挨拶はコミュニケーションの基本です
痛かった。ただただ痛かった。さっきまでしていた言動に対して心が痛かった。死にたくなった。
それから10分ほど体を右へ左へゴロゴロと動かした。ふかふかの草の絨毯は気持ちよかった。時折顔を合わせる見たこともない虫にギョッとすることもあったが、ある程度見慣れた虫も存在した。テントウムシだ。
「青い...だと...?」
しかし体を起こして見てみれば、そのテントウムシ?は青かった。草の絨毯から見た時はテントウムシとして形状は一緒だったため気づかなかったが、背中が青かった。俺がよく知るナナホシテントウと同じように斑点も存在するが、背中の色が違った。これを見て一瞬、異世界ではなく放射線等で影響を受けた土地に来たかと頭をよぎったが、その考えを跳ね除けた。
草を踏み占める音と共に、豚頭でビール腹のナニカが現れたからだ。
「なんだあれ」
息を潜めるのも忘れて俺はそう声を発してしまった。ヤバいと思った時には遅かった。豚頭と目が合ったのだ。
それは目が合うと一瞬驚いた後、その上向きに牙が生えた口を三日月の形に変えた。
ヤバいヤバいヤバいヤバい。
全身に鳥肌が立ち、心臓がキュッと縮まるような感覚と共に呼吸が荒くなる。
熊ならばまだいい。いや良くは無いがそれでも目を合わせたとしても少しずつ背を向けず後退すれば良い。そう大学時代に山ヘ入る時の心得として教わったからだ。しかし、目の前のそれは口を三日月の形にした挙げ句、手に持った棍棒らしき物の感触を確かめる様な動作をしたのだ。明らかに人に慣れているか戦うことに慣れているような動作だ。詳しいことはわからない。ただ少なくとも目の前の存在は俺に危害を加えようとしているのは確かだろう。
今の状況で取れる行動は4つだろう。戦うか、何もせずにいるか、逃げる。そして、危害を加えるかもしれないというのは勘違いで友好的な生物かもしれないことに賭けて声をかけるのどれかだろう。
戦うのは却下だ。とても俺が戦えるようなイメージが沸かない。ビール腹だからただのデブかと思ったが、棍棒を持つ腕は大相撲の力士かと思うほど太く、肩の筋肉が発達し首も太い。その上半身を支えるために下半身はとてもどっしりと肉が着いていた。無手でも怖い豚顔力士が棍棒らしき武器まで持っているのだ。触ったこともない近代兵器があれば別だろうが、何も道具を持たない俺が勝てる見込みはないだろう。
何もせずにいるのは得意だが勿論却下だ。現状何もしなければ死ぬからだ。
だからこそ俺は
「こんにちはあああああああああ!」
今までの人生で最大の声で挨拶をした。さっきまで吹いていた風がやみ、聞こえるのは自分の心臓の音のみ。
俺の声で驚いたのか一瞬ビクッとしていた豚頭だったが、やつは口を大きく開けて天に向かって
「BUMOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!」
もしかしたら雌かもしれないが、凄まじい声で雄叫びを上げた。それはもう盛大に、どこにいたのか一斉に鳥たちが飛び立って行くほどの声で。
俺の声では飛ばなかったのかと敗北感を味わいながら、俺は失敗したなと思った。それはもう盛大にだ。豚頭はまた三日月の形に口を変え、俺の方に向かって来た。気安い感覚で歩きながらなどでは無く、武器を振り回し走りながら。
俺は豚頭が向かって来る方とは反対側に走り出した。久しぶりに走るためか走り始めに転けそうになったが、どうにか立て直して必死に走った。
下草のせいで足元が少し見えづらく、時折現れる倒木に脚を取られそうになりながら走った。豚頭との距離がどうなったかと振り向けば10メートルほどの位置に並走する2体の豚頭がいた。1体増えていた。
「BUMO」
挨拶するかのように今度は俺の走っている左側から声が聞こえた。横目で見れば並走するどこから現れたのか、豚頭がいた。訂正、2体増えていた。
左豚頭から距離を取るために右に寄りながら走る。しかし、まともに運動したのが大学1年の時の体育が最後の俺はいずれ直ぐに体力の限界が来る。高校の時の冬のマラソンのペース配分でやっていたが、想像していたよりもずっと早く限界が近い。それでも脚を止めるわけにはいかないため走り続けるが、前に仁王立ちする2体の豚頭がいるのに気づいた。
「クソったれ!」
悪態をつきながら俺は、体の向きを右に90度変えて走った。幸いにも前方には豚頭はいない。しかし豚頭達は追ってきている。左右2体ずつと後ろに1体。左右の豚頭達は徐々に俺との距離を詰めて来ている。このまま走り続けていても5体の豚頭に捕まるのは時間の問題だろう。
豚頭を撒けるかは賭けだが、俺は50メートルくらい先に見えた木々のない場所が広がっている場所に向けて、ペースを上げて向かった。
遮蔽物のない場所で身を隠すのは無理だろうが、木々のない場所は見たところ下草がなさそうだ。足元に気をつけながら走るよりは良いだろう。
そうして俺は木々のない場所に辿り着いたものの、脚を踏む入れた瞬間に脚をもつれさせて転んだ。幸いにも地面とキスすることなく受け身を取ることができたが
「おい、大丈夫か!」
そんな誰かの凛々しくも綺麗な声が聞こえた。
挨拶は大事




