目を開けるとそこは
葉が風に揺られる音がした。聞いたこともない音も聞こえた。背中に感じるのは固いアスファルトの感触ではなく、柔らかいものの上だった。
目を開けて広がるのは風に揺られる木々。
「どこだ?」
見たこともない木々だった。
体を起こせば、辺り一体に広がる木々と下草。背中に感じた柔らかいのは下草だったようだ。俺の体に合わせて型が出来ていた。
また聞いたこともない音がまた聞こえた。音の正体を探してみれば、木々の間を飛び跳ねながら移動する鳥らしき生物だった。翼を使わずに、枝を跳ね周りながら移動していく。
「翼使わないのか...」
見たこともない鳥?を見送り、立ち上がって辺りを改めて確認する。木々と草ばかりで何も無い。生えている木々は様々で、広葉樹や針葉樹と様々だ。中には見覚えのある木もあった。下草に目を向ければ、こちらは見たこともないばかりだった。中には見たこともない白い実をつけているものもあった。
なぜこんな場所にいるのか考えつかない、目を覚ます前にいたのはアスファルトに覆われた街だ。木があったとしても街路樹やマンション等で植えられている木くらいだろう。公園や山に行けば別だが、俺がいた場所はそういった場所から離れていた。
周りの状況に気を取られていたが、そもそも車に撥ねられたはずの俺が五体満足でいることが問題だろう。猛スピードのワンボックスカーにぶつかって無事で済むはずがない。実は知らぬうちに最強の肉体を持っていたのかと思ったが、早々に却下した。なにせ体を見てみれば過去できた傷跡が全て消えていたのだから。
「きれいに消えてるな」
最強の肉体を持ったおかげで消えたのではないかとまた頭によぎったが、とてもそんな体を持つような筋肉がついていなかったし、もしそんな体を持つなら車に撥ねられるはずがないだろう。そうなら今頃ぺしゃんこになった車が見れたはずだ。
傷が無いことについて考えるのを止め、今いる場所に検討をつけるが、全く検討がつかない。初めている場所にいるということがわかっているだけだ。
「携帯とかはどうだろう」
携帯のGPS機能を使えばわかるかもしれない。そう思い、普段仕舞っている後ろポケットに手を当てるが何も無い。落としたかと下を見てもない。そういえばと左腕につけていた腕時計も無いことに気がついた。服と靴を除いた持ち物が全てない。
買い物袋や携帯がないのはまだわかる。撥ねられて手を離したり落としたりしたのだろう。しかし、基本外すことのない時計やポケットに入れていた家の鍵もないのがおかしい。
ここにいる理由として誘拐され置きざりにされたということも考えていたが、そもそも車に撥ねられた記憶があることがおかしい。撥ねられたことが夢での出来事である可能性もあったが、誘拐だと所持品が無いことに説明はつくが、傷がないことに説明がつかない。
そして勉強してこなかった俺が考える見知らぬ場所と消えた傷、消えた所持品の全ての理由を満たすのは、
「異世界に来た」
これしかないだろう。
異世界に来たのであれば、俺は転移をしたのか転生したのか。そして、チート的なアレはあるのかを考えなければならない。
車に撥ねられたことを契機に転移したとすれば、助けるためとはいえ小さい子を突き飛ばした無職の男が撥ねられたにも関わらず、体が全く見当たらないことになる。あの場所にはそこそこ人もいたし、おそらく撥ねられた瞬間を目撃している人もいるだろう。
「あまり思い出したくないけど、宙に舞っている記憶もあるしな」
撥ねられ、体が宙に舞いながら、突き飛ばした子が無事なことを確認して安心したものの、タックルすれば良かったと思ってからの記憶がない。
「撥ねられたのに、よくもまあこんなこと考えられる余裕あったな...」
おそらくアレがあったのだろう。極限状態で集中が高まるやつが。名称が全く出てこないが。
転移ならば、傷がないのはおかしいと思ったが、傷がない様に超常の存在がした可能性もあるだろう。傷だらけで転移させても、撥ねられた人間だ。何の治療も受けなければ死んでしまう。
そして、
「ん...?向こうの俺の体の状況がわからなきゃ、何考えても無駄じゃないか?」
俺は気づいてしまった。転移か転生かといった確認は向こうでの体次第だと。向こうに体が無ければ転移、体があれば転生ということに。しかし、これを確認する術は無い。
俺は転移転生どっち問題を考えるのを止めた。
次に考えたのは、チート問題だ。異世界に来たのだからチートな力を持っている可能性がある。
まずはチート能力が記されている可能性があり、定番?のあれを確認しなければならない。そうアレだ。俺は周りに誰もいないことを確認して、言った。
「ステータスオープン!」
しかし何も起こらなかった。
特殊な動作やポーズをしなければならないかと思い、腕を振り回したり脚を上げたり色々しながら言ってみたが、何も起こらなかった。
この世界ではそんな実際考えてみればおかしいものはないようだった。
そして22歳無職の男がしているとういうことに恥ずかしくなった。一刻も早く記憶から消したかった。
「まだだ!ステータス的なのは無くとも、力はあるかもしれない!そうだ!ある!頼むあってくれ!」
しかし俺は諦めきれず。この世界に来た時に最強の肉体を与えられたかもしれないという仮定をして、針葉樹の近くに行き、その幹を殴ろうとして止めた。もし最強の肉体が無ければ、手が痛いからだ。それに、もしあったとしても理由なく木を倒すのは良くない。決して、手が痛いのが嫌というわけではない。
代わりに俺は地面を思いっきり踏むことにした。力を入れて地面が割れるアレをするために。
何も起こらなかった。
ただ靴越しに伝わる衝撃で足裏が痛いだけだった。




