戦い3
二人の背中越しにブタ野郎を見る。奴は口角を上げ、徐々に速度を上げながら向かって来た。
「足止めになるかはわかりませんが...」
サティナがブタ野郎の進行を阻む為に氷魔術を放っていくが、そのこと如くを奴は棍棒を使って防いでいく。
「殆ど意味がありませんね...ならば」
サティナはブタ野郎が近づくのを防ぐ為に奴自身に魔術を放つ以外にも地面を氷魔術で鏡面状にしたり、足払いの要領で足元に魔術を放ったりと試したが、効果は無かった。
「あいつおかしいだろ...」
「...ラナ」
「はい」
今度はサティナの代わりにラナが風魔術を放つことで足止めを試みるが傷一つつける事ができなかった。
「効いていませんね」
ブタ野郎が離れていた距離を一気に詰めて来た。
サティナが放った氷の壁が俺たちとブタ野郎の間を阻むが、奴の勢いを削ぐことは叶わない。
サティナとラナが迎撃しようと身構えるが、突如ブタ野郎は跳躍し二人の頭上を越えて俺の真後ろに着地した。
「っ!」
俺は直ぐに身を屈めた。風切り音と共に俺の真上を何かが通り過ぎる。
目の前ではサティナとラナが魔術を放とうとしていた。
俺は邪魔にならないようその場から離れようとするが、頭を掴まれた。
その事態に魔術を放つのを止めてサティナとラナが俺の元へ来ようとするが、ブタ野郎は棍棒を地面に叩きつけた。土埃と共に地面が叩き割れ、衝撃が二人を直接襲い彼女達の体が宙に舞った。
俺は後ろも見ずに短剣で奴を斬りつけようとするが、その前に地面に頭を叩きつけられた。
「がっ!」
そのまま何度も地面に叩きつけられ、俺の視界がボヤけ始めた。普通なら既に死んでいるであろう攻撃を受けているが、俺は未だに死んでいない。
突如俺を地面に叩きつけるのが止まり、持ち上げられた後に浮遊感が俺を襲う。ブタ野郎に投げられ。
「ユウジさん!」
サティナの声が聞こえ、優しく受け止められたと思った瞬間に俺はぐるぐると回った。勢いを殺せ無かったのだろう。
「サティナ様!ユウジ様!」
勢いが止まった後、ラナが駆け寄って来た。その時には視界は元通りになっていた。
「お、れはだい、じょうぶだ」
痛みは残るが、あれだけ頭に攻撃を受けたにも関わらず立つことが出来た。
サティナの様子を見れば痛みに顔を歪めていたが、大した怪我はなさそうだった。
「ユウジ!?」
聞き覚えのある声の方へと目を向ければ、アイザックを始めとした他の仲間達が掛けてきたのが見えた。
声を掛け、手を振ろうとしたが直ぐに止める。ブタ野郎が俺の方へと来るのがわかったからだ。
サティナとラナと共にその場から離れる。さっきまで俺達がいた場所に奴が着地した。
グラノフ殿下がブタ野郎に肉薄し剣を振るうが、対するブタ野郎も棍棒で応戦した。
「アイザック、久しぶりだな」
「ああ。色々聞きたいが、生きていて良かったよ」
「なんで生きているかはわからないけどな」
近付いてきたアイザックと言葉を交わす。
「此れを」
そう言って手渡されたのは死んだ時に持っていた剣だった。
「おお、ありがとう」
アイザックとやり取りをしている間にもブタ野郎への攻撃は苛烈さを増していた。
グラノフ殿下とユリナさん、ミオンさんが近接主体で攻撃を仕掛け、三人が危険になればサティナとラナが魔術によって援護している。
このまま押し切れるかと思ったが、ブタ野郎の体がさながら陽炎の様に揺らめいた。瞬間、近接主体で攻撃を仕掛けていた三人が吹き飛んだ。
「なんだあれ?」
「魔力が活性化しているな。それによって身体機能が異常に上がったんだろう、ユウジ!」
ブタ野郎は俺に視線を定めた。そう気づいた時には俺は地面に叩きつけられていた。
背中から強かに打ち付けられ肺から空気が全て抜けたと同時、ブタ野郎が強く俺の腹を踏みつけた。
「〜〜〜〜っ!」
骨が砕かれる感触と内蔵が潰される感触がし、激痛が俺を襲う。そして肺に空気がない為呻き声のようなものが俺の口から漏れ出した。
「くっ!」
ブタ野郎のあまりの速度に反応出来なかったアイザックが動くが、気づいた時には既にそこに姿は無く、奴が棍棒を振り抜いた姿だけがあった。
「アイスジャベリン!」
サティナの声と共にブタ野郎に魔術が当たるが、やはり効いた様子はない。しかし僅かではあるが動きが止まった。その隙を狙いグラノフ殿下が斬りつけるが、奴は棍棒で受け止めた。
ブタ野郎がグラノフ殿下に意識を割いている間、俺は僅かに収まってきた痛みに耐えながら剣を奴の脚に突き刺すが、返ってきた感触は金属にぶつけたかのような硬い感触だった。
「はあ!」
凛々しい一声と共にユリナさんがブタ野郎の背中を攻撃するものの、奴は何の反応も示さない。入れ替わる様にして攻撃を仕掛けたミオンさんも同様だった。
その間にもグラノフ殿下とブタ野郎は剣と棍棒で戦いを続けていた。
「BUMOOOOOOOOOOOOOOO!!」
ブタ野郎が雄叫びを上げた。間近で聞いたことで俺の耳がキーンとなる。
未だ耳が元に戻らないことに固まっていると、ブタ野郎は雄叫びを受けて動きの止まったグラノフ殿下を無視し俺の首を棍棒でへし折った。
経験したこともない痛みと、あらぬ方向へと視界の位置が変わった。しかしその状態でも俺の意識は途絶えない。激痛に声を上げたくとも首が折れたことで気管が塞がれ声を上げられなかった。
「ユウジ!」
俺を呼ぶ声と共にアイザックがブタ野郎に突進した。衝撃によって奴が動き、俺への拘束が外れる。その隙を狙いグラノフ殿下が俺を投げた。
ラナが俺を受け止め、首が折られながらも生きている俺を見れば「我慢して下さい」と言った後、俺の首を元の位置に戻した。
気管が元に戻った事で息が吸える様になり、俺は息を深く吸う。首は痛みが残っているが、胴体の痛みは既に消えていた。徐々に怪我の治りが早くなって来ている。
「ラナ、ありがとう」
「はい」
首の痛みを我慢しつつ立ち上がる。
ブタ野郎はグラノフ殿下とアイザックの二人と時折ユリナさんとミオンさんも加わって抑え込まれていた。
奴に魔術を放ちながらサティナが俺の元へと来た。
「ユウジさん、大丈夫ですか?」
「ああ、段々と治りが早くなってる。時期に怪我をしても一瞬で治りそうな気がするよ」
「...そうですか。時期に他のオークが来ると思います」
サティナの話を聞きながら、ブタ野郎の周りで起こる戦いを見る。アイザックが奴の棍棒を紙一重で躱し、その隙をグラノフ殿下が奴の肩口を狙い剣を振るが傷は殆どつかない。他の二人の攻撃に対して、奴は警戒する様子はないものの煩わしそうにしていた。
「他のオークか...どれくらい来ると思う?」
「紋章が消えて、あまり時間も経っていませんからね。かなりの数が来ると思います」
「そうか」
話している間に首の痛みが無くなった。左右に首を降っても特に違和感が無い。
「治ったな。行くか」
ふらりと俺はブタ野郎に近づいていく。死なないとわかったからか、はたまた何度も死んだり重症を負ったりしたせいか恐怖は感じない。
剣を持ち、タイミングを合わせて奴の元へ向かおうとしたが、俺の目の前を何かが通り過ぎた。
来た方向へと視線を向ければ弓を構えたオークの姿があり、他にも多くの個体が此方に向かって来ているのが見えた。
「来るのが早すぎないか...?」
「私とアイザックでこいつを止める!他のオークを頼む!」
戦いながらも周りを見ていたグラノフ殿下の指示に従い、向かって来たオークの迎撃に当たる。
「ユウジさん、動きは私達が止めます!トドメをお願いします!」
サティナの指示に従って魔術によって動きを封じられたオーク達を近くに来たユリナさんとミオンさんに教わりながら、俺はあるオークの首を斬り、またあるオークの顎下から刺し殺していく。
死んだり怪我を負ったりと散々した俺からすれば、殺意を持って襲ってくる相手に対して命を奪うことへの忌避感は感じない。
殺すオークの数を10、20と増やしながら、グラノフ殿下達を見ればかなり互角の戦いをしていた。ブタ野郎には裂傷が増え、肩で息をしていた。
このまま行けば大丈夫そうだと思いながら、目の前の魔術によって動きを止められたオークを殺す。
しかし突如轟音と共にグラノフ殿下達の苦痛の声が聞こえた。何事かと振り向けば、何度も見たブタ野郎が棍棒を地面に叩きつけた姿だった。今までで最大の威力を誇り、衝撃は離れていた俺の場所にまで伝わり、体が宙に舞うのを剣を地面に突き刺して耐えた。
土煙が収まった後には、この事態を引き起こしたブタ野郎の姿が更に巨大になり、4メートル程の巨体となっていた。四肢の全てが太く逞しくなり、はち切れんばかりの筋肉が眠っているのが浮き出た血管からうかがい知ることが出来た。
「BUGOOOOOOOOOOOO!!」
奴の咆哮が響き渡る。離れているにも関わらず耳元で銅鑼を叩かれたかのような声で、あまりの咆哮の大きさに思わず膝をついてしまう程だった。
咆哮が終わった後も俺は膝をついたまま、辺りを見れば倒した筈のオークやまだ倒すことが出来ていなかったオークの姿が無かった。吹き飛ばされたにしてもおかしい。オークに比べて体重の軽い俺は剣で耐えたとは言え吹き飛ばされていないのだから。
「何処行った?」
「―――――!」
言っていることは耳が元に戻っていない為にはっきりとは分からないが、誰かが叫んでいるのが聞こえる。
かなり重いものが地面に着地したかのような地響きが伝わる。その正体は俺の前にいて、棍棒では無く拳を振りかぶっていた。
「俺ばっか狙うなあ。何がお前をそうさせるんだ?」
そんなボヤキを漏らしながら、すぐさまその場から離れようとするも、脚が間に合わなかった。腿から下が無くなったかの様な感覚と共に、形容し難い痛みが俺に走る。
脚を動かせなくなった事で動きの止まった俺は、腕を使い這う様にして移動しようとするが、今度は伸ばした腕を的確に狙われ潰される。
奴の動きを少しでも止めようと仲間達が攻撃を仕掛けるが返り討ちに逢い、一人また一人と倒れていく。
「ああああああああああああ!!」
仲間達が倒れていく間に俺の脚は治り、痛みがまだ続く腕を使いながら立ち上がった。すると、最後の一人として立っていたラナが奴によって放物線を描き飛んでいった。
「てめえ...」
俺は落としていた剣を取りながら、奴へと向かう。
直ぐ目の前に奴が現れたと思えば、気づけば腕がだらりと動かなくなり、持っていた剣が砕けた。
「は...?っらああああああ!」
それでも俺は近づき、治った腕を使って奴を殴った。
対抗する様に奴も俺の顔を殴り、首がもげそうな程の衝撃が襲うが、瞬きをした頃には元通りになった。
そこからはひたすら殴り合いと蹴り合いになった。奴の攻撃によっては吹き飛ばされながらも、俺は奴へと近づき攻撃を仕掛ける。時折当たる俺の攻撃は全く効いた様子はなく、対して奴の攻撃は俺の体を粉砕するものの直ぐに俺の体は何事も無かったかのように元に戻る。
どうにか隙をつき、脚からよじ登り目を攻撃しようとするが直ぐに捕まり地面に叩きつけられ、そのまま何度も地面に叩きつけられた。最初は感じた痛みも段々と慣れ、体は一応壊れるが直ぐに元に戻った。俺は痛みや壊れることに徐々に適応していた。
俺は自分の攻撃が通じることを祈りながら、ひたすら攻撃を受けつつ俺の脚を掴む奴の手を攻撃した。奴の攻撃が苛烈さを増そうとも、俺の体を壊されながらもひたすらに続ける。高尚な考えなど無く、ただぶちのめしたいという気持ちだけで。
徐々に奴に疲労の色が見えてきた。対する俺は全く疲れを感じていない。傷が治る度に疲労も消えていくのかもしれない。
すると、疲れを見せた奴に氷と風の魔術が襲った。しかも俺を掴む奴の手に向かってだ。新たな冷たく鋭い攻撃に驚きながら、脚から奴の手が離された隙をつき距離を取った。
「「《失滅》」」
俺が離れてすぐ、その声と共にブタ野郎に力の奔流がぶつかった。
「BUGOOOOOOOOOOO!!」
その攻撃の衝撃にブタ野郎が悲鳴の声を挙げる。力の余波による衝撃が俺達にも伝わる。
力の奔流が収まり、現れたブタ野郎は膝を着き全身が爛れながら体中から煙を上げていた。奴の目の光は消えてはいないものの、弱くなっていた。




