済まない私だ
「敗走?今朝出発したんだよな?」
「ああ、殿を勤めた者のおかげで死者こそ出ていないが、重症者が167名出てな。中には意識不明の者もいる」
部屋で昼食を食べようとしていた俺は、突然来たアイザックに呼ばれ会議をしているという陛下の元へ向かっていた。
「500人いたんだろ?強い個体がいたとはいえ、オークの群れ一つでそんなことになったのか?」
「普段なら50人程で充分な数の所をその十倍で対処したにも関わらずに敗走だ。特殊なオークも理由の一つだが、今回の敗走の一番の原因はオーク以外の魔物も大量にいたことだ」
「大量ねえ、数はどれくらいなんだ?」
「数は不明だ。確認された魔物はオーク以外にゴブリンという小型の人型魔物、オーガというオークの三倍以上の体躯を持つ人型魔物、フォレストキャップという人の膝丈ほどの小型の人型魔物、レパルドという動物型魔物だ。恐らく、確認されていないだけで他の種類の魔物もいるだろうな...。ただ、何より厄介なのは群生相が確認されたことだ」
「ぐんせいそう?」
「魔物特有の性質で、一定以上の個体数と種族数の魔物がある場所において密集することで額に紋章が現れるんだが、これの厄介な所は繁殖力と成長力が異様に上がることだ」
「額に紋章?昨日の会ったオークにはなかったぞ?それと異様に?具体的にはどれくらいなんだ?」
「ああ、それは聞いている。昨日から今日までの間に群生相が現れたんだろう。それと繁殖力だが、魔物の種類にもよるが、大体交尾後約一日で出産し、三日後には成体となる」
「は?」
「しかも雌は出産後休まずに直ぐに交尾をする。つまりほぼ毎日新しく魔物が産まれる状態だ」
「そんなポンポン産んだら母体への負担が大きすぎないか?それに食料だって足らないだろ?」
「母体への負担は大きいな。ある程度産めば雌は死んでしまう。だがそれでも新しく成体となった雌がいる。魔物に倫理観なんてものはない。群生相になった以上、雌は只々繁殖の為の機能を有した生物でしか無くなる。そして食料だが、度重なる出産が原因で死んだ雌や他の生物を喰らう」
「そうか...」
「さらに厄介なことに群生相をもった種族同士は互いを襲わない。普段は喰う喰われる関係を持った種族同士であってもな」
「それじゃ、段々食う物が無くなるな」
「群生相が現れた魔物の集団が棲家としていた場所で食べ物が無くなれば、次の段階へと移行する。人は襲うものの、普段なら積極的に人里を襲うことは無いんだが、人里を積極的に襲う段階へな。それをスタンピードと呼んでいる」
森での餌が少なくなって人がいる場所に降りてくる野生動物のようなものだろうか。但しやってくるのは人を捕食対象とする魔物だが...。
「ここが危ないな。そもそもなんだが、元々捕食対象と被捕食者同士の魔物が密集することなんてあるのか?喰われて終わりじゃないか?それに、討伐に向かった人達は群生相だって会敵したとき気づいて撤退を考えなかったのか?」
「ああ、そう思うのも無理はない。捕食者被捕食者の関係でも群れや個体によってはそうならない者もいる。私達人でも合う合わないがあるだろう?それに、捕食者の中には飼う者もいるんだ」
「飼う?家畜を飼うような感覚でか?」
「ああ。珍しいが食料として魔物を飼い、群生相が現れるというパターンだ。それと討伐に向かった者達だが、勿論群生相に気づいたさ。討伐に向かった人数は500人、昨日聞いた時点では群生相が現れていないことから初期段階だと判断して駆逐しようとした。だが実際はとても初期段階とは考えられないほどの数の魔物がいて敗走したというわけだ」
「なるほどな。勿論だとは思うが、普段から群生相になる魔物が出ないよう対策してるんだろ?」
「ああ。昨日言ったことの補足にもなるが、本来冒険者は各国の騎士団だけでは足らない頭数を、国に縛られない者達によって様々な場所に移動し魔物を狩ることで群生相になる魔物が出るのを防ぐことが仕事だ。勿論何処の国の騎士団も定期的に魔物を減らす為、大規模な遠征等を行いはするがな」
「国に縛られない、か」
「ただ、勿論こういったことをしていても全ての魔物を狩り尽くすことは不可能だ。それでも確実に群生相が現れるのを減らせ、スタンピードが起きるのを防げる。そのおかげか徐々にスタンピードの発生を減らせている。最後に起きたのは三年前サタナキアで起きたスタンピードだな」
「へえ」
「だが今回は異常だ。ユーフォレナで我が国とサタナキアの騎士団、そして冒険者の合同で大規模に間引いたんだが、それは二週間前だ。あまりにも増えることが早すぎる。それに五種以上の魔物に群生相が現れていることもな。さらに、さっき伝えるのを忘れていたが、レパルドは基本的にユーフォレナの北にある山岳地帯を主な棲家とする魔物だ。偶にユーフォレナにも来るが、繁殖出来る程の数がいるのはおかしい」
「二週間前に減らしたはずにも関わらずに群生相が出来るほどに増えた魔物と種数。さらには普段はいない魔物まで繁殖、か」
アイザックから聞かされた内容は、ここに来たばかりの俺でも普通じゃ無いことがわかった。
「もし神託が無ければ気づくのが遅れていただろうな」
「俺も襲われた甲斐があったってことか」
「そのおかげで早く気づけたからな。着いたぞ。失礼します」
そう言ってアイザックは中へと入り、その後を俺も続く。
中では円形のテーブルを囲って陛下や国の重役達が話し合っていた。
俺とアイザックはテーブルから離れた位置に置かれた椅子に座り、会議の様子を見る。因みにラナは俺の後ろに控えている。
陛下達は事態を重く見て、確実に魔物を倒すために色々な所の騎士団や冒険者、魔術師を呼んで対処を図るようだ。今は具体的にどれくらいの人数を呼び、呼んだ人々を何処で寝泊まりしてもらうかといった話をしていた。
「今更だけど、俺もいて良かったのか?」
小声で隣に座るアイザックに尋ねた。
「父が呼んだんだ。構わないさ」
「そうか。人を呼ぶって言ってるけど、他の国とかへの連絡は馬とかを使ってやるのか?」
「いや、通信魔道具を使う。そういえば、魔道具については説明していなかったな。魔道具は魔物から取れる魔石、魔物が死ぬと体内に生成される魔力を発する石を、魔工技師と呼ばれる者達が魔石の魔力を魔術が発動出来るよう加工した道具のことだ」
「便利な道具だな」
「ただ、魔物を殺さなくては手に入らないからな。魔物は人にとって害もあるが、魔石という利もあるというわけだ」
「そして昼に食べる予定だった魔物を使った料理のように食べることにも利があるわけだな」
「...私も昼食を食べて無いんだ。後で食べよう。そして通信魔道具なんだが、離れた場所であっても意思を伝えることが出来る魔道具のことだ。ただ、通信魔道具として使用出来る魔石は貴重でな。一般の人々は使用できないんだ」
「へえ」
そうやってアイザックに魔道具について教えて貰っている間に、会議はユーフォレナに行って魔物を叩くか、王都城壁まで魔物を誘い込み叩くかという話になっていた。
「多少の被害を覚悟して短期的に魔物共を狩るか、長期戦になるが誘い込んで王都で狩るか、か」
「陛下。魔物の数がわからぬ以上、下手に攻めればしっぺ返しを食らうかと」
そう言って陛下に意見したのは眼鏡を掛けた獣人の男性だった。隣のアイザックに訊けばこの国の宰相らしい。なんでも陛下を支える為に勉強をし過ぎて目が良い獣人にも関わらず目が悪くなってしまったとか。
「だが、狩らなけりゃ数が増え続ける。なら、やっぱり魔物共を王都に誘い込んで狩り、人数が集まり次第一気に狩るか。若しくは気は進まないが森を焼いちまうかだな」
「森を焼くのは最終手段として、今はその案で進め―」
「報告します!」
そう言って息を切らせて入ってきたのは若い騎士だった。
「話せ」
「現在、ユーフォレナ森林より多数の魔物が王都リーファに向かっています!確認された数は約1000体!その後も増え続けている模様!」
「わかった。西門は即刻閉めろ。城壁に魔術師と弓兵をありったけ派遣して撃退しろ、見張りも増やせ。南北の門は開けたままで良いが、不足の事態の為に見張りを増やせ、門前には腕の立つ奴を何人か待機させろ。国民には事態を伝え、何時でも王都を出られるよう準備をさせろ」
「はっ!」
若い騎士は部屋を飛び出していった。
陛下は椅子に深く腰掛け、背もたれに背中を預け大きく息を吐いた。
他の会議に参加していた面々もあまりの事態の早さに戸惑いを隠せていなかった。
1000体以上の魔物が王都に向かっている。一気にスタンピードの段階になってしまったようだ。
「あまりにも早過ぎる...どうなってる?」
「個人的な意見だが、ユーフォレナ王国が滅んだ時と類似点が多いと思うぞ、兄上」
陛下を兄と言ったことから、黒い髪に陛下と同じ碧眼の男性は王弟なのだろう。
「どういった類似点だ?」
「種族を問わず急速に増えた魔物、特殊な個体、異界の者が来たという点だ」
王弟殿下の言葉で、彼以外の部屋にいる人達から俺に視線が集まる。
「類似点として異界の者が上がるというだけだ。あまり彼を見て困らせてやるな」
「あー。すまんすまん」
「今回の事態だが、私はユーフォレナ王国が滅んだ時と同じことがまたユーフォレナで起きた、若しくは人為的に引き起こされたものと考えている」
「急速にユーフォレナで魔物が増えて我が国に食い物を求めた時と同じ。そして、人為的に群生相を引き起こさせたかった者が選んだ場所がユーフォレナだったということか?」
「ああ。さらに言えば、今回の事態も過去のユーフォレナ王国滅亡も自然的に起きたことでは無く、何か別のことが原因で起きたことだと考えている。例えば、周辺の魔物を強制的に群生相にさせるような魔道具によって引き起こされた、とかな」
王弟殿下の言葉で会議内が騒がしくなる。魔道具という観点から判断することに驚くことがあったのだろう。
「静まれ。そんなもの、過去いくら首都跡地を探してもそんな物はなかっただろ?」
「俺もそう思っていた」
「いた?まさかあったのか?」
「魔道具かはわからないが、ユーフォレナ王国王城の地下にある隠し部屋に用途不明の何かが保管された記録がな」
会議の騒がしさが更に大きくなった。
「無茶苦茶怪しいな。場所は?」
「怪しいだろう?だが兄上、隠し部屋だぞ?場所について書かれた物は無い。推測は出来るがな」
そう断言した王弟殿下は何処か楽しげにしていた。何処か学者然とした雰囲気から、探究心が擽られるのかもしれない。
「弟よ、どうしてそんな物が隠し部屋に保管されていたことを黙っていた!」
「黙っていたもなにも、今日の昼前にようやく修復が済んだ箇所に書かれていたからな」
「なんつータイミングだよ...」
王弟殿下が胸を張りながら言ったことに対し、陛下は頭を抱えていた。
「私も驚いたよ。しかも特に損傷が酷い為に随分前から修復作業をしていた箇所だったからな。まさかこのタイミングだとは思わなかった」
「とにかくその隠し部屋が一番怪しいな。どうしたもんか」
「過去と同じ事態が起こっているとすれば、放っておけば何年もスタンピードが続くことになるな」
「確証を持てることでは無い以上、人員を割くのはなあ...」
陛下のボヤキの後、何処からか腹の虫の音が鳴った。
「済まない私だ」
そう言って、王弟殿下は腹を擦った。
「そういえば昼飯を食ってなかったな。とりあえず食うか」
こうして陛下の鶴の一声によって会議は一旦終わり、昼休憩となった。
昼食は魔物料理では無く、刻んで捏ねたカエル肉を香辛料と一緒に焼いてパンに挟んだものだった。この世界でもカエルの味は鶏肉と変わらなかった。




