怖い
短い昼食を終えて、現状報告の為に来た人によると、着々と集まりつつある魔術師と弓兵の城壁からの攻撃によってどうにか王都に近づけることなく対処出来ているらしい。
ただ、王都に向かって来ている魔物の数が増え続けている為、このままでは時期に魔術師達の魔力が枯渇し城壁に被害が出る可能性があるらしい。
また、10メートル以上ある城壁がそうそう崩されることはないものの、オーガが確認されていることや特殊なオークの例があることから油断は出来ない状況らしい。
それ等の現状を踏まえた上で会議は再開した。
先ず、魔物は一度スタンピードを起こすと昼夜を問わず襲って来るため、防衛するこちら側も昼夜を問わず対処する必要がある為、継続的に迎撃する為に西門を開けて地上から冒険者や騎士団によって魔物の数を減らしていくらしい。その際、人員を六つの部隊に分け、状況次第になるが2〜4時間毎に交代で迎撃に当たるらしい。此れはスタンピードが起きた際に取られる方法で、長い間戦わせることによる疲労が原因で死傷者が出るのを減らす為のようだ。ただ、迎撃に当たる人の中でも冒険者は五つ星以上(冒険者は一つ星から始まり、評価や実力によって星が上がる。最大で七つ星)の者や騎士や貴族の中で単騎で一騎当千の実力を持つ者は例外で、遊軍として状況次第で投入され迎撃に当たるらしい。
そういった具体的な対処の会議は終了し、部屋には陛下と王弟殿下、そして王弟殿下に残るように言われた俺とアイザック、ラナの5人以外は部屋を出、会議で決まったスタンピード対策の為に部屋を出ていった。
「兄上、危険は承知の上だが、私は向かうべきだと考えている」
「しかし...」
「待っている間に奴らは増え続け、さらにスタンピードは長期化すればするほど強力な個体が生まれやすくなる。それに、自然に群生相が現れたのでなければ、原因さえ排除すれば群生相が消える可能性もある。死傷者を減らせるならばやらないよりはやった方がましだ。それに、昼食時に見たんだが、さらに厄介な物が保管記録にあった」
「厄介な物...まさか欠片か?」
「ああ。はるか昔に起きた勇魔大戦で敗れた邪神の欠片がな」
「何故邪神の欠片が...いや、ユーフォレナは過去に勇者と関わりがあったと聞いたな。当時勇者はユーフォレナで欠片の一つを預けたのか」
「恐らくそうだろうな。欠片は回収し、然るべき対処をせねばならない。放っておけば何が起きるかわからないからな」
「前回欠片が見つかった時はサタナキアのスタンピードだったな...それも特に猛威を奮った1体のオーガの体内に。ユーフォレナが滅亡してから今日まで、よく無事だったもんだ」
「既に失われてる可能性もあるがな...それも含めての確認の為向かいたい。今回のスタンピードの原因と考えられる魔道具の破壊、そして邪神の欠片の有無を」
「...さっきは人員を割けんと言ったが、欠片の存在の可能性がある以上、このスタンピードは終わらせられるなら早めに終わらせらせたほうが良い。行って構わん。しかし危険だ。誰と行くつもりだ?」
「一人、共に来てもらいたい者は決まっている。君だ」
そう言って王弟殿下は俺に視線を向けた。
「俺、ですか?」
「ああ。部屋を開けるにはユーフォレナの建国王と同じ異界の言葉が必要だ書かれていた。君に協力を頼みたい」
ユーフォレナの建国王が異界の人間?
同じ異界の言葉と言っても俺の世界にはかなりの言語がある。
「因みにユーフォレナの建国王の名はレナ・アリモリという男だ」
レナ・アリモリ。日本人ならば有森れなってとこか?男でれなって名前は珍しいな。知人にそんな名前の人はいなかったが...っていうか国の名前、名字の読み方を変えてそこに自分の名前を足したのか...。
日本人なら、開ける為に必要な言葉は日本語の可能性が高いだろう。
「ただ、何を言えば開くのかわかりませんけど...」
「安心してくれ、言う言葉はドアの前に書かれている」
「書かれているなら、王弟殿下も読むことが出来るのでは?」
「残念ながら、言霊系魔術では異界の言葉を知ることは出来ない。それと開ける為に必要な言葉だが、恐らく王族や一部の者に口伝えされていたんだろうが、当時生き残った王族は3歳だった第三王女だったからな。失われてしまったんだろう」
「なるほど、それで俺が...」
「今のユーフォレナへ向かうのはあまりにも危険だ。それに、無駄足に終わってしまう可能性だってある。だが、犠牲者を増やさぬ為に、どうか協力して欲しい」
そう言って王弟殿下は頭を下げた。
そもそも、その部屋は無理やり開けることは出来ないのだろうか...?いや、邪神の欠片だ。勇者と関わりがあった建国王ならかなり厳重に部屋を作っているはず、それこそ魔術的なことも含めて。
スタンピードとの戦いは、遠い別の地で行われる戦争とは違う。城壁を出れば直ぐに行われていることだ。だが俺には戦える力がない。このまま王都にいても俺に出来ることはほとんど無いだろう。
俺が頑張らないことで、誰かが危険に晒されるかもしれない。誰かの命が失われるかもしれない。
けれど、俺が頑張れば、誰かが危険に晒されるのを少なく出来るかもしれない。誰かの命を救えるかもしれない。
無駄足に終わるかもしれない。只々危険な目に遭うだけかもしれない。
それでも、それでも俺は
「頭を上げて下さい。正直、行くのは怖いです。けれど、俺がやらないせいで誰かの命が失われるのはもっと怖い。だから、俺を、俺を連れて行って下さい。俺に、協力させて下さい」
ただ、自分がやらないせいで誰かが死ぬのが怖いからやる。自分が罪悪感にかられない為にやる。
誰かを死なせたくないから、みんなを護る手助けをしたいからと、そう言えない自分が、情けない。
外を見れば夕方だった。
誰かが危険に晒されているなか、俺は安全な自分の部屋で外を見ている。
夕日に照らされる綺麗な街並みとは裏腹に、この外では命のやり取りが行われている。
ユーフォレナに向かうのは、明朝らしい。
俺と王弟殿下の他に、何人かと共に。
誰が共に行くか、俺は知らない。
「ユウジくん」
「どうした?」
呼びかけられ、窓から目線を外し、後ろにいたラナを見た。
「明日は、私も一緒に向かいます」
「それは、危ないから駄目だ」
「いいえ。危なくはありません。私は強いですから」
「そうは言ってもな」
「少なくとも、ユウジくんよりは強いですよ?試してみましょうか」
「試すって...そんなことしなくても」
「ふふふ、私を殺すつもりで襲って下さい」
「殺すって...」
「無理なら私を押し倒すつもりでも良いですよ?」
「本当にやらないと駄目か?」
「はい」
彼女はどうしても試したいらしい。
気は進まないが、やるしかないようだ。
仕方なく椅子から立ち上がり、少し前へ出る。
彼女との距離は2メートルほど。
「何時でも良いですよ」
「わかった」
俺は一歩踏み出すと同時、彼女の襟を掴もうと右手を伸ばした。しかし彼女は俺と合わせるように同じく一歩踏み出し躱す。
彼女が移動したことで俺の右手は空を切り、俺と彼女の距離は触れそうなほど近くなる。
俺は右手を引き戻しながら左手を彼女の背中に回して投げようとするが、彼女の右手に左手首を捕まってしまう。
俺は彼女に左手首を掴まれたことで動きを一瞬止めてしまった。その隙を逃さず彼女は右手で俺の左手を引き、左手で俺の 襟を掴みながら俺に背中を向けた。
すると一瞬のうちに俺の視界がぐるりと回り、背中に鈍い痛みが走る。投げられたようだ。
目の前の少し髪を乱した彼女が言った。
「ね?強いでしょ?」
「ああ...」
「ユウジくんは、さっき怖いって言いましたよね?」
「ああ。怖いよ。俺がやらないせいで誰かが死ぬかもしれないのは」
「それは今戦っている人達だって思っていることですよ。みんな、自分が負けることで、死ぬことで他の誰かが、護りたい誰かが傷つくことが怖くて戦っています。誰かが死んでしまうことに恐怖を抱いています。怖く思うのは情けないことじゃありません」
「...」
「勿論、今戦っている人の中には、戦うことが好きでやっている人やお金が欲しくてやっている人もいます。けれど、戦うことで誰かを救うことになっています。思惑がなんであれ、自分に高尚な理由なんてなくても、例え誰かが死ぬことに恐怖を抱いたことが理由であっても、誰かを助ける行動をすることに変わりはありません...結果的に、誰かの為になることをするのなら良いじゃないですか。黙っていれば、どう思って行動したのかなんてわからないんですから」
「...そうだな」
「けど、貴方は私の前で理由を話してしまいました」
「...ああ」
「私は、貴方が怖くないよう、傍にいます。貴方がちゃんとやれるよう、支える為に傍にいます。それに、私に簡単にやられてしまう貴方を守らないと駄目ですから。だから明日、一緒に行っても良いですよね?」
俺が怖くないように、支える為に、彼女は傍にいてくれる。
会って間もない俺にそう言ってくれるほど、彼女は優しいのだろう。
そんな優しい彼女が、傍にいてくれる。
嬉しくない筈がない。だが、危険だ。
どうやって彼女を断るかと考えていたが、
「危険だとかそんなこと考えないで、明日私がいて欲しいかどうかだけ考えて下さい」
そんなこと、決まっている。
「...いて欲しいよ」
「ならそれで良いじゃないですか。危険なんて承知の上で言ってるんです。私は貴方の傍にいたくて、貴方は私にいて欲しい。だから明日一緒に行く。それで良いじゃないですか」
傍にいたくて、傍にいてほしくて。
俺達がそう思っているなら、確かにそれで良いのかもしれない。
お互いが良いと思っているならばそれで問題ない。
彼女に押し切られた感じもするが、気のせいだろう。
「ラナ。明日、俺と一緒に行ってくれ。そして、その、傍にいてくれ、俺がちゃんと出来るように支えてくれ」
「...はい」
多分今、ラナに傍にいてくれと、告白紛いのことをしたせいで俺の顔は赤くなっているだろう。
そんな俺を見てか、ラナは笑っている。
明日は、傍にいたいと言ってくれた彼女を裏切らないよう、役目を果たしたい。
ところで、何時までこの状態なんだろう。
そう思っていると、ラナが俺を起こし、髪が乱れたからと自分の部屋に行ってしまった。
乱れた髪を直すと言って、ユウジの部屋から自分の部屋に移動したラティナは、さっきまで自分がしていた言動と行動に驚いていた。
なんとかユウジの手前、どうにか顔に出さないようにしていたラティナだったが、異性のユウジに対して傍にいたいと告白めいたことを言ってしまうとは彼女自身思っていなかった。
別に、専属だから付いていくとラティナは言っても良かったのだ。しかし彼女の口から出たのは傍にいたいという言葉だった。
確かに傍にいたいとは思ったのは本心ではあるが、何が自分をそうさせてしまったのかわからない。ユウジの専属になると決めた時もそうだ。何故そう思ったのかがわからない。
勿論、昨日今日と過ごしてきてユウジが嫌な人間だとは思っていない。むしろ傍にいて安心する程だ。
「どうして?」
そして挙げ句の果ては傍にいて欲しいとユウジに言われた時だ。その時からラティナの胸は未だに早鐘を打ったままだ。
まるで今の状態は以前読んだ恋愛小説の主人公のようだとラティナは思った。
「恋、してるの?」
まさか会って間もないユウジに自分がとラティナは自問する。だが、ユウジのことを考えれば考えるほどドツボに嵌る気がした。




