荷が重過ぎる
翌朝、まだ日が昇る前に俺は目を覚ました。
ベッドから降り、窓から外を見る。まだ外は暗い、だが遠くの空は少し白んでいる。
外を見るのをやめ、部屋の洗面台で顔を洗う。
机に置かれた動きやすい服に袖を通す。一日目に行った元冒険者の漢女の店の服で、何処から聞いたのか魔物のいる場所に行くからと王城の使用人を通して昨日の夜に新しく渡された服だ。一日目に買った服よりも丈夫そうな生地で出来ていながら、着心地も良い。そして大きさもピッタリだった。
今日これからのことに思い馳せているとドアがノックされた。
『ユウジくん、私です』
「起きてる。入っていいよ」
ラナだ。昨日は髪を直してから少し俺に対してぎこちなかったが、気づかないうちに俺が何かしてしまったのだろうか。
「おはようございます」
「おはよう。見た感じ、天気も良さそうで良かった」
「そうですね。雨が降ればかなり大変ですから」
「ああ」
「もう着替えられたんですね。似合ってますよ」
「そうか。あの人のチョイスが良いからだな。ラナも似合ってるよ」
そんなラナも侍女の服では無く、動きやすそうな服に着替えていた。普段なら降ろしている髪は会った時と同じポニーテールになっていた。
それから会話を続けるが、ラナからは昨日のようなぎこちなさは感じなかった。
「お互い準備は出来ていますし、向かいましょうか」
「ああ」
部屋を出て、昨日王弟殿下に指定された王城内にある演習場へとラナと共に向かう。
「ラナは武器とか持たないのか?」
そうラナが身に着けているものは腰のポーチだけで、武器等は持っていないのだ。
「ある程度魔術を嗜んでいれば、武器は喚ぶことが出来るんです」
「それは凄いな」
「難しい魔術ですが、魔力の消費も少ないですから便利なんです。そして私の武器は魔術を発動する際の補助として杖と剣、短剣、ナイフ等ですね」
「へえ、結構あるな。使わない間は何処に仕舞ってあるんだ?」
「何かを喚ぶ召喚魔術は空間魔術の一種で、自分の空間に仕舞っていますね」
「自分の空間かあ」
召喚魔術に空間魔術、自分の中に未だ眠る厨ニ心が刺激されるが、どうにか隠す。
だが一応、難しいようだが訊かなければならない。
「俺でも空間魔術って俺でも覚えられそうなものなのか?」
「かなり難しいですよ?それに召喚魔術を使うにも自分の空間を創れるほどの魔力を持っていることが前提ですから」
「魔力か、俺には魔力が殆ど無いんだっけ?」
「はい。一応魔力を感じる、くらいですね」
「魔力を上げるとかは出来ないんだよな?」
「はい、ここまで魔力が少ないと全く上がりませんね。過去には挑戦した方もいたようですが...」
そう言って彼女は首を横に振った。先人達は失敗に終わったらしい。
空間魔術含め、魔術を使うことは諦めた方が良さそうだ。仮に魔力があっても、覚えるまで俺が努力できたかも怪しい。これで良いのかもしれない。
何処からか武器を取り出すのは憧れでもあったんだが。
「でも、魔力が少なくても召喚することが出来る物はありますよ?」
「そうなのか?」
「はい。武器の中には召喚術式を刻んだ魔石を入れた物があって、それなら喚ぶことは出来ますよ。喚ぶ距離が遠くなればその分消費魔力が多くなりますけどね」
「俺だったらどれくらいの距離まで出来るんだ?」
「そうですね...最大で10メートルくらいで、使えば魔力が尽きますね」
「...そう、か」
仮にその武器があっても、10メートルしか離れていない物を喚んだ所で意味が無い。精々使い所があるとすれば、元々身に着けていて、何かの拍子に離れた時に喚ぶくらいだろう。
「一応、護身用くらいにはなりそうだな...」
「そうですね...」
そんなことを話している間に演習場に着いた。
周りを見ればまだ誰もいない。早く来すぎたのかもしれない。
「誰もいませんね」
「ああ」
それからしばらく雑談をしていると、アイザックが現れた。
「おはよう、二人とも」
「ああ、おはよう」
「おはようございます、殿下」
よく見れば、アイザックの服はいつもと違う。様々な刺繍があしらわれた服ではなく、品がありながらも機能性に優れた雰囲気の服だ。どことなく俺が今着ている服とデザインこそ違うものの、求められているものが一緒な気がする。
「アイザック。まさかお前...」
「ああ、勿論付いていくさ。安心してくれ、俺の強さは...そうだなあ、冒険者でいえば六星くらいだから」
「お前、王子だろ...」
「王子だからこそだ。国の為にするんだ、それの何がいけない。私は、王族の務めとして戦う為に共に行く」
「アイザック...」
「それに、この世界になんの縁もゆかりも無い友が危険な場所に行くんだ。ついて行かないわけが無いだろう」
そう言ってアイザックは俺の肩に手を置いた。
俺は直ぐには言葉を返せなかった。
「遅れて済まない、問題が起きた」
そう言って現れたのは王弟殿下こと、グラノフ殿下だった。
グラノフ殿下も俺やアイザックと同じような機能を持っていそうな服だった。そして腰には剣が吊るされてあった。
「問題って何でしょう、叔父上」
「何処から聞きつけたのか、手伝いを頼んだ者以外の人物達が王城前にいるらしくてな...」
「達、ですか... ?」
「ああ。まあそのことは後で良い。どちらにせよ王城を出た時にわかることだからな。先に準備をしよう」
グラノフ殿下に促され、演習場近くにある厩舎に向かった。
因みにラナがついていくことは昨日の内に伝えてある。伝えた時に殿下からは置いて行くつもりだったのかとむしろ驚かれてしまったが。そしてその時に自己紹介をして名前を知ったわけだ。
「この子に乗ると良い。賢い子だ。初めての君でも安全に乗せてくれる」
そう紹介されたのは黒く、優しそうな目をした馬だった。名前はアレクというらしい。撫ででやると嬉しそうに鳴いてくれた。
今日は速度を重要にする為、俺は誰かの後ろには乗らずに一人で乗ることになるが、アレクならば安心して乗れそうだ。
グラノフ殿下に教えて貰いながら、馬具をアレクに着けていく。
馬具を着け終わり、アレクの背に乗る。
「よし。アレクは指示を声に出してやればその通りにやってくれる。少し歩かせてみるといい」
「はい。アレク、歩いてくれ」
そう言うと、アレクは軽く嘶いた後ゆっくりと歩いてくれた。
「大丈夫そうだな。基本は私の後を走るよう伝えれば問題ない」
「わかりました」
「よし、行くぞ」
グラノフ殿下が乗っている馬に合図して進んだ。その後にアイザックが続き、俺とラナがそのさらに後ろに続いた。
王城前に着くと、アレクや他の馬に比べても巨大な馬に乗った人影と三つの普通の馬に乗った人影が見えた。
「叔父上。一人は分かっていましたが他の三人は...」
「ああ、本当に何処であの娘は嗅ぎ付けたのか...」
「なんとなく父上の仕業のような気がしますが...」
そんな二人の王族の会話を聞きながら、四つの人影をよく見れば全員見知った顔なことに気がついた。
「ラティナ...俺の気のせいかな?」
「いいえユウジ様。間違いないと思います」
近くに行けば、始めに漢女が挨拶してくれた。
「フフフ。おはようグラノフ、それに他のみんなも」
「ああ。無理を言って済まないな、ゴルトラ」
「フフ、気にしないで頂戴。貴方との仲じゃない、それと今はピンキーちゃんと呼んで欲しいわ」
「...善処しよう」
漢女ことピンキーちゃんの本当の名前はゴルトラというらしい。
そして、彼女の横にいる人物に目を向ける。
「おはようございます、ユウジさん。貴方がユーフォレナに向かうと聞き、私、サティナ・フォルティナはいても立ってもおられず来てしまいました」
俺のことをアマノ様では無くユウジさんと呼んだ金髪の女性は何処か圧を感じさせて、挨拶をしてきた。
「ははは...ありがとうございます。えーと、どうして知っているんですか?」
「ふふふ、ある御仁から教えて頂いたんです。曰く、危険な地に向かおうとする青年の一助になって欲しいと」
「へえ、そうなんですね」
「決して、その文章の最後に添えられた私の元侍女とその青年が良い感じにしていたという文に釣られたわけではありませんよ?」
「はははは、そーなんですかー」
なんか怖い。漂う空気がヒリついている。
一昨日会った時のとても育ちの良く、優しい印象だった女性は何処に行ってしまったのだろうか。
そして俺とラナが良い感じだと評した人物は天誅に遭えば良いと思った。
「聞いていますか?」
「はい、済みません」
「痴話喧嘩はそれぐらいにして行くぞ。なんとなく理由は察しがついた、サティナ嬢達も来い」
「ち、痴話喧嘩って、そんな。もう殿下!そんなこと!えへへ」
なんで会って間もない人間に対してこんな風になるのだろうか。
偏見だろうが、この世界の貴族の女性はこんな感じなのかもしれない。
そしてサティナさんがこうなっているのに、俺以外に驚いている人がいないのはどういうことなのか。
「行くぞ」
グラノフ殿下に言われて出発した。
アレクに乗りながらグラノフ殿下の話を聞くと、ルートとしては王城から北門へと向かって王都を出て、ユーフォレナとユーフォレナの北にある山岳地帯の間にある街道を通り、そこからかつてユーフォレナの首都があった地へと通じる道を使って首都跡地へ向かうらしい。
何故首都かというと、邪神の欠片があることから建国王が自らの近く、特に王城があった場所の何処かに部屋を造ったと考えられるかららしい。
北門を抜け、街道を進んでいく。
魔物がいるかと思ったが、北門の方へは魔物が向かわないように誘導しているらしい。
道中、隙を見てアイザックにサティナさんのことを訊いてみた。
「サティナさんって強いのか?それと、その、いつもあんな感じなのか?」
「慎重派だから無茶はせずに戦うが、強いさ。恐らく一対一であれば件のオークも普通に倒せたんじゃないか?まあ、その時はユウジの保護が優先だったからな。ただ、戦っていれば恐らく全員危険な目に遭っていただろうな」
「確かに、次の日にスタンピードになるくらいの数がいたみたいだからな」
「ユウジを襲ったオークに群生相が出ていなかったのは謎だが、もしかすれば魔道具のせいかもしれないな。そして彼女のことだが」
アイザックは改めて少しサティナさんを見て、話している声が聞こえない距離にいることを確認した。
「彼女のことだが、気にするな。ユウジに会ったのは昔から憧れていた本の中の人物に会ったものだろうからな。恐らく今まで一部を除いて他の異性と関わる機会があまりなかったからその反動だろう」
「それでも少し...いやかなりアレじゃないか?」
「...候爵の長女という立場でありながら異界の人間以外とは結婚しないと本気で言っていたんだぞ?普通の訳が無いだろう」
「結局そこに行き着くのか...」
「知っていたか」
「...ああ。どう接すれば良いと思う?」
「普通で良い。会って間もない異性に対してあんな風になる女性ではあるが、普通にすれば良い」
「既に立場と言動が普通じゃないけどな」
「...気に入ったのなら嫁に貰ってやってくれ」
「何故そういう話になる」
「いや、フォルティナ候爵のことを思うとな」
「なんか聞くのが怖いんだが...」
「大丈夫だ。もし会えば間違いなく婚約、いや結婚することにその日中にはなっているだろう」
「...まじ?」
そう訊けば、アイザックはゆっくりと頷いた。
候爵閣下はかなりサティナさんのことで苦労しているらしい。
「唯の一般人の俺と結婚させるのか?」
「それくらいどうとでもなる。最悪王家でどうにかするだろう」
「おい」
「私じゃない。父だ。父は昔から娘が結婚しないという愚痴を聞かされていたからな。その話を聞かずに済むんだ、それくらいするだろう」
「そんなことで...」
「それに父はサティナを娘のように可愛がっていたからな、花嫁姿が見たいんだろう」
「だから陛下はサティナさんに伝えたのか...」
「気をつけろ、ユウジ。私はなるべくお前の意思を尊重するからな」
「ありがとう友よ」
「まあユウジが自分の意思で彼女と共にいてくれたらと思っているがな」
「お前...!」
「良いじゃないか、いい子だぞ?」
「まあそうなんだが、俺今仕事とかないし、な?」
「彼女といることになれば次期侯爵としての仕事が手に入るぞ?」
「一般人には荷が重過ぎる」
「ふむ...」
「どうした?」
「いや、なんでもないさ」
俺は良い笑顔で言ったアイザックをこれから警戒することにした。




