御者に扮したままの陛下を先頭にレストランの中へと入った。
「いらっしゃいませ、陛下」
「おう、突然済まんな」
出迎えた支配人らしき男性にただそれだけを陛下が言うと、「こちらへ」と言って男性は案内し始めた。
御者の姿のままなのに陛下だと分かったことなど、今のやり取りで色々と疑問が湧いたが、考えないようにして俺は後を追った。
男性の案内で通されたのは広めの個室だった。部屋の脇に置かれた調度品や吊るされている照明魔道具は素人目で見てもかなり高そうなものばかりだった。
席は陛下の鶴の一声によって俗に言うお誕生日席に俺が座らされ、直ぐ近くには陛下とジジイが陣取った。
「元々私達だけでお出掛けだった筈なんですけど」
「どうしてこんなことになってしまったのでしょうか?」
そんな皇女と侯爵令嬢の声が聞こえるなか、
「さあ、メシだメシ。今日はどれにすっかなー」
「ほう、水牛のステーキか。美味そうじゃのう」
彼女達の疑問に答える様子はなく、元凶のおっさんとそれに乗っかったジジイはメニューを物色していた。
そんな姿を見たオリヴィアさんとサティナは、おっさんとジジイを冷たい目で見た後、
「こうなったら量が少なくて高い料理ばかり注文しましょう」
とオリヴィアさんが他の女性陣に声を掛け、意趣返しのつもりなのか事前に「俺が払う」と言っていた陛下の財布を軽くする計画を立てていた。
そして俺は見逃しも聞き逃しもしなかった。メニューを開きながらも女性陣の計画を聞いていた陛下がこっそりと懐事情を確認し、「最悪、ツケにして貰うしかないな」と呟いたことを。
数分前よりもどこか小さくなったように感じる陛下から俺は視線を目の前に置かれたメニューに移し、この店で一番高い料理でも頼もうかと意気揚々とメニューを開いたものの、そこには値段が書かれていなかった。
庶民から貴族、果ては王族までもが満足出来る店と聞いていた為、恐らくここでは値段の記載がある庶民向けメニューと料理のグレードが上がり値段の記載のないそれ以外の立場向けのメニューとに分けられているのだろう。
しかしこれではここに来て日の浅い俺には値段の高い料理が分からない。どうしたものかと頭を悩ませていると、「こちらを」と言って男性がメモを渡してきた。
そこには『私がここの支配人を務めております』という一文と共に、『この店で値段の高い料理、上位五位まで』と値段の高い料理がその値段、量と共に記載されていた。
「へえ、なるほどなるほど。ん?」
『裏へ続く』と記載された為に裏を見れば、そこにはアルコールとノンアルコールに分けて表と同様に値段の高い上位五位までのドリンクが記載されていた。
俺は口端を上げながら、部屋の入り口に移動した支配人に視線を向けた。彼は俺の視線に気づくと同様に口端を上げた。
陛下は俺とラナが仲が良いという情報を少々曲げてサティナに伝えて発破を掛けるなど、俺の知らないところでなにやら色々な思惑があって行動しているようなので少しは痛い目にあって貰っても構わないだろう。
支配人とのやり取りにとっくに気づいていた陛下の方から視線を感じるが、俺は気づいていない振りをした。
そもそもお金に関してはアイザックやマリアと共にゴルトラの店で買い物をした時のように、王族なのだから後日店側から王城に来て貰って払うということはしないのだろうかとも思ったが、出来ないのだろうか。
因みにゴルトラの店は店主が居なくなったものの、店としての営業は続けているらしい。
「そろそろ...注文しましょうか」
溜めながらオリヴィアさんが言った。どうやら注文するものが決まったらしい。
「ああ」
硬い表情で陛下が頷いた。
これから食事をとるというのに、張り詰めた空気が漂う。
「伺います」
支配人が陛下の傍に近づいた。陛下からは見えていないだろうが、支配人はこれから陛下に起きることを想像したのか笑みを隠せていなかった。
「先ずは...」
その言葉を皮切りに陛下が注文し、その後に女性陣が続いた。
俺の番が来るまでに約三十品程が注文され、内訳は前菜やスープ、メインやドリンクばかりでデザートはまだ頼まれていない。後で女性陣が注文するのだろう。
次に注文する俺へと視線が集まる。女性陣からは期待の眼差し、陛下からは何かを訴えかける眼差しだ。そんな中ジジイは他人の注文に興味を示すことなく未だにメニューを見ていた。
まず俺はメモに記載されていた値段が上から三品目の料理を注文した。チラリと見れば陛下の表情に変化はなかった。続いて上から二品目の料理を俺が注文すると陛下の眉が動いた。そして最後に一番高い料理とノンアルコールドリンクを俺が注文すれば、陛下はゆっくりと目を閉じ、顔を上に向けた。
俺の注文が終わり、最後に注文するジジイへと視線が集まる。
「次はワシか...肉料理を全て頼む。それと白ワインをボトルで、銘柄は任せる」
ジジイの注文内容に場が凍った。なぜなら値段の高い料理の上位三品は全て肉料理で、この店の肉料理は軽く二十品を超え、総じてイイ値段がするのだ。それを何でもないかのようにこのジジイは注文したのだ。
ふと陛下を見れば目は開いているものの、そこには光が無かった。
「お小遣い制なのに...へそくりを使う時が来るとは...」
そんな哀しい声が聞こえ、俺は申し訳なさよりも一国のトップがお小遣い制で、更にはへそくりをしているという事実に驚いた。
「その顔はなんじゃジョセフ。安心せい、ワシも払うに決まっとるじゃろう」
陛下にとって救いの言葉がジジイの口から発せられた。
「グレゴリオ殿...」
ジジイの言葉に一転して陛下は目に光を取り戻し、直ぐに明るい調子で「ならば自分も」と一番高い料理を注文した。
陛下のその一瞬の変わりようを見た女性陣の冷え切った目を俺は忘れないだろう。特にマリアの目は普段の彼女からは想像出来ない程に冷たく、怖かった。




